第33話あなたの初めてを頂戴
ルファたちが休んでいた宿の部屋に案内された占い師の女は、リーリシアたちが街を守ろうとしていることを知った。だが、それとこれとは関係がない。
「どうして、私がここに連れて来られたのよ」
女性の占い師は、腕を組んで警戒の意思を言葉もなくリーリシアたちに伝える。
占い師というのは、警戒心が強い。影響力がある教会に邪教と呼ばれて嫌われたり、河岸を変えるために女性であっても街から街に旅をすることもあるからだ。
占い師の女もシリエの姿がなければ、部屋に入ることすら拒否していただろう。男ばかりの部屋に入れと言われたら、普通の女性でも身を守るために入室を拒否する。しかし、同性がいれば警戒心も薄まるというものだ。
「我らは怪しいものではない。街を救おうとしている善意の集団だと説明しただろうが」
リーリシアの大雑把な説明に、占い師の女は「思いっきり怪しいのよ」と怒鳴った。ルファは頭痛を覚えた。リーリシアの説明はおおざっぱすぎて怪しいし、それを証明することも今のルファたちには難しい。
「この爬虫類が、馬鹿で悪かった……」
リーリシアに説明を任せるのをあきらめたルファは、その役目を引き継いだ。占い師の女性に声をかけた真意は不明であるが、リーリシアなりの考えがあるのだろう。無駄に長生きしているという知恵が役に立つのかは分からないが、可能性があるならば全て試したいというのがルファの考えであった。
「俺たちは、近くにあるリーベルトの町からきた者だ。この街をオーガから守りたいのは、先にあるリーベルトの町を守るため。俺以外は、戦力になる人材だったしな。女のシリエも元勇者候補生だ。下手な男よりも強いぞ」
勇者候補生のという肩書は、意外なほどに占い師の女を安心させた。無意識なのかもしれないが、組んでいた腕を降ろして楽な姿勢を取ったのだ。
伯父が勇者という事とその身内の母の蛮行のせいでルファの感覚は麻痺していたが、勇者の肩書は世間的に信頼に足るものだ。この緊急時においては、弱者を助ける存在は一般人からしたら縋りたい存在である。
占い師の女は、今まで被っていたベールを外した。現れたのは豊かな黒髪と日焼けではない濃い肌色だ。顔立ちもエキゾチックなもので、ルファたちとは違う系統の血が流れているのかもしれない。
「……私はスーリヤよ」
スーリヤは、ルファと同年代の女性だった。
目元のほくろが艶めいた印象であり、腰のくびれに目がいってしまうほどの女性として均整がとれたスタイルをしている。堂々した立ち振る舞いは、自分自身の意見をしっかり持っている強い大人であることをアピールしていた。
ともすれば、夜の女にすら見えてしまう容姿だ。見知らぬ男性たちに強い警戒心を抱くのは当然だった。男に声をかけられて、嫌な思いをしたことも多いだろう。
「職業は見ての通りのしがない占い師で、あなた達が求めるような戦闘力はないから」
きっぱりはっきり物を言う姿は、シリエの気の強さとも少し違う。シリエは男勝りと言っていいが、スーリヤは鉄火肌と表現できそうだ。あくまで、女性らしい。
「占い師なら口が上手いだろう。そのよく回る口を貸してもらいたい」
リーリシアの偉そうな口調が気に入らないらしく、スーリヤは彼から顔を背けた。その瞬間、彼女は目を輝かせる。
「これ、本物のサファイアじゃない。しかも、ここを統治しているロス家の紋章だわ」
スーリヤが見つけたのは、ベッドで寝ているイアの腕輪だった。正確にはチェーンを三重に巻かれた首飾りだったが、ロージャスの家の家紋が入っていることには変わりがない。
ルファたちはロス家の家紋など知らなかったので、ロージャスが持たせてくれたものが貴重品であったことに驚いた。家紋が入ったものを持っているということは、貴族との繋がりを示す証拠になる。出入りの商人など使用人といった十分に信用に足る人物だけが、普通ならば持つことが出来るものだ。
ロージャスは、随分と大層なものを持たせてくれたらしい。ルファは、ありがたいような申し訳ないような気持になった。落としたりして他人に悪用されたりしないように、帰ったら厳重に保管しようとルファは心に決める。
「あなた達は、あんな大物と知り合いだったの。ということは、お金持ちなの?」
スーリヤは期待に目を膨らませているが、残念ながらルファたちは全員が庶民だ。リーリシアにいたっては、日々の食事を提供しているからという事でルファに給料さえも払われていない。同居人というよりは、家畜扱いである。
「それに、この子は……なんて美しいの」
協力するから謝礼を寄越せと言いかねない雰囲気だったので、ルファはスーリヤの勘違いを訂正しようとした。しかし、彼女は美しいイアの寝顔に見入っている。
スーリヤの言葉に、リーリシアとシリエが無言で頷いていた。ロージャスもそうなのだが、イアの美貌は人を引き寄せてやまないらしい。
ルーファスは身内であるせいか強烈な吸引力は感じない。むしろ、麗しい母と伯父の遺伝子が、自分には全く引き継がれなかったことを不思議に思うだけだ。持っていても持て余すのは目に見えていたが。
「決めた。協力するから、この子の童貞をちょうだい」
スーリヤの発言に、ルファの体が硬直した。
とんでもない発言を聞いたような気がする。シリエの方を見てみれば、彼女もルファと同じ反応をしていた。聞き間違いではないらしい。
「いや……えっと」
身内の童貞を寄越せと言われたルファは、反応に困っていた。
若いままの姿だが、六十歳を超えている伯父が童貞なのかも分からない。いや、恋人が出来たら手紙に書きそうなものだから童貞かもしれない。勇者として、旅から旅で忙しかっただろうし。というか、そもそも他人の童貞を捧げる約束をしてもいいのだろうか。
混乱しているルファに焦れ、スーリヤが不満げな声をもらす。
「いいじゃない、男の童貞ぐらい。病弱なこの子を医者に見せにきたんでしょう。そういう子は田舎ではモテないから、まだ童貞よね」
スーリヤは、周囲が騒いでも起きないイアのことを病弱な青年と勘違いしたらしい。
なるほど、とルファは納得する。
事情を知らない人間から見れば、イアは病弱な美青年となるようだ。その病弱な人間に童貞を狙う気持ちは、全く分からなかったが。
「謝礼を払うから、それで何とかしてもらえないか。身内の童貞を売るのはちょっと……」
ルファといえども、伯父の初めての経験を売るのは罪悪感がある。
ちなみに、シリエは空いた口がふさがらないでいた。修道院育ちの彼女は、婚前交渉に積極的になるスーリヤの行動が信じられないらしい。
一方で、普段は卵を産ませるとうるさいリーリシアは無反応である。童貞の喪失云々は、大した問題ではないと思っているのかもしれない。
これは種族の違いなのか。
それとも男女の違いなのか。
「身内っていうことは、弟にしては歳が離れているから……。この子は、あなたの甥っ子かしら。あんまり似ていないのね」
スーリヤは、ルファとイアを見比べている。似ていないのは認めるが、残念ながら関係性が反対だ。
「……そっちが、俺の伯父さんだ。俺は、その甥。言っておくけど、実の伯父と甥だからな。それと、その人は六十歳を過ぎている」
スーリヤは、怪訝な顔した。
当然の反応である。
親の年齢や家族の事情があるから甥と伯父の年齢の逆転については、まだ説明がつく。だが、実年齢が六十歳を過ぎているというのは信じられないであろう。
「でも……童貞なのよね」
その質問は、出来れば本人に聞いて欲しい。
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