第47話家族のこれからの問題


 シリエは、土竜に帰ってきた。


 ルファたちと共にイアを追いたかったが、フレジエの保護を頼まれたのだ。破壊された店だって何もせずに放って置くわけにはいかないし、リーリシアは一人しか運べない。


 一人運ぶのだって「無理がある。これは無理があるぅ!!」と悲鳴を上げていたのだ。ルファの応援と怒声が響き渡る旅立ちを見送ったシリエは、未だに反応が薄いフレジエを連れて帰ってきたのである。


 店に帰ってきたシリエを待っていたのは、スーリヤであった。店の破片を拾い集めて出来る限りの掃除をしていたスーリヤは、シリエの無事の姿を見て顔をほころばせる。そして、フレジエの存在に気がついて悲鳴を上げた。


「シリエちゃん。なんで、そんなのを連れてきたの!」


 スーリヤは落ちていた鍋を被った。防具を装備しているつもりらしいが、意味は全くない。見た目が、とても面白いだけである。


「彼女は、戦意を喪失している。危険はないだろうから、ルファたちに保護を頼まれたんだ」


 シリエの言葉が信じられないスーリヤは警戒して、フレジエに近寄ろうともしない。表情からしてフレジエが戦意を喪失しているのは分かるのだが、スーリヤとしては安心できない。


「私みたいな一般人には、暴れる先祖返りは荷が重いのよ。イアちゃんは可愛いから童貞を奪いたいけど、恋人は勘弁だし。そういえば、先祖返りって夜の方の体力あるのかしら。『壊されちゃう』とか叫んじゃうのかしら。ちょっと楽しみよね」


 男と肉体関係だけの関係を望んでいるスーリヤの言葉は、下手をすればリーリシエのものよりも爛れている。


 シリエは顔を赤くするが、女性のスーリヤは勇者を志した者として殴れない。殴る以外の方法で注意をすれば良いのが、羞恥心で頭が茹っているシリエには思いつかなかった。 


「シリエちゃんも混ざりたいの。三人でやるのも楽しいわよ。でも、初めてで三人は辛いから二回目か三回目で挑戦するべきね」


 三人の光景を思い浮かべて、シリエは耳をふさいでしゃがみこんでしまった。スーリヤの話は、シリエには刺激が強すぎる。


「もう無理だ……。スーリヤは、フレジエよりも質が悪い」


 シリエの呟きに、スーリヤは唇を尖らせる。印象の悪い先祖返りより悪しき者として扱われるのは、彼女にとって不服なのだろう。


「あの方を止めようとしている。どうしてなのでしょうか。あの方は、私を救ってくださると言ったのに」


 そんなことを呟くフレジエの瞳は、とろんと溶けたままだ。その様子を見たスーリヤは、占い師の勘を発動させた。


 先ほどまでフレジエに怯えていたというのに、仁王立ちになって彼女を指さす。


「この子は、恋が爆発しているわ。さらに言えば、どうやって感情を表せば良いのか分からない状態よ。とっても面倒をくさい」


 フレジエは、器用な女性には見えない。


 相手に自分の感情を伝えられず、想いを心の中で膨らませ続けるタイプだ。そして、妄想癖が激しい。占い師としての人間観察に長けたスーリヤは、そのように推理した。


「というか、イアちゃんを好きになる子って処女の比率が高すぎるわよ。童貞と処女って、引き合うのかしら」


 ため息をつくスーリヤは、いかにも呆れたふうだ。シリエは、恨みがましくスーリヤを睨む。


「経験があるだけが偉いわけではないだろう。女性に貞淑さを求める男性だっているわけで……いや、そうではなくて!」


 シリエは、無事だった店のテーブルを叩く。


 どん、と音を立てて場の空気を変えようとする。


「イアが、フレジエのために王を倒しに行ったらしい。それをルファと爬虫類が追いかけた。私は店があるから残るように言われたが、本当に行かなくてもいいのだろうか……」


 シリエは、ルファたちを本当は追いかけたかった。


 シリエはイアに想いを寄せる少女でもあり、ルファとリーリシアの友人でもあった。家族がいないシリエにとっては、共に住んでいる彼らは家族のようなものでもある。


 だからこそ、シリエは三人の事が心配になってしまう。


 失えない相手だからこそ、彼らを側で見守りたいのだ。


「シリエちゃん、自分が出来ることを探すことは良いことよ。でも、首を突っ込みすぎるのもダメ」


 スーリヤは、シリエの両肩を掴んだ。


「イアちゃんにとって、シリエちゃんは他人なの。どんなに強く想ったって、所詮はシリエちゃんの片思いよ。イアちゃんにとっては、眠っていた間にやってきた女の子に過ぎないの」


 スーリヤは、シリエに自分はイアの家族ではないと何度も言い聞かせた。


 目覚めたばかりイアは、間違いなく不安定のはずである。その揺らぐ心に寄り添うことが出来るのは、血の分けた家族と眠りにつく前に知り合っていたリーリシアしかいない。


 そして、唯一の身内のルファはイアを追いかけた。


 自分から伯父と関り、彼と向き合うことを決めたのだ。


 家族が決めたのならば、今はそれに従うべきだ。


 なにせ、これは色恋の話ではない。


 家族のこれからと過去の話だ。


「スーリヤは、心配ではないのか……」


 しょげかえるシリエの問いかけは、スーリヤにとっては幼すぎるものだった。スーリヤだって、三人のことは心配している。


 しかし、関わるべき問題かどうかは占い師として弁えている。


「この問題は、イアちゃんの今後に関わってくる。だから、家族の時間が必要なのよ。イアちゃんとルファちゃんは、この世で二人だけの家族なんだから」


 スーリヤは「さてと……」と風が吹いてくる方向を見た。


 そこには、壁に空いている大穴があった。人が通り抜けられるほどに大きな穴なんて、どのように修理すればいいのかスーリヤには検討にもつかない。


 そして、敵意がないフレジエの扱いもどうすればいいのか分からない。


「フレジエちゃんといい……。この大穴といい……。どうすればいいのかしら」


 フレジエはともかく、大穴については自分たちの手に余る。そして、トンカチを持ったことのないスーリヤは戦力外だった。後ろで応援するぐらいしか出来ない。


「町には大工仕事が得意な人間がいるから、手伝ってもらうしかないだろう。……これは、もしかしたら残された方が大変だったのかもしれない」


 店の修理に、フレジエの処遇の対応。


 頭も体も大いに使わなければ、解決は難しい。


「これが、内助の功というものだろうか」


 遠い目をするシリエの姿に、スーリヤは腹を抱えて笑いだした。彼女のツボに入ったらしい。


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