第17話 謁見 

 その日、王国の城内は緊張に包まれた。

 魔王討伐に出ていたガトンとギルバートの片足ずつを、黒い鉤爪のような大きな手が掴んで二人を引き摺り、その大きな手の操り手であろう白いローブに身を包み、目深にフードを被った青年の腕にはアイリが姫抱きされている。

 国王の謁見の場に、青年は意識不明の三人をつれて、文字通り突如湧いて出たのだ。だが国王をはじめとした兵士達は騒ぐわけでもなく、静かに青年を遠巻きに警戒するだけだった。

 刃を向ける者はいなかった。青年を刺激しないように国王は滲み出る汗を拭わず、静止していた。

 青年は何も言わずに国王に近づいた。一歩歩く度に空気が張り詰めた。もう誰も動くことすらできない。それほどに突如現れた青年は得体が知れず、味方か敵かも確かめることすらできない。

 だが青年が目の前まで近づくと、国王は震える唇から必死に言葉を投げた。

「そっ、そな、たはぁ……! いぃ、い、いいいったい」

 極度の緊張は国王の唇は愚か舌も振るわせ、呂律が回らなくなる。そんな国王を無視して、青年は玉座の横にガトンとギルバートを手荒く投げ飛ばした。そしてアイリを床にゆっくりと下ろした。

「次は無いからな」

 首筋に氷の刃を突きつけられたかのような青年の言葉に、その場の何人かは倒れ、震え上がった。見た目はただの青年のはずなのに、とてもそれだけではない。そう本能でわからされる圧力のような空気が、青年から細胞の奥底にまで浴びせられているような感覚に、国王は息を吸うことすらまともにできなかった。

 青年はそれだけ言うと黒い鉤爪のような手と共に泡のように姿を消した。

 時間にしてわずか三分未満の出来事だった。だがその場にいた全員は数年分ほど老けたように見えた。誰も謎の青年に連れ戻されたガトンとギルバートとアイリの安否を確認することもできなかったが、幸いにも三人は数日後には意識を取り戻した。

 ガトンとアイリはあの山小屋で眠りにつき、目が覚めたら王国の病院にいたのだから狐につままれたように目を丸くしていた。説明をギルバートに求めたが、彼は多くは語らなかった。

「まあ詳しくは言えないけど、上手く取引をして一命をとりとめたってとこかな」

「彼は何者だったんだ? やはり山のヌシのような類の……」

 ガトンは祟りなどを恐れているようだが、ギルバートはそれはないと断言した。

「山のではないけど、ヌシではあったね。でも大丈夫だよ。上手く取引をしたって言っただろ? 仮に何かあったとしても、それは俺だけに起こるからさ」

 ギルバートのいつも通りの軽い笑顔に、ガトンとアイリは一抹の不安を抱えながらも深く聞けずに飲み込むしかできなかった。

 そんな二人に、ギルバートは貼り付けたような笑顔を向けた。

「さぁ、次はどんな武器で挑もうか?」

 此度の旅ではピリカを失った。それを無かったことのように、次を話すギルバートに、ガトンとアイリは底知れぬ暗闇を感じた。

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