第23話最初から覚悟は決めていた


 ロージャスは、門扉を守る人間に自分の正体を明かした。ロージャス家が雇っている護衛らしいが、シリエが平和と言っている街に門番がいる理由がルファには理解できない。都会は不思議だと考えていれば、とんとん拍子に物事は運んで行った。


 執事と名乗る老人が館から駆けてきてロージャスの無事に涙している最中に、彼女はルファたちに助けられたのだと説明した。執事は大げさなほどに頭を下げて、ロージャスの希望もあった為にルファたちは貴族の館に招き入れられる。


 そして、あれよあれよという間に客間に通されてしまった。その道中には揃いのワンピース姿の女性たちがいて、彼女らがメイドなのかとルファは感心してしまう。伯父の手紙に書いてあった通りの光景である。


 案内された客間には立派すぎて使い勝手が悪そうなテーブルと革張りのソファが置いてあり、そこで待つようにと使用人に言われた。ロージャスはすでに別の使用人に引き取られていて、ルファたちとは別れてしまっている。


「お待ちくださいと言われたけど、何をして待てばいいのか……」


 ルファは、きょろきょろと辺りを見回す。


 居間にある全ての家具や絵画が立派すぎて、尻の座りが悪い。むずむずしてしまうが、このような居心地の悪さを味わっているのはルファだけらしい。シリエはメイドに出された紅茶とクッキーを楽しんでいるし、リーリアスは背負い続けていたイアを介抱するのに忙しい。


「紅茶でも飲め。私たち以外に人がいないから、礼儀作法を気にする必要もないぞ」


 シリエの言葉に、茶を飲むのにも作法があるのかとルファは呆れかえる。ここまでくる道中でシリエに貴族というものを少しは教わったが、民衆を支配する代わりに位と礼儀を常に意識する生活というのは正気の沙汰とは思えない。


 ルファは、小さめに作られたクッキーを口に放り込む。


 さっくりとした柔らかい触感は、町では珍しい。町で作られるクッキーは、どちらかと言えば固めのものが多い。「がりがり」という触感が特徴である。バターと牛乳の使用量が町の方が少なく、ついでに日持ちの事も考えてしっかり焼いているからであろう。


「……紅茶というのは初めて飲んだが、変な味がするな」


 飲みなれない紅茶に顔をしかめるルファに、シリエは苦笑いをした。


「町で飲むような薬草茶の方が、一般的には変な味なんだ。私は、それなりに好きだけどな」


 町しか知らないルファにとっては、今日だけで初体験の連続だった。


 それでも、自分の見聞の狭さを恥ずかしいとは思えない。好奇心も刺激されない。こういうところが、町に閉じこもってしまう原因なのだろうなとルファは思った。


「待たせたな」


 使用人が開けたドアから現れたのは、立派な衣服に身を包んだ男女である。歳からして、ロージャスの父親と母親であろう。どこか不機嫌そうなむすっとした顔は、愛娘の無事を喜んでいるふうには思えない。


 娘を老人にやるような親である。見えないところでロージャスが親から怒られていないかとルファは心配になった。


「我が娘のロージャスを連れてきたことに、まずは礼を言う。ごくろうだったな」


 ルファはなんとなく嫌な予感がして、リーリアスを盗み見た。シリエも同じ考えだったらしく、リーリアスの方を見ている。


 貴族だけあってロージャスの父親の喋り方は、良いように捉えれば威厳がある。


 悪いように捉えれば、上から目線で偉そうだ。


 そして、その喋り方はリーリアスに似ていた。竜のプライドが、おかしな方向で刺激されやしないかと危惧したのである。


 案の定、リーリアスの表情は面白そうではなかった。その態度はなんだと言いたげだ。


 リーリアスは、基本的には自分は人間よりも立場が上だと思っている。


 しかし、ルファを始めとしたリーベルトの町の人間に関しては『勇者の身内と出身地の人間』という事で、本人基準で友好的に接していた。そして、その経験は人間と対等に付き合うという事をリーリアスに教えたのだ。


 というよりも、商人に威嚇したり旅人に眼を飛ばすリーリアスに、ルファが鉄拳制裁を加え続けて慣れさせたというのが正しい。その結果として、リーリアスはシリエとロージャスを受け入れている。


 だが、初対面でリーリアスをここまで格下に扱う人間は今回が初めてだ。貴族というものをルファ以上に理解していないリーリアスの怒りが爆発しないかだけが気がかりだ。


「……君たちは、私の話を聞いているのかな?」


 余所見をした生徒を叱るような口調で、ロージャスの父は尋ねた。ルファとシリエの肩が跳ねたが、リーリアスの表情は険しいままだ。


「まぁ、いい。たかが農民に礼儀というものを求めるのが間違っていた。娘を助けてもらった礼は用意したから、それを持って町に帰れ」


 使用人が、テーブルに革袋を置いた。


 そのなかには、金が入っているのだろう。ロージャスの父親と母親を見ていれば、ルファたちにはそれを持って一刻も早く立ち去ってもらいたいと考えていることが分かる。


「これは、受け取れない」


 ルファは、革袋を押し返す。


 その行動に、部屋にいる誰もが呆気にとられた。


「俺は学がないから、貴族を敬うような喋り方は出来ない。それは最初に謝る。そして、俺がここまでロージャスを送り届けたのは、彼女の親であるお前たちを説得するためだ。ロージャスの婚約式は、彼女が大人になるまで待ってやってくれ」


 ルファの行動は、シリエがもっとも恐れていた愚行であった。


 農民に意見されたとなったら、気位の高い貴族は激高する。貴族たちにとっては、平民など税を集めるための存在でしかないのだ。つまりは、格下どころか同じ人間として扱う存在でもない。


 さらに言えば、貴族が気まぐれに平民を罰することは多かった。彼らにとって平民の口答えなど、聞くに値しない動物の鳴き声なのだ。


 うるさい動物を排除した。


 そんな気楽さで、貴族は平民を罰する。

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