第20話愛情が重い伯父さんの手紙多数


 夕食をすませたルファは、かつての母の部屋に入った。母親が亡くなってから荷物は整理したが、捨てるには忍びないものはまとめられている。主に母が大事にしていた思い出の品や結婚式のときに着た手作りのドレスなどだ。身内に女性がいればドレスを譲って日用品に作りなおしてもらうことも出来るが、残念ながら亡くなった母の身内は自分だけである。


「……相変わらず、多いな」


 木箱に入っているのは、伯父がルファの母に送った手紙である。勇者になるための修行期間から行方不昧になるまで、イアは最愛の妹に手紙を送り続けた。筆まめだったイアからの手紙は、木箱三つ分にも及ぶ。


 母がブラコンであったのは間違いないが、伯父もシスコンだったに違いない。そうでなければ、木箱三つ分の手紙など送り続けられるものか。


 ルファは、この大量の手紙の全てに目を通している。子供の時分は勇者の伯父のこと知りたいと思ったし、母の話にあがる人間とは思えないイアの活躍を疑う気持ちもあった。結果、母が伯父の活躍を盛大に盛っていることが判明したわけだが。


「こんな時にはどうするかなんて……。やっぱり、書いてあるわけないか」


 イアからの手紙には、実に様々なことが書かれている。


 勇者になる前の訓練の日々。勇者になってからは、訪れた土地や起こった事件。そして、そこに住む人々のこと。手紙には様々なことが事細かに書かれており、町から出たことがないルファでも何となくではあるが外のことを知る事が出来ていた。


 そして、どの手紙であっても忘れずにイアが書き記すことがある。それは、妹への愛情と健康を気遣う言葉であった。妹への愛が見て取れる言葉の数々だが、健康を気遣う言葉については「おやつを食べすぎないように」とか「雨に濡れないようにね」などと言った些細なことすぎる心配ばかりだ。


 先祖返りだから滅多なことでは大病はしないと分かっていたからなのだろうが、それにしたって五歳児にするような心配である。その言葉の端々から感じるのは心配性というよりは、若干変わった感性であった。


 伯父からの手紙を読み始めてから薄々思っていたことなのだが、イアは間違いなく天然だ。邪竜のリーリシアの不死の呪を解こうとしたのも、正義感や同情心ではなくて天然の性格の賜物なのではないだろうか。


「あ……。ここら辺の手紙は、俺が産まれた頃か」


 イアからの手紙のなかには、妹への言葉の他に産まれてきた甥に関することが増えた。つまりは、ルファのことである。


 ルファの名前が決まっていない頃には、甥の名前の候補が十五個以上は書かれている手紙まで送られてきている。なお、その一つがルファだ。


 ルファの名付け親は、伯父のイアなのだ。命名権ぐらいは実の父親に譲ってやれと思わなくもないが、母親が聞き入れなかったのだろう。容易に想像できてしまうところが、母がブラコンたる所以だ。


「あの……ルファ様」


 ルファが振り返れば、そこには部屋を覗き込むロージャスの姿があった。シリエのパジャマを借りているのだが、ズボンタイプの服のせいで裾を引きずっている。


 そんな姿のせいなのだろうか。


 日中の花嫁衣裳よりも、十三歳らしい幼い姿に思えた。

 

「えっと、トイレに行こうとしたら明りがついていて……」


 気になって足を運んでしまったらしい。


 ルファは微笑みを浮かべながら、ロージャスを呼ぶ。「失礼します」と一言いってから、持ち主がいないことが一目で分かる部屋にロージャスは入ってきた。


「このお部屋は……」


 きょろきょろとロージャスは辺りを見渡す。ベッドなどの大きな家具と箱に片付けられた荷物しかない部屋は、子供には少し不気味かもしれない。ルファ自身も物置には幽霊が出ると信じていた幼い頃がある。


「伯父さんからの昔の手紙だ。筆まめだった人で、木箱三個分も送ってきているんだ」


 ルファの言葉に、ロージャスは目を見開いた。そして、木箱から溢れかえりそうになっている手紙の数々を見る。


「すごい量ですね。……私だったら、そんなに書けません」


 ルファも、それには同感だった。


 家に帰れなかった年月が長いということはあるだろうが、イアの手紙の量はありえないほどに多い。


「まぁ……それぐらいは愛情深い人だと思ってくれ」


 甥っ子としては、そうとしか言えない。


 そして、母のことだから手紙が送られてくるごとに返事を返していたであろう。それを考えるならば、母と伯父は愛情が深すぎる兄妹ということになる。シスコンとブラコンで相思相愛だったなら、ちょうどよかったのだろう。


「手紙の量が愛情の量ならば……。私に、こんなにも愛情をかけてくれる人はいなかったです」


 ロージャスは、寂しそうに笑った。


 その笑顔はあまりにも儚くて、子供にさせるような表情ではないと思った。


「小さな頃から、家のために嫁ぎなさいって言われていたんです。それしか、私には価値がないと。女の子は、男の子と違って家のために出世したりはできないから……」


 ルファは、唖然とした。


 それは、幼い子供にかけるべき言葉ではない。伯父の手紙の量はやりすぎだと思うが、子供には無償の愛情を向けてやるべきだ。ルファの母でさえ、そのことを知っていた。


 母は兄に夢中だったけれども、子供のルファのことを蔑ろにはしていなかった。むしろ、愛情深かった。そうでなければ、十七歳にもなった息子を山で背負うなんてことはしないであろう。


「私が婚約式をする予定だった人は、国のとても偉い人らしいんです。その人の所に私が行けば、お父様はもっと出世できるって言っていました。家を盛り立てることが出来るんだから、自分が偉い人のところに行けることを喜びなさいって言われて……」


 でも、とロージャスは続ける。


「私は、嫌だったんです。嫌だったから逃げてきたんです。でも、ダメ。ルファ様たちと出会うまでは、すごく心細かったんです。何度も家に帰りたいと思ったし、帰ろうともしました。……でも、森で道に迷ってしまって」


 その果てに、ルファたちと出会ったらしい。


 一人で出歩いたこともないだろうロージャスが森で迷ったというのは、かなりの恐怖だったはずだ。もしかしたら、ルファたちの話声を聞いて力を振り絞って走ってきたのかもしれない。


「私は、弱いんです。だから、もう分かっています。私は、一人では生きてはいけないんですよ」


 森の中で迷った子供が家に帰りたがるのは珍しいことではない。むしろ、当たり前のことだ。家で親が怒っていることが分かっていても、子供は家に帰りたがる。


 子供には、そこしか安全な場所はない。それぐらいに無力だからこそ、大人は子供を可愛がる必要があるとルファは思うのだ。


「お願いします。私を家まで送ってください」


 ロージャスは、ルファに頭を下げた。


 その姿にルファは、なにを言うべきか分からなくなった。子供は愛すべき存在なのに、守り方すら分からない。

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