第39話伯父さんがモテすぎて煩い


 ルファは後悔していた。


 これほど後悔したことは、今までなかった。いや、試しに育てた唐辛子をがぶりとやった時と同じぐらいの後悔かもしれない。


 種を売ってくれた商人は唐辛子は辛いと言っていたが、想像以上の辛さだった。おかげで、今でも唐辛子の栽培にはトラウマを持っている。


 つまり、今の状態はトラウマになるほどの事件と同等なのだ。


「我と勇者の仲は、甥っ子の公認となった。故に、勇者が我の卵を産むのは決定事項」


 ルファの言葉を都合よく解釈したリーリシアが、大いに調子に乗るようになったのだ。街にいた頃は調子を崩していたが、リーベルトの町に戻ってきたら元に戻った。いや、むしろ悪化した。


「その了承は、ルファの優しさにつけ込んだものだと聞いているぞ。よって無効だ!」


 シリエもリーリシアに対抗するので、うるさくてたまらない。店に客が来たときは大人しくさせているが、ふとしたことで火花を散らすのでやっていられなかった。ルファが家主なのに、このままでは家出したくなってくる。


 常連ばかりの店だから二人の言い争いが続いたとしても、客が「今日もニワトリみたいに元気だね」ですませてくれるのが唯一の救いだ。


「まぁまぁ、醜い争いはやめなさい。ルファちゃん、安心してね。私は、イアちゃんの童貞さえ貰えれば満足だから」


 スーリヤは余裕を見せつけているが、言っていることは大丈夫ではない。


 イアの初めてを虎視眈々と狙うスーリヤは、なんとリーベルトの町まで着いてきたのだ。ルファとしては、頭痛の種なので着いてきて欲しくはなかった。


 小さな町で占い師の仕事は難しいので、スーリヤは馴染みの商人たちと一緒に他の街に出ていって商売をしてくることも多い。


 だが、ルファの店を自分が帰って来る場所に定めたらしい。一定の期間が過ぎると帰ってきて、しばらく逗留すると仕事のために旅立つ。そのせいもあってスーリヤは、リーベルトの町にすっかり馴染んでいる。


 スーリヤは占い師だけあって、人との会話が上手いのだ。彼女の占い目当てに店に客がやってくることもあり、酒を出す夜の時間帯であっても女性客の姿を多く見るようになった。


 顔なじみも増えたせいなのか。はたまた、リーベルトの町の牧歌的な雰囲気にあてられたのか。


 スーリヤは、リーリシア以外は「ちゃん」付けで呼ぶようになった。特に不平不満が出ていないのは、スーリヤの人付き合いが上手さ故だろう。


「そうだ。今回もロージャスちゃんから手紙を預かってきたわよ」


 スーリヤがルファに手渡したのは、ロージャスからの手紙だった。


 可愛らしい封筒を破けば、十枚以上の手紙が出てくる。スーリヤを経由してロージャスからは何度も手紙を受け取っているが、その度に枚数が増えている。


「……今回もなかなか熱烈だな」


 ロージャスの手紙は回を追うごとに長くなり、イアへの初恋の感情が情熱的に書かれている。しかも、貴族として高等教育を受けているせいもあって表現が詩的ですらあった。『ある少女の初恋』と銘打って出版したら、本として売れそうである。


 そんなことを考えながら、ルファは手紙の返事をイアの代筆という形で書いている。ロージャスの手紙の返事を書くのは結構な負担だが、年頃の少女の夢を無下には出来ない。それにイアの身内はルファだけなので、自分が書かなければならないという自負もあった。


「伯父さんの様子か……」


 ロージャスが心配するので、イアの様子は逐一報告しているが進展はない状態だ。はっきりと目覚めたのは、オーガと戦ったときの一回だけである。


 あれ以来は、ずっと寝ている。


「スーリヤ、伯父さんが目覚める時期とか占いで分からないのか?」


 ルファの言葉に、スーリヤは気分を害したように唇を尖らせる。


「占いなんて、所詮は話術と人間観察。相手が望んでいる方向に行けるように背中を推すだけ。未来予知が出来たら、王様の側近は占い師だらけになるわよ」


 スーリヤの言う通りだ。


 王の側近が占い師だった例は聞かないので、世にいる占い師は客の相談相手になる程度のことしかできないのだろう。それでも、それに救われるならば無意味な職業でもないのは確かだ。


