第40話占い師は先祖返りを売らない


「すまないが、ここが土竜という店か?」


 予想外の客に、ルファもスーリヤは驚いた。


 客は町の人間ではなくて、町の外からやってきた人間であった。


 ここら辺では珍しい褐色の肌の女性だ。かなりの長身で、小柄な男性ならば追い抜かしてしまうほどだろう。女性らしい脂肪を削ぎ落してしまったようにも見える鍛えられ上げた筋肉質な体をしており、大柄なせいもあって相手に威圧感を与えやすい。


 初対面では男性に思われてしまいそうな彼女だが、顔は目鼻立ちがはっきりとした愛らしいものだった。少女のあどけなさが抜けきっていない顔からして、彼女は十代後半といった年齢であろう。


 ルファとスーリヤからしてみたら、子供に毛が生えた程度の年齢である。そのせいもあって厳めしい女性の旅人という印象が、健気に一人旅をしている少女というものにあっという間にすり替わった。


 そしてなにより、彼女の髪の瞳は紫色に変色している。


 彼女も先祖返りなのだ。


 台風が近づいてきたから、急いで宿を探しにきた旅人なのだろう。その体格の良さを生かして、旅先で護衛などを引き受けて稼いでいるのかもしれない。


「ああ。ここは食事も出来るし、宿の提供も出来る。台風はしのげるから安心してくれ」


 ルファの言葉を聞いていないかのように、紫色の髪の女性はきょろきょろと何かを探す。おかしな行動をする客に、スーリヤは声をかけた。


「探しものがあるならば、占ってみるのはどうかしら。私は、こう見えても占い師よ」


 紫の女性は、最初こそスーリヤを胡散臭そうに見ていた。しかし、しばらくすると彼女の隣の椅子に座る。眉唾物だと分かってはいても、占いへの好奇心が抑えられない年頃なのかもしれない。


「あら、あなたは王命を受けているのね」


 スーリヤは、紫の女の手首に触れた。


 そこには、紋章が掘られた金の腕輪がある。ロージャスの家紋の模様すらスーリヤは知っていたので、ルファは彼女が王の紋章の形を知っていることに特には驚かなかった。人間を観察する上で、大切な情報源になるのだろう。


 それに、叔父の手紙にも統治者の家紋については書かれていた。統治者の家紋を覚えておくと自分がどこにいるのか地図で探しやすいというものだ。


 手書きの地図には、書き写しの失敗などによって土地の名前の間違いや書き忘れが発生している場合がある。その時に、統治者の家紋を知っていれば誰の領土なのかを察することができるのだ。


「私の名前は、フレジエ。人探しの旅をしている者です」


 フレジエと名乗った女は、手袋だと思っていたものを外してテーブルの上に置いた。


 ごとり、という音が響く。質量のある音にスーリヤが驚いていれば、フレジエは「これは武器だ」と言った。この重量を付けた拳で敵を倒すというのが、フレシアの戦闘スタイルらしい。武器と言えば剣しか知らないルファは、珍しさで目が引かれてしまった。


 先祖代わりのパワフルさを生かした武器と言えるだろう。クルミを砕くときになんかに使えそうだなとルファは考える。


「篭手というもので、金属を仕込んでいるの。見ての通り、私は先祖返り。これで殴れば、大抵の人間はぐちゃぐちゃですよ」


 そう言いながら、フレジエは反対の手を見せる。篭手を装着したままなので、騙したりしたら許さないという脅しなのだろう。


 田舎の店だというのに、随分と警戒心が強い。先祖返りともなれば悪戯に誰も手を出さないと思うのだが、どんな事情があっても旅をしている女性の警戒心は強くなるものなのだろうか。


「そんなに警戒しないで。占いにのぼせ上がるのは、女性の特権。悪い結果なんて、気にしなければ良いのよ。それか、お酒を飲んで忘れるとかね。ここのリンゴ酒は甘いのもあって、飲みやすいわよ」


 スーリヤは、ルファにリンゴ酒を注文する。相手が女性であり、なおかつ年若いので、ルファはリンゴ酒をハチミツと湯で割った。さらにそこにシナモンとショウガを足して、酒というよりは甘いホットドリンクを提供する。


 目の前に置かれた暖かな酒に、フレジエは驚きの表情を見せた。酒と言ったら常温が常であり、温かい酒が好まれるのは極寒の地の冬だけだ。


「いただきます……」


 行儀よくカップを持ち上げて、フレジエはリンゴ酒を一口だけ飲む。彼女の目は大きく見開かれて、初めて飲んだ味が衝撃的であったことを告げた。


「これが、お酒?なんどか飲んだことがあるけど、いつも美味しく感じることなんてなかったのに……」


「まだ昼間だから、甘いリンゴ酒とハチミツを湯で割ったんだ。あんたが酒に強いかどうかも分からなかったから、アルコールは控えめにした方が良いと思ってな。けど、甘いのが嫌いだといって拒否はしなかったから、湯で温めて甘さを引き立てた。そのままだと味がぼやけてしまうから、仕上げにスパイスも足したんだ」


