第31話被害状況の確認


 山火事を演出することによって、オーガたちを撤退させる事には成功した。しかし、損傷は軽微とは言い難い。兵士たちの怪我は、あまりに惨たらしい。


 オーガの棍棒で防具ごと骨を砕かれた者もいたし、鋭い歯で指などを食いちぎられた者もいた。軽症であっても戦意を喪失してしまった者もいる。


「火は消したから、本当の山火事になることはない。人間の作戦勝ちだな」


 皮肉げに笑うシリエだが、急に表情を変えてルファに耳打ちする。


「気がついているだろうが、この街の衛兵たちの練度は高くない。私のような勇者のなりそこないも戦いに参加していたようだが、どこまで欠陥品が役に立つか……。勿論、本物の勇者もいたぞ。二人だけだがな」


 シリエは、人間側が圧倒的に不利だと言いたいのだ。


「それに、オークの姥捨にしては数も多かった。普通は少数のはずなのに……」


 オーガの多すぎる数にシリエは疑問を持っていたが、ルファには思い当たる節があった。


「ここ数年は穏やかな天候が続いたから、鹿なんかの餌になる草木や木の実が増えていたんだ。鹿が増えたから、それを狩っていたオークたちの食糧も豊かになった。それで、子供が一気に増えた。だが、今年は気温が上がっていないから草木や木の実が例年並みに戻って……増えたオークを養いきれなくなったんだ」


 その気性に反して、オークとオーガは非常に仲間思いのモンスターである。増えすぎた子供を間引くことなく、老齢のオーガたちが自ら進んで群れを離れたのだろう。そして、それらが結集して街を襲っている。


「この街から離れたら、今度は周辺の小さな町や村が標的になる。ここほどの兵力はないから、応援が来るまで持ちこたえるのは無理だろう。そして、この街もあれほどのオーガに対抗するだけの戦力はない」


 シリエの分析は冷静だが、逃げるという選択肢は口にはしなかった。近隣にはリーベルトの町があり、そちらにオーガが向かう可能性があったからだ。


 剣すらまともに振るうことも出来ない町人ばかりの故郷は、オーガの格好の餌場になってしまう。少しでも戦力がある場所で、オーガたちを倒すのがリーベルトの町を守る唯一の手段だ。


「ここから早馬を飛ばせば、王都には十日でつく。ただし、応援が来るのはもっと先だな」


 ルファよりも世間を知っているシリエの言葉は辛辣だ。応援が来るまで街の戦力が持つかどうかなんて、素人のルファでも分かる。


「もたないだろ……」


 そう呟いたルファの頭に、小石が投げつけられた。犯人は、力尽きたイアを抱えたリーリシアだった。


「相手は、所詮はモンスターだ。やりようによっては、戦力は持つ。問題は兵の士気だろう。心理的な負担からの市民の暴動も心配する必要があるだろうな」


 暴れまわっていたイアの相手をしていたリーリシアは肩で息をしていたが、言っていることは爬虫類のものだとは思えないほどまともだった。


「やたらと詳しいが、戦争の経験でもあるのか?」


 シリエの疑問に対して、リーリシアはため息をつきながら返した。


「経験則だ。これでも、我はお前らよりも長生きしている。……勇者よ」


 リーリシアは、抱えていたイアに静かに語りかけた。


「最強の勇者よ。我らに知恵と力を貸してくれ。勇者の力がなければ、この街に明日はない」


 まるでイアを神のように扱うリーリシアに、ルファは一瞬だが不安を感じた。人知を超えた傲慢な邪竜の弱さを目の当たりにするのは、実のところ初めてのことだ。


 その姿があまりに情けないので、ルファはリーリシアに足蹴りをした。泥だらけの靴で蹴られたリーリシアは、予想外のルファの行動に驚く。


「恐いなら、伯父さんつれて逃げろよ。こっちは、お前らと違って自分の居場所を守っているんだ。覚悟が違うんだよ、覚悟が」


 ルファの言葉に、リーリシアとシリエは言葉を失った。暴走するといっても最大戦力は勇者イアであり、それについて行けるのはリーリシアだけである。彼ら二人がいなくなれば、街の戦力は大きく目減りする。そんな彼らに、豪胆にもルファは逃げろと言ったのだ。


「お前は、俺の店に来たときに伯父さんの事が一番大切だって言ったよな。なら、大切なものを持って逃げろ。でも、伯父さんの大事なものを守りたいなら力を貸せ」


 無力なくせに弱気にはならないルファの姿に、リーリシアは吹き出しそうになってしまった。


 ルファの向こう見ずさは、勇者イアの血統に間違いない。ルファは自分の故郷を守るためにも、この街でオーガの群れを全滅させる気なのだ。


 そのために、リーリシアを焚きつけようとしているのだ。


「……貴様に作戦はあるのか?」


 リーリシアの問いかけに、ルファは笑って首を横に振った。


「こっちには、伯父さんのために身体を張ってくれる人材しかない。でも、変人集団なんて最強だろ」


 ルファの言葉に、シリエさえも笑っていた。


 勇者になれなかった彼女の方が、リーリシアよりも絶望感は強かったであろう。それでも、ルファの言葉で何かが吹っ切れたようだ。


「まずは街に戻ろう。ロージャスの父親に面会を求めて、どうするべきかを考えるのもいい」


 シリエの提案で、やるべき事は決まった。


 ならば、行動するだけである。



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