「未来と言えば……今日の夜は台風がきそうなんだった。爬虫類とシリエは、近所の壁の補強とか手伝って来いよ」


 身軽で力持ちの二人は、労働力としては優秀だ。働き手として期待されているだろうから、外で存分に働いてきてもらうことにする。


「店の補強は大丈夫か?今度の台風は強そうだが」


 旅慣れているだけあって、シリエはルファの次の自然現象には敏感だ。嵐の兆候を見極めて、規模を予測している。


「こっちは、俺がやっておく。台風の日に客はこないし、一人でなんとかなるだろう」


 宿代を払ってもらっているので、スーリヤには手伝いを頼まなかった。顔を見ない日の方が少ないが、これでも客だ。


「あとは、爬虫類が新しいニワトリ小屋に泊まれば台風の備えは大丈夫か」


 ルファの言葉に噛みついたのは、リーリシアだった。


「何故、我が鶏小屋で寝るのだ!」


 シリエがやってきてから、ルファには時間と金銭的な余裕が生まれた。彼女が畑を開墾し、野菜の収穫量が上がったのだ。それにともない店には出さない収穫物を商人に売ることが出来るようになった。


 そして、ルファは念願のニワトリ飼育を始めたのである。建てたばかりの小屋は台風に耐える強度があるだろうが、飼育を始めて日の浅いニワトリがおびえては可愛そうだ。毎日の卵と未来の肉のために、リーリシアには犠牲になってもらう。


「爬虫類と鳥類なんて親戚みたいなもんだろ。もういっそのこと互いに卵を生ませあってもいいぞ」


 人間との繁殖を目指すよりは、ずっと楽だろう。生まれた卵は食べたくないが。


「我の卵を産むのは勇者だ!第一に、鳥と竜を一緒にするな」


 怒鳴り声をあげるリーリシアだが、周囲の人間は驚いていた。


「トカゲちゃんの事を知ってから、竜っていうのは爬虫類と鳥類の雑種だと思っていたわよ。だって、飛ぶけど見た目は爬虫類だし」


 スーリヤの言葉は、この場にいる人間の気持ちを代弁していた。


 竜は伝説とお伽噺のなかの生物で、生きている竜などリーリシアぐらいしか知らない。そして、リーリシアの言動は俗っぽかった。そのせいもあって、全員が『竜は、それほどすごくない』という認識を持ってしまったのだ。


 ルファでは学者ではないので、どのように種として竜が分類されるかは分からない。オーガのようなモンスターの類なのは間違いないではあろうが、モンスターのなかにも細かい区分を作るのが学者というものだ。


 つまり、よく分からない。


 分からないなりに一般人が答えを出そうとして出来上がったのが、竜は爬虫類と鳥類の雑種と呼んでも良いと考え方だ。雑な考えを極めているが、学がないのだからしょうがない。


「我以外は絶滅したとはいえ、世界最大の大きさを誇った竜になんてことを言うのだ。この人間どもめ……いつか見返してやる!」


 そう言いながら、リーリシアは近隣住民のために出掛けていく。偉ぶっているが、仕事はしっかりしてくれるのがリーリシアの美点だ。よく躾けたものだ、とルファは自分を褒めてやりたい気分になった。


 ルファの考えを察したらしいシリエは、笑いを噛み殺している。だが、リーリシアの前では平静でいようと思ったらしく、深呼吸をしてから彼の背中を追いかけていった。


「……元人間って言っていたのに、竜を馬鹿にされると怒るんだな」


 オーガとの戦いの時に、リーリシアは色々と自分のことを語っていた。ルファは、それらを大した問題ではないと思っている。


 前世なんてルファの手に負えない問題だし、リーリシアも何とかして欲しいとは思っていないだろう。ならば、静観するしかない。


 ルファは、無意識に眠っているイアを見た。


 伯父も同じ選択をするのだろうか。


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