第41話先祖返りの戦い
「子供の頃は、辛い思いもしたみたいね」
スーリヤは、フリジエの姿を改めて観察する。
イアを見る限り、先祖返りと言ってもフリジエのような屈強な肉体を持つわけではない。最強の勇者であるイアよりフリジエが肉体的に優れているとは考えにくいので、彼女は先祖返りとしては血が薄いのかもしれない。その血の薄さを補うために、フレジエは自分の肉体を鍛えたのだ。
「先祖返りでしたからね。父は、私に武術を学ばせました。王族の血を引いているのだから、その身体は国のために使うべきだと言って……。そんなふうに強要された愛人の子は、私だけだった」
フレジエの目が、店で寝ていたイアに向いた。空色の髪は、あきらかに古代人のものである。そして、最強の勇者の特徴は広く知られていた。
「私が旅をするようにと言われたのは、とあることに王が興味を持ったからなのです。王は昔から女性遊びが激しい人でしたが、それ故に自らの衰えにもとても敏感だったと聞いています」
その場にいる女性二人が、ルファを見た。
唯一の男性のルファは、とても居心地の悪い思いをする。しかし、ルファしか王の衰えうんぬんの説明は出来ないのだ。
「……如実に分かるもんだ。十代の時が一番元気で、後は少しづつ失墜していく。性欲とか気の持ちようの問題ではないんだ」
自分は女性たちに何を説明しているのだろうか、とルファは遠い目をした。
いくら性欲が強くとも若い頃の雄々しさに勝てない。歳を取るほどに立ち上がっているのに、モノの角度が下がっていく。それに気がついた時のむさしさと言ったら、女性には決して理解できないだろう。
「……ルファちゃんは、まだ三十代だし」
同年代のスーリヤは気を使ってくれるが、三十代というのは老を自覚しはじめる歳でもあるのだ。酒には弱くなるし、筋肉痛もすぐにこない。胃もたれもするようになる。
「……だから、王は探し始めたのです。若々しさを保つ方法を」
ルファの悲しい老化の話が続きそうになったせいもあり、フレジエは話題を戻した。
「そして、たどり着いた。永遠の命を持っている邪竜の存在に」
フレジエの手が、スーリヤの手首を掴む。
その力強さにスーリヤは、顔を歪ませる。「失礼」とフリジエがすぐに謝ったので、スーリヤを痛めつける気は微塵もなかったのだろう。先祖返りの力を持て余しているのだろうか。そんな考えを巡らせるスーリヤが見たものは、包丁とフライパンを手に持ったルファだった。
そんなもので身が守れるとは思っていないだろう。そして、スーリヤを守ろうとする気概も全く感じない。
「ちょっと、なに一人だけ身を守っているのよ!」
スーリヤの怒声が、店に響き渡る。
だが、ルファは行動を変えるつもりは毛頭なかった。
「一般人が、先祖返りに勝てるわけがないだろ。あいつら牛を持ち上げて、豚を投げるんだぞ。ニワトリまで引き裂くんだ!」
ルファの言い分に、フレジエの眉間に皺が寄った。
あきらかに気分を害している顔である。
「全ての先祖返りが、そのような一般常識のない人間だと思わないで欲しい。野蛮な勇者と違って、私は淑女です」
フレジエは、やはり眠っていのが勇者イアだと知っているらしい。そして、大きな勘違いをしている。
「……一つ訂正してもらう。お前が言う蛮行を繰り返したのは、俺の母親だ」
ルファの奇妙な言い分に、フレジエの視線がイアに向けられる。やはり、フレジエはイアのことを知っていた。
「昔話みたいな不死の話のために、田舎に来たのか……。大変だったとは思うが、この店には料理道具ぐらいしかないんだ」
今のルファに出来ることは、時間を稼ぐことだけだ。
この場にいるのは、自分とスーリヤだけである。武器があっても戦えるような面子ではないし、スーリヤを人質に取られているような状態でもある。
逃げ出すことも出来ない。
「私にとっては、不死の有無も情報の正しさもどうでもいいの。望むことは、勇者イアを連れて帰ること」
ルファは、フレジエの人生をなんとなくだが理解する。
産まれながらの力に振り回されて、周囲に勝手に期待され義務を押し付けられた。その人生は、伯父のものに似ている。いや、フレジエには付き添ってくれる相手や理解者もいなかったのかもしれない。
「フレジエ……。お前は、先祖返りであることを利用し尽くされるだけだ」
先祖返りの人生は、力に振り回される。
その力に注目した他者、その力を持った故の苦悩、その力の使い方。
そういうものに、伯父も母も多かれ少なかれ振り回されていた。
「……それでも、未来に希望は持ちたいんです。占いと一緒ですよ」
フレジエの顔が、悲しげに歪んだ。
彼女は、先祖返りの振り回されない人生を生きたいのかもしれない。
「さぁ、邪竜の居場所を吐いてください。さもないと彼女を……」
フレジエの言葉は、最後まで続かない。
その前に、彼女の身体が吹き飛んだからだ。
ルファは、その光景に言葉を失った。
一瞬の出来事であったので、何が起こったのかを理解することすら出来なかったのだ。五秒ほど経って、ようやくスーリヤとフレジエが吹き飛んだのだとルファは理解した。
「スーリヤ、無事か!」
フレジエと共に吹き飛ばされた彼女は、店の壁に叩きつけられていた。その衝撃のせいかひどく咳き込んではいるが、見える範囲で怪我をしているようには見えない。
「背中……背中を打ったわ。骨とかは折っていないと思うけど」
そう言うが、背中はかなり痛むようだ。
ルファはスーリヤを抱きかかえて、その場から離れた。フレジエから少しでも距離を取らなければと思ったのだ。だが、逃げる場所はない。
「意外と力持ちなのね……」
スーリヤが場違いに笑う。
すこしでも、緊張を紛らわそうとしているのだろうか。
「いつも伯父さんとか抱えてるいからな。それと比べたら、お前なんて鶏みたいなもんだ」
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