第35話究極のブラコンとシスコン


「伯父さんの父親の血筋……つまり、俺の母方の血筋なんだけど。先祖返りが多く出る血統なんだよ」


 スーリヤが去った後の宿で、ルファはそのように話を切り出した。


 シリエとルファは、その話を静かに聞いた。


 スーリヤに頼み事をした後に、ルファは伯父と母の関係を二人に話していないことを思い出したのだ。二人の付き合いも長くなったし、ロージャスの屋敷で少し話題にも出していた。


 イアに想いを寄せる二人は聞きたいだろうし、隠すようなことではない。リーベルトの町では周知の事実であったし、伯父だって話したところで気にもしないだろ。


「伯父さんの産みの親は、別の村から嫁いできた人だったらしくてな。俺の血筋が、先祖返りが生まれやすい血筋のことを知らなかった。産まれた伯父さんが先祖返りで驚いたし、自分では育てられないと考えたらしい。伯父さんを産んだ人は、すぐに実家に帰ったって母さんから聞いている」


 ルファの祖父――つまりイアの父親は、一人ではイアを育てられないと考えた。


 イアは乳離れをしたばかりだったし、赤子とはいえ先祖返りだったので大人並みに力が強かったのだ。


 ルファの父は、リーベルトの町のなかで新たな妻を選んだ。イアが先祖返りであると知って受け入れてくれる女性が必要であったし、後々のためにも血統のことを理解してもらう必要があった。そうなってくると町の女性が一番だったのだ。


 イアの新たな母親となった女性は、義理の息子をしっかりと育てた。多くの先祖返りを輩出し、その先祖返りがリーベルトの町を守ってきた歴史がある。イアの母は街の一員として、かつての先祖返りに恩返しをするつもりでイアの教育に力を注いだのかもしれない。


 母は強すぎる力を制御することをイアに教えた。時には自分が骨折することもいとわずに、自分の力は他人に怪我をさせてしまうのだと理解させたのである。 

 そうやって、町の子供たちと馴染むための術を母は根気強く教えたのだ。


 それでも、自身が先祖返りだった事に幼いイアは悩み始めたという。リーベルトの町の人間たちはイアを受け入れていたが、イア自身は自分が先祖返りということを受け入れられなかったのだ。


 他者とはあきらかに違う、空色の髪と瞳。


 誰かを不用意に傷つけてしまいう、強すぎる力。


 先祖返りにしか分からない孤独は、幼いイアには重すぎた。だからと言って、仲間が欲しと言うのは不謹慎だと思った。


 新たな先祖返りが生まれたら、その人間に苦しみを背負わせることになる。それは、あまりにも可愛そうだ。


 そんな時期に、イアに妹が産まれた。


 半分だけ血が繋がった妹も先祖返りで、イアが戸惑いを覚えたのは間違いない。自分が先祖返りであることすらも受け入れられないのに、妹までもとなると駄目だった。


 他人との距離感や自分自身に悩んでいるというのに、幼い妹まで先祖返り。同じ苦しみを背負うであろう妹に、どのように接するべきなのかイア分からなかった。


 イアは妹や友人と距離を置くようになり、一人になることを好んでいった。他人との交流が苦手になっていくイアに、義理の母親は「とびきり優しくすれば、あなたにも優しさが返ってくるわ。もしも、誰も優しくないのならば、あなたが一番最初に優しい人になればいいの」と言った。


 義母は人に優しくする練習と言って、歩き始めたばかりの妹の世話をイアに任せるようになった。イアは素直な質なので、義母に言われた通りに妹に接した。 


 先祖返りの兄妹は、こうして互いが一番の理解者になった。イアが妹を愛したのは当然だったし、妹が兄に愛を返したのも当然だったのだ。なにせ、二人以外に先祖返りはいなかったから。


 妹の存在は、イアにとっては他者との交流を復活させることに繋がった。幼児の世話には、周囲の手助けが必要になる。助けてもらうことで、イアは他者に心を許すことを覚えたのだ。


「そういうことで、伯父さんと母さんは深刻なロリコンとブラコンになったんだよ。正直な話、伯父さんが勇者にならなかったら、伯父さんと母さんは兄妹の一線を踏み越えていたと思う……」


 イアが勇者候補に選ばれて、修行のために町を出たのは幸いだった。そして、同時に幼少期のわずかだけを一緒に過ごしただけなのに、よくあれだけの長さの手紙を書き続けられたものである。


 そして、イアが勇者になる修行をしてくれたおかげで、母が旅の商人と結ばれてルファが産まれたのである。それを考えると何とも感慨深いものがあるとルファは常に思っていた。


