第48話お前の存在は大きすぎる
「甥っ子……。物凄く怒っていないか?」
リーリシアは、感じたことのない居心地の悪さを味わっていた。
自分を乗せて飛べと無理難題を押し付けられて、息を切らしながらリーリシアはルファを王都まで連れて来た。
人を乗せて飛ぶなど今までやったこともないし、呪を解呪されたからといって力が回復するわけでもなかったリーリシアにとっては苦行であった。
そして、王都に到着してもルファは何も言わない。三日で王都にたどり着いた件については礼を言われたが、どこかおざなりだった。いっそ、不気味だ。
「……あいつは、何も分かってない」
ルファが、ようやく口を開いた。その口調は、いつもとは比べ物にならないぐらいに荒々しいものだ。
リーリシアの扱いこそ雑だが平和な町で育ったルファは、ぶっきらぼうだが荒事は得意ではない。強い母親が側にいたのにも関わらず、剣術などの武芸に秀でてもいなかった。口調の荒さは気心の知れた相手限定なもので、知らない相手には丁寧に察する。
つまり、良識的な男なのである。
そんなルファが、礼をおざなりにするほどに怒っている。しかし、リーリシアにはルファの怒りの理由が分からない。
「爬虫類と伯父さんには、二人にしか分からない繋がりがあるんだよな」
ルファの言葉に、リーリシアは唾を飲み込んだ。死後の話のことなんて、ルファに聞かせても良いものだろうか。
そして、自分の伯父が不死の呪を解くためだけに生まれ落ちたのだと知っても平気なのであろうか。
「その繋がりが、どういうものなのかは聞く気はない」
ルファの言葉に、リーリシアは安堵した。
「伯父さんは、爬虫類関連のことで落胆していた。だから、伯父さんは王様に喧嘩なんて売ろうとしている。いくらなんでも、まともな頭で最高権力者をどうにかするなんて考えないはずだ」
ルファは、忌々しそうに舌打ちをした。
「それが、気に入らないんだ!」
ぐえっと、リーリシアは情けない声を漏らした。
ルファに鳩尾を思いっきり殴られたのだ。一般人のルファなのだが、田舎の生活で培った筋力は本物である。人型の際の弱点を殴られたら、カエルのような悲鳴も漏れるのも当然だった。
「俺たちのことなんて、なかったことみたいに。くやしいよな!」
ルファの拳が、再び飛んできた。さすがに二回目はないであろうと思ったリーリシアは油断しており、拳をまともに食らった。
さすがに文句を言おうとしたが、リーリシアはルファの怒る姿に罪悪感を抱く。
「……すまない。勇者と過ごしたはずの時間を我らが奪ったのだな。甥っ子が怒るのも無理はない」
自分の不死の呪を解くということをしなければ、イアは家族と過ごすことが出来たのかもしれない。
妹と甥の元に帰って、彼らをあきられるほどに溺愛したのかもしれない。
それを奪ったのは、リーリシアたちの事情だ。
その事情がなければイアは作られなかったのかもしれないが、家族との時間を奪っていいことにはならない。
「お前は何を考えているんだ。そんな無駄なことには怒ってない」
ルファの怒りは、リーリシアの予想外の方向にむいていた。普通だったら自分に向かうはずの怒りが明後日の方向に行っていることに気がついて、リーリシアは言葉を失った。
「自分の人生がどれだけ他人に影響を与えているかを実感していない事に、俺は怒っているんだ。つまり、俺は伯父さんに怒っているんだ!」
ルファは、リーリシアに詰め寄った。
その鋭い眼差しに、リーリシアは息を飲む。竜である自分の方が圧倒的に強いはずなのに、今のルファには猛獣のような迫力を感じる。
「俺の人生は、伯父さんに影響を受けているんだよ。母さんなんて、伯父さんの信者みたいな一生だったんだぞ!」
兄を愛し続けた母親は、伯父さんの存在に狂わされていた。ルファでさえ、伯父であるイアを意識してしまった。
「その人生をくだらないなんて言いやがって。だから、殴る。俺の人生の長さだけ……母さんの人生の長さだけ殴ってやる」
何十年分の長さを補うほどに、伯父を殴り続けるつもりらしい。そんな非現実的なことをのたまうルファに、リーリシアは戸惑ってしまう。
「それでは、甥っ子の拳が駄目になると思うぞ……。いや、それよりも人を何十年も殴り続ける方がくだらない人生というか」
リーリシアはしどろもどろになって、自分でも分からないことを言っていた。
「たしかに伯父さんが寝ている時間は長すぎたし、そのせいで失ったものは多いと思う。でも、それでも俺たちは伯父さんにふりまわされたんだ」
イアが眠っている間に、最愛の妹は亡くなった。それは、イアによっては最大の悲劇だろう。
それでも、イアの人生は様々な人間に影響を与えた。
在り方さえも変えた。
あまりにも彼の存在は大きかった。
「だからこそ、俺は伯父さんを殴りに行く。そして、爬虫類は伯父さんに殴られてこい。伯父さんが眠っていた年数だけ殴られていろ。それで、俺は全部を許してやる」
中々に無理があることを言うルファは、まだまだ怒っていた。
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