第15話夫婦の種まき



 シリアが土鳩に住むことになり、ルファは彼女に仕事や料理を教えるようになった。勇者候補だったこともあって、シリアには男顔負けの体力がある。それは畑仕事にも存分に発揮されたし、それを見込まれて隣家の手伝いに駆り出されることもあった。


 小さな町の生活は、基本的には助け合いである。忙しい時期になれば、労働力の貸し借りは普通に行われた。


「ルファ、あのシリエって子はすごいわね。初めての牛の出産にも脅えずに対処するし、肉の解体だってこなす。町の外からやってきた子だっていうから都会育ちだと思って、倦厭されると思ったのに」


 シリエの近所での評判は上々である。


 度胸と体力がある女性というのは、田舎では美人であるより重宝された。都会ではどうなのかは知らないが、田舎の仕事と生活は力仕事の連続である。田舎の嫁に必要なのは、気力、体力、体の丈夫さだ。


 朝から夜まで働いて、沢山の子供を産むことが田舎の女性の仕事だと思われているのである。つまり、シリエは田舎の理想の嫁なのである。


「婚期が遅れたと思って心配していたけど、あんなに良い子が嫁にくるなんて。お母さんも喜んでいるわ」


 シリエを貸し出した近所の中年女性は、大人になったルファの母親しか知らない。彼女が近くの村から嫁入りしてきたからである。母の一番破天荒な時代を知らない中年女性は、尊厳破壊魔人とはルファの母親を呼ばない。


「シリエは、俺の嫁でも婚約者でもない。あの子は……伯父さんに惚れているらしい」


 ルファの言葉に、中年女性の笑顔が凍った。この町の住人ならば、イアの存在を全員が知っている。故に、目覚めない男に惚れたというシリエが珍妙に思えたのであろう。


「……あんなのでいいのかい。本当にあんなので」


 中年女性は、ルファに何度も尋ねた。


 田舎の女性に丈夫さが求められるように、田舎の男性には勤勉さが求められる。つまり、他の女にわき目も振らずに仕事をする男こそが理想なのだ。眠り続けるイアなど田舎の女性にとっては、最悪な相手である。


「蓼食う虫も好き好きって言うから、その虫がシリエで蓼が伯父さんなんだろう。それに、若いから顔に騙されているのかも。心変わりだってすぐだろうから、放っておいて大丈夫だと思うぞ」


 ルファの評価は辛らつだ。いつ目覚めるかも分からないイアを待ち続けるなんて、常識的に考えれば賛成できない。だからこそ、シリエが幻の恋から目覚めることをルファは心の底から願っていた。


 中年女性は、ルファの辛らつさに大笑いしている。己の少女時代の暴走を思い出したのかもしれない。


「結婚もしてないくせに乙女心を語るなんて十年早いよ。ああ、そうだ。うちの旦那が、そっちの店に入り浸っているだろ。精のつくものを作ってやっておくれよ。……四人目が欲しくてね」


 中年女性のウィンクに、ルファはため息をついた。たまにではあるが、町の女性は面白いことを頼んでくる。その一つが、精力が付く料理を旦那に食べさせろというものだ。


 同じ男性として実感しているが、精力がつくものを食べたところで夜の生活が豊かになるとも限らない。あくまで、気の持ちようである。


「いいけど……効果は期待するなよ。食べ物で性欲が爛々なんて嘘だからな。実体験に元づく体験談だから、信用できるぞ」


 ルファの返答に、またもや中年女性は笑う。


「それでも縋りたくなるのが人情ってもんだよ。私のところは子供が三人だけど、男の子は一人だけだ。娘が嫁に行く前に、もう一人ぐらいは男の子が欲しくてね。ほら、今だったら娘が赤ちゃんの面倒を見てくれるだろう」


 子供の命は、簡単に消えてしまう。


 さらに男児は女児よりも幼少期は体が弱いので、死亡率が高かった。故に将来の労働力や後継ぎの保険として、二人目の男児を求める夫婦は多い。


「猪の肉の良いところ使った料理をだしておくよ。お土産として届けさせるから、あんたも食べたらどうだ」


 若い女であっても、お産は命がけである。中年女性であれば、なおのことだ。それでも子供を欲するのは未来のためである。たった一人の男子が死ぬような不幸があれば、将来の労働力が不足するからだ。


 そのような理由もあって、ルファとしては中年女性の方に料理を食べて欲しかった。栄養を摂取してお産が楽になる訳ではないが、何もしないよりはマシであろう。


「こんなに気遣いができる良い男なのに、惚れる女がいないなんてね。良かったら、あんたが私に種をまくとか……」


 中年女性のあけすけな言葉に、さすがのルファも嫌悪感を示した。それを見た中年女性は、言いすぎたのだと反省する。


「あ……いや、悪い。今のは、私が悪かったよ」


 近隣の村から嫁いできた彼女は、リーベルトの町よりも田舎の出身だ。そのせいなのか色々と正直なところがあった。


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