第11話私は野盗と似すぎている



「その剣筋は、お前も勇者の候補生だったのか?」


 野盗の一人が、シリエに尋ねた。


 シリエが睨んだ通り、野盗たちは勇者になれなかった人間の集まりのようだった。かつては人々を助ける勇者を目指したはずの溌剌とした男の瞳は、すでに濁っていて見る影もない。代わりにあるのは、曇天のように濁った眼である。


「そうだ。勇者には慣れなかった者だが……お前たちの中にも勇者を目指した者がいるだろう。人を救う勇者を目指しておきながら、どうして人を傷つける盗賊行為に手を染めるんだ」


 シリエの真っ直ぐすぎる問いかけに、野盗たちが笑い出す。思いもよらなかった反応に、シリエは呆然としていた。


 野盗たちには深い懊悩があり、仕方なく強奪を繰り返す毎日を過ごしているに違いない。シリエは、そのように考えいた。しかし、実際のところは違ったのだ。


「勇者にも兵士にもなれなかった俺たちに出来ることなんて、無為に戦うことしかないだろ。なにせ、そういう事しかやってこなかったんだもんな。いや、それより何より磨いた剣の腕前を捨てたくはない。だから、国から給料をもらう代わりに自分たちで稼ぐことにした。それだけだ」


 お前にだって分かるだろうと盗賊は言う。


 シリエは、目を大きく見開いた。


 勇者としての在り方に固執し、人を殺めることが出来ない自分をシリエは嘆いていた。戦って人を守る事しかしたくないと駄々をこねて、生き方の選択肢を狭めていたのだ。


 結局のところ、剣を捨てたくなかっただけ。


 その考え方は、奇しくも野盗たちと似通っていた。


 今までの自分に固執し、会得した剣にすがって戦うことを止めようとはしなかった。シリエは人を救うという願いのために行動していたが、野盗たちは自分たちの生活のために行動している。


 二つの運命の差に、どれほどの深さがあるのかはシリエには分からない。けれども、野盗たちの生き方は、一歩間違えれば自分がたどっていた道でもあることは分かった。


「勇者崩れで剣を手放せないなら、お前も俺たちと一緒に来い。鍛錬の日々をなかったことにして、新しい生き方を探すのは苦しいだろう」


 野盗の眼には、シリエに対しての同情があった。


 もがき苦しんでも上手くはいかないシリエの心情を理解して、心の底から同情していた。シリエという存在を理解していた。そして、自分たちと同じように野盗になれば、シリエは救われるとも考えていたのだ。


「私は……人を殺せないから、勇者にはなれなかった。でも、勇者として育てられたのに人々を傷つけるだなんて」


 シリエは、人間を守りたいと思っている。だからこそ、勇者になるための厳しい訓練にも耐えることが出来たのだ。野盗になんて落ちてしまったら、その日々さえも無に帰してしまう。


「そうやって自分を追い詰めて、高みを目指してどうなるんだ。高みにたどりつけないと判断されたからこそ、俺たちは勇者になれなかった。お前も……それを受け入れられないと窒息死するぞ」


 ルファにも同じようなことを言われたような気がした。あの時の言葉がシリエの心に響かなかったのは、自分の苦労も想いも何もルファには分からないだろうと思ったからだ。


 しかし、盗賊の言葉は勇者をあきらめなければならないという境遇が同じだったからこそ心に響いた。彼が悪党だということさえもシリエは忘れてしまっていた。


「お前が人を殺せないのなら、仲間がそれを補う。落ちこぼれの俺たちは、未完成でもいいんだよ」


 シリエは、盗賊の手を取りたくなった。


 出来損ないの自分は、悪人側に堕ちることがちょうどいいのではないかとも考えてしまった。


「このやろう!」


 その叫び声と共に、シリエに剣を向けていた盗賊の頭部に石が当たった。大人の拳ほどもある石を投げつけたのはルファだった。


 剣さえも持っていないルファは、落ちていた石だけを武器にして盗賊に立ち向かっていた。剣士としてまともな訓練を受けていないルファでは、剣を持っていたところでまともに戦うことは出来なかったであろう。そして、相手となる盗賊は複数人。


 自分が殺されるのは、目に見えている状況下だ。


 それでも、ルファは石を投げつけることを選択した。


「てめぇ、何者だ!!」


 頭に石を当てられた盗賊は、ルファに向かって怒鳴った。その怒鳴り声に、一般人でしかないルファは及び腰になる。けれども、逃げる事だけはしなかった。


「その子が泊まっている宿屋の店主だ!もっとも、なんの役にも立たないぞ!!」


 だが、言っていることは頼りないにもほどがある。