「でも……母さんと会えないのは可愛そうだとは思うよ」


 ぽつり、とルファは呟いた。


 リーリシアがイアを連れて帰ってきたのは、イアの母の死後である。目覚めても最愛の妹がいないというのは、イアにとっては最大の悲劇だろう。


 だからこそ、時より思うのだ。


 この人には、うんと優しくしなければならない。


 母と過ごした騒がしい時間の分だけ。


「つまり、最愛の妹と結ばれなかった勇者と我が出会ったのは運命ということか。やはり、勇者は我の卵を産む存在!」


 リーリシアの暴走が始まったので、ルファは反射的にフライパンを探した。しかし、自宅でなかったのでフライパンなどはない。


 ルファは、思わず舌打ちした。


「その……思った以上に、勇者イアは面白い人生を送っていたのだな。ルファは、親族として複雑ではないのか。妹と兄の色々なことなど……」


 シリエは、ルファにだいぶ気を使ってくれた。


「母さんが、重度のブラコンだったのは俺が産まれるより前からだからな。色々と慣れた。それに問題のない人間はいないし、問題のない人生もないだろ」


 それよりも母の幼馴染みたちに、人格破壊魔人と親が呼ばれていた方がルファには問題だった。幼い頃から聞かされてきた母の蛮行を思い出したルファは、思わず遠い目をする。


「さすがは、勇者の甥。懐が広いな。その懐の深さで、私とイアの年齢差も受け入れて欲しいものだ」


 シリエは、リーリシアと同じように暴走している。まともな価値観を持っているシリエならばイアの深刻なロリコン加減に嫌悪感を抱くとイアは考えていたが、憧れから思慕に移行した恋心は強い。


「スーリヤといい……伯父さんを好きになる奴は、狂っているな」


 まともなのは、ロージャスだけである。


 彼女には、切実に健全に育って欲しい。


「さて、お喋りはここまでにするか。もうすぐ日没だ。オーガたちは、足並みがそろわない今夜に襲撃をかけるだろう。経験豊富のオーガならば確実に、だ」


 シリエは、己の剣の輝きを確認した。


 これからの仕事の中心となるのは、シリエである。イアと彼の保護者役になるルファとリーリシアも同行はするが、森のなかでの戦いを一番得意とするのはシリエだ。



「赤毛の小娘よ。お前は気高い勇者を目指した身だ。今回の我の作戦によく賛同してくれたな」


 リーリシアの言葉に、シリエはむっとした。今更かと言いたいのかもしれない。


 リーリシアは占い師の口のうまさまで使って、シリエに陣営に取り込もうとした。けれども、そんな心配など杞憂なのだ。


「それ以外の案がないのに反対をするほど馬鹿ではない。それに気高くいるには、私は弱すぎる」


 シリエの適確すぎる言葉には、ルファも笑うしかなかった。


 このなかで一番戦力にならないのは、間違いなくルファである。イアを止めることが出来るかもしれなということがなければ、避難していろと言われたことだろう。


「そう言えば、自分の前世は人間とか戯言を言っていたよな。爬虫類のくせに」


 ルファの思い出したかのような言葉に、こんなときに何を言うのだとリーリシアは首を傾げる。


「元々は人だったのに、相手に卵を産ませるって言うことに違和感とかないのか。雄同士で繁殖は出来ないとかは、もうどうでもいい。お前が馬鹿だってことで納得する。でも、卵はないだろ」


 ルファは、リーリシアの正気を疑っていた。元人間が卵云々と言っていたことが、ルファ的には受け入れがたいものらしい。


「……いや……それは」


 リーリシアは、珍しいことに言いよどんでいた。


 珍しいリーリシアの様子に、シリアとルファの好奇心の視線が集中する。その視線に、リーリシアは居心地の悪さを味わった。


「長いこと竜をやっていると……竜の本能に引っ張られてしまって……。それで、最大の愛情は相手に卵を産ませることだと感じるようになってしまったのだ」


 ルファは、無表情になった。


 シリエの表情もなくなって、リーリシアは益々小さくなる。


 それなりの長さになってきた付き合いのせいで、ルファとシリエが自分の事を軽蔑しているのをリーリシアは感じた。元人間のくせに、爬虫類の感覚に引っ張られるなど信じられないと考えているのだろう。


 この時ばかりは、リーリシアは自分の前世の話をしたことを後悔した。


「今、死ぬほど転生したくないと思った」


 ルファの冷たい言葉に、死なない限り転生は出来ないと軽口を言うのをリーリシアは止めた。それぐらいに視線が痛かった。

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