 疲れた体にちょうどいいだろう、とルファは笑った。


 温かさと甘さの二つがフレジエの喉を通って、全身を労わってくれているようだ。口の中に残るぴりりとしたショウガが、甘さに飽きそうになる口の中を引き締めてくれる。


「……美味しい。王都にいたときでさえも、こんなに美味しくて優しい味のものは飲んだことがないです」


 マグカップの中身を飲み切るのが惜しいらしく、ちびちびとしか口を付けないフレジエの姿はやはり少女のものだ。


「それを飲んでいる間に、占いを初めてしまいましょうか。そうね……」


 スーリヤは、まじまじとフレジエを観察する。ルファも失礼にならない程度に見てみるが、占いの役に立ちそうなものは見つからなかった。


「あなたが探しているのは、大事な人なのね。それも人生にかかわるほど」


 細められるスーリヤの目は、フレジエの内面を不思議な力で引き出そうとしているように思えた。実際はフレジエの反応を探っているのだろうが、観察の視線を神秘的に見せる技術をスーリヤは持っているのだ。


「運命のようなもので繋がっているわ。身内……いいえ、男性ね。魅力的な男性よ」


 スーリヤの言葉を聞いていたフレジエの目つきが、段々と鋭くなっていく。フレジエの探している人間に、スーリヤの言葉が近づいていっているのだろう。


「まるで、相手に恋をしているみたい。でも、安心して。人生最後の恋ではないわよ」


 微笑むスーリヤの占いは終わったらしく、彼女はパンと手を叩く。そして、ルファにリンゴ酒を注文してきた。無論、フレジエと同じものだ。


「アルコールが低いから、スーリヤには向いていないぞ」


 度数の高い酒を好むスーリヤの口には合わないだろうとルファが言えば「おやつ感覚で飲むからいいの」という返事が帰ってきた。よっぽど気になるらしい。


「なるほど……恋ですか。それは、言い得て妙ですね」


 フレジエは、外していた篭手を再びはめる。手を握ったり開いたりして、武器の装着の心地をたしかめていた。


「そして、たしかに運命の人でもあります。その男の存在に、私は狂わされましたから」


 フレジエの口ぶりからいって、良くない男に騙されでもしたのだろうかとルファは考えた。だとしたら、フレジエに見つかった日が男の命日である。先祖返りならば、武器など使わずとも人間を縊り殺すことができるのだ。獲物になってしまったら、せめて楽に殺してくれることを祈るしかない。


「私は、王の私生児として産まれました。でも、母は舞台女優。平民の愛人との子供ということで、私には王位継承権はありません」


 ルファは、驚いた。


 ロージャスのときに貴族という人間たちは見たが、国で一番偉い王の家族を見るのは初めての経験だった。王都に足を運んだ経験もなく、噂と伯父の手紙でしか知らない王。そに連なる者を初めて見たルファの感想は『王って、本当にいたんだ』という何とも間の抜けたものだった。


 なにせ、貴族以上に馴染みのない存在である。


 国の最底辺の近くにいる人間からしてみれば、もはや遠すぎていてもいなくても変わりがない存在だったのだ。


 ルファの田舎者故に常識外れな驚きとは違って、スーリヤはごく普通の驚き方をしていた。そして、同時にフレジエがここにいる理由を考え始める。


 王命を受けているならば、彼女には大切な目的がある。フレジエの反応から言って、人探しをしていることは間違いない。


 現王が女好きで、愛人を山ほど作っている噂はスーリヤも知っていた。正妃が嫉妬して愛人の一人を手にかけたという嘘か本当か分からない話が出回っているほどだ。


 フレジエは、そんな噂が付きまとう王の子供の一人なのだろう。偶然にも先祖返りで生まれたフレジエは、王に便利に使われているというところだろうか。


 スーリヤがイアの活躍を見た回数は少ないが、他者を寄せ付けない圧倒的な強さであった。あの強さを手中に収められるとしたら、得るものはあまりに大きい。一師団の実力がぎゅっと詰め込まれた存在が、自分の自由になるのだ。


 王は、何があろうともフレジエを手放したりはしないだろう。


 それと同時に、彼女を確実に縛っておける首輪も必要なはずだ。



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