第32話理解をされない作戦の決心



 すでにロージャスの件で顔を合わせていただけあって、ロージャスの父との面会は簡単に叶った。ロージャスの父にオーガ討伐のために最後まで力を貸すことを伝え、この協力はあくまでロージャスのためであるとルファは念を押した。


 街の戦力は思った通りに切迫しているらしく、ロージャスの父から協力に対して礼を言われた。


 街の女子供の一部は屋敷に避難していており、いつオーガが襲ってくるかも分からない今は外に出ることを禁じられている。彼女らの表情は陰鬱で、覇気はなかった。もっとも、オーガに街が襲われていると言われて陽気でいられる人間はいないだろう。


「皆さま!」


 ルファたちは屋敷から去ろうとしたが、ロージャスに声をかけられた。緊急時に備えてなのだろうか。彼女は、貴族の子女らしくない動きやすい装いをしていた。


「恐ろしいオーガと戦ったと聞きましたが、お怪我はありませんか?」


 心配そうな彼女を安心させるために、ルファはリーリシアが背負っているイアを指さした。


「伯父さんのおかげで、俺たちは全員無事だ。ここだけの話だが、伯父さんは最強の勇者なんだ。だから、信じてやってくれ。伯父さんは沢山の人を救うために勇者になったんだろうからな」


 ルファの言葉に、ロージャスは少しばかりほっとしたような顔をした。勇者は国が定めた仕組みだが、民衆の味方であることは確かである。その活躍と信頼は、幼いロージャスを安心させるに足るものだったのだろう。


「イア様……。私は共に戦うことは出来ませんが、ご無事と勝利を祈っています」


 ロージャスは身につけていた首飾りを外した。小さなサファイアがついた首飾りに口付けを落として、力が抜けているイアの手首に巻き付ける。


「せめてものお守りです。イア様……私はあなたの事を待っていますから」


 少女の健気な願いを込めたサファイアの輝きに、ルファは気持ちを引き締める。ロージャスの無事のためにも、オーガたちを何とかしなければならない。






 ルファたちは、ロージャスの父には紹介してもらった宿屋で休むことにした。街の防衛に参加する人間には、しばしの間の衣食住を提供する方針としたらしい。そうやって戦える市民や旅人を出来るだけ引き止めたいというという思惑があるのだろう。


 だが、その思惑は成功しているとは言い難い。勇者と勇者を志していた者は街に逗留することを決めたが、護衛を雇っている商人などは我先にと街を出ていこうとしていた。


「市街戦は避けて、出来れば街の城壁の外でオーガは相手にしたいところだな。街の中で戦えば、女子供に大きな被害がでる」


 ベッドにイアを寝かせたリーリシアは、そんな意見を延べた。その考えには、ルファもシリエも賛成した。だが、問題は山積みである。


「街に入られる前に、オーガを叩くか……。今回のような深追いは絶対に出来ないし、させてはいけないな」


 リシエの言葉に、忌々しそうに舌打ちをした。森での戦いでは、味方に大きな被害を出してしまった。平原でオーガを叩くのが、必須条件となる。


「ちょっとまて、街から出ようとする人間は必ずいるはずだ。そっちを狙う可能性の方が高いだろ」


 ルファの言葉に、リーリシアとシリエは虚を突かれた。二人はあくまでオーガとの戦闘のことを考えていたが、オーガ側からしてみれば獲物を狩ることが重要なのだ。


 街から逃げようとする人々を殺した方が楽なのである。


 現に、今だって防衛手段のある人間は街から逃げようとしていた。彼らに続いて、まともな装備も持たずに街の外に出ようとする人間が多発してもおかしくはない状況下である。


「だが、逃げる人間の世話までは手が回らないだろう。それに逃げた人間たちだけでは、あの数のオーガの腹は満たせん。正面からくる一団がいることは必須……」


 リーリシアは、深く考え込んだ。


 やがて眉間に皺を寄せて、嫌そうな表情を作る。


「お前たちは……この時代の神と善性に背くような行いを良しとするか?」


 リーリシアは、珍しく戸惑いがちに口を開く。ルファとシリエが、一体どうしたのだと顔を見合わせた時であった。


「ばっかじゃないの!!」


 という大声が聞こえてきた。


 ルファが窓の外を見ると日中に声をかけてきた女性の占い師の姿があった。大切なものを失うと予言した女性の占い師は、教会関係者と信者らしき人々に向かって叫んでいる。


「皆で教会に立てこもろうなんて、どうにかしているわよ!固まっていたら、オーガに侵入された時に皆殺しにされる。バラバラになって隠れて、少しでも見つからないようにするべきよ」


 占い師の女の度胸のある意見に、リーリシアは関心を寄せた。


 人間というのは群れを作りたがる生き物であり、緊急時になればなるほどに集団になることを選ぶ。しかし、女性の占い師はあえてバラバラになるべきだと言っているのだ。


 つまり、オーガに見つかったものは餌となり、他者の生存率を上げろと言う提案だ。とんでもない提案であり、話を理解した人間は女性の占い師の正気を疑うであろう。それは現代においては、倫理的に受け入れられない話だからだ。


「教会にこもれば、神のご加護があるはずです。あなたのような邪教を信じる方には分からないかも知れませんが、神は乗り越えられない苦難は与えません。今回だって守ってくださるはず」


 教会の人間の背後には、不安げな顔をした人々が集まってくる。幼い子供を抱えた家族や若い女性、そして年老いた者たち。若い男性すらも怯えて、一人になることを恐れていた。そして、何かにすがりたがっていた。


「神様は守ってなんかくれないわよ……。私たちは兵士のように戦えないから、息を潜めて自分が生き残る方法を自分で選び取るしかないのに」


 悔しそうな口ぶりの占い師は、人々の説得をあきらめたようだった。


 その場を去ろうとする占い師の姿に、リーリシアは光を見出した。現代の価値観と合わない考えを持つ占い師は、自分の考えに賛同するかもしれない。


 彼女が賛同したら、ルファやシリエを巻き込むことができる。



 リーリシアは、自分が口下手であることを自覚している。自分が思いついた作戦に、ルファやシリエを賛同させるのは無理があるかもしれない。いや、ルファならば嫌々でも賛成する可能性があった。というより戦力にならない彼では、賛成するしかない。


 だが、シリエは違う。


 戦力になるだけの力と現代的な道徳心を持った彼女は、リーリシアの作戦に納得しないはずだ。女性の占い師ならば、シリエを説得してくれるだろう。


 自分の残虐な思いつきに彼らが手を貸してくれるというのならば、リーリシアにとっては幸いだ。勇者の故郷を守る事ができるのだから。


「甥っ子、赤毛の小娘。我の前世は、人だ。小国を五つも滅ぼした故に、罰することも出来ない大罪を犯したと言われて匙を投げられた。不死の呪は、その時の罰だ」


 この告白をどのように受け取るのか。


 リーリシアは、シリエとルファを見つめた。シリエは、目を見開いて驚いていた。


 竜としての力を行使はしてきたが、前世が人間であったことはリーリシアは一言も言っていない。今までの人生で、この告白をしたのは勇者イアだけだ。


 彼が、どのような存在であるかを教えたときだけである。


 はたして、勇者の甥であるルファはどのような反応をするのか。


 リーリシアの考えを余所に、ルファは炎の色の頭を殴った。間髪を入れずに、力いっぱい殴った。


 殴った後に「あっ、備え付けのランプで殴ればよかったか。今だったら、弁償とか言われないかもしれないし」と言う酷い言葉が聞こえた。


 予想もしなかった痛みに、リーリシアはかがんでしまう。シリエのように驚き言葉をなくしたり、詰問されるのを想像していたので殴られるだなんて予想外のことだった。


「この拳になんの意味があるというのだ!というか、驚け。短くない時間を過ごした同居人の竜の前世が、実は人間だったのだぞ!!」


 リーリシアは叫ぶが、ルファには彼なりの理由があった。


「変な事を言い出したから、壊れたと思ったんだよ。だから、叩いたんだ。叩いて脳みそが元の状態に戻ったら、しめたもんだろ。第一、前世云々とか関係ある話なのか?」


 リーリシアが考えて以上に、ルファは自分に興味を持っていなかった。その事実に、リーリシアは若干落ち込む。


「俺にとってのお前は、雨の日に伯父を連れてきただけの存在だ。前世とか竜とかは関係ない。殴っても許される存在だ」


 ルファなりに、リーリシアという摩訶不思議な存在を受け入れているということなのだろう。むしろ、何を告白されようとも所詮はリーリシアだと考えているのかもしれない。


 古代人の母と暮らしてきたルファには、不思議なものを受け入れる度量があるのかもしれない。何かとんでもないことをしでかしても、相手の本質は変わらないと考えて受け入れる。


 乱暴で粗雑だが、これは信頼の形には変わりないだろう。


 ならば、リーリシアは迷わない。


「……勇者がとらないでろう作戦を古代の罪人が犯してやろう」


 リーリシアは、そう言うと宿の窓から飛び降りた。占い師の女の眼前に着地して、彼女に悲鳴を上げさせる。


「あ……あなたは、日中に私が呼び止めた。ちょっと待ってよ。あれは、単なるパフォーマンスよ。大事なものなんか失わないから。あれはオーガの予言とかじゃないから」


 リーリシアは、まくし立てて逃げようとする占い師の女の首根っこを捕まえる。


「現代の神を恐れない預言者に頼みたい事があるだけだ。我らと街のために嘘をついて欲しい」



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