第13話大好き教の信者


 ルファは、シリエと共に遺体を埋める為の穴を掘る。しかし、シリエが想像していたよりも穴はずっと浅かった。


「これだと熊が死体を掘り返してしまうぞ。もっと深く埋めないと」


 人の肉の味を覚えた熊は、それに執着する。そのクマによって、新たな被害者が出てしまう事だってあった。森に慣れているルファが知らないはずがない。


「あの爬虫類が遺体を燃やして骨にする。だから、穴の深さはこれぐらいでいいんだ」


 穴を掘り終えたルファは「今度は遺体を集めるぞ」とシリエに指示を出す。


 血塗れの遺体は、どれも一撃で絶命に至っていた。どこを切れば人間が死ぬのかが分かっているからこそ出来る技だ。


「……さっきの勇者イアの……なんて言えば良いのか分からないが」


 野盗の死体を運びながらも言葉に詰まるシリエに、ルファは口を開く。


「俺と爬虫類は、伯父さんのあの状態を暴走って呼んでいる。町を狙う野盗や猛獣、モンスターに反応しているらしい。けど、毎回反応しているわけでもない」


 ルファの口振りからいって、イアの暴走は珍しいものではないようだ。そして、暴走後はルファたちが後始末をしているらしい。


 死体を運ぶのも手慣れているし、森にシャベルまで用意しているのが証拠だ。


「ああなる理屈は、分からない。しかも、誤反応を起こすのか、たまに兎なんかをめった刺しにしていることだってある。それでも、伯父さんは町を守っている。今のところは俺や爬虫類を含めて町人に手を出そうとしたことはない」


 それでもイアを持て余していると言うのが、ルファたちの現状なのだろう。町を守っているのは確かだが、その理屈や安全性は未知数だ。


 今まで町に被害が出なかったのは偶然で、次はどうなるかは分からない。それでも、彼らはイアを信じるしかないのだ。


「町の人は知っているのか?」


 シリエの言葉に、ルファは首を横に振った。


「伯父さんを小さい頃から知っている人もいるが、さすがにこれは受入れてもらえない。ただでさえ若い姿のままで、喋るトカゲに連れられて帰ってきたんだ。もうこんなのは……化け物だろ」


 最強の勇者の力は、普通の人間には恐怖でしかない。今のイアの姿を見れば、町の人々は気がつくであろう。


 少しの偶然が重なれば、イアは簡単に町を壊滅させることができる。いや、その気になれば国さえも落とすことが出来るかもしれないと。


「お前は、最強の勇者が恐ろしくはないのか?」


 国さえも落とせるかもしれない人間が、常に側にいる。一歩間違えれば、それに殺されるかもしれない。なのに、ルファはイアを恐れてはいなかった。


「……俺の母親は、強烈なブラコンだったんだ。伯父の冒険譚を誇張して、毎日聞かされた。国同士の争いを止めたり、百体のモンスターを一度に倒したり……。まぁ、人間じゃない活躍を聞かされた」


 ルファは遠い目をする。


 母の誇張した話を思い出していたのだ。寝物語として母が語った伯父の冒険譚に心を躍らせたのは幼い頃だけだった。成長してからは、母の誇張に呆れることしか出来なかったものだ。


「でも、伯父さん優しいって言う話だけは地に足がついていた。母が寝るまで物語を読んだり、雨が降ったら傘を持って迎えにきてくれたり、風邪をひいたら徹夜で看病してくれたり……。当たり前に、優しい兄だった」


 母が兄と共にいた時間は、穏やかな時間だったはずだ。そして、母は妹として兄に甘えていた。その時間にだけは誇張はないであろう。


「つまりは、俺は母親によって兄さん大好き教に入信させられているんだよ」


 伯父が目覚めることを祈れるほどは、ルファは優しくはなれない。けれども、伯父が敵になるはずはないとは信じてしまうのだ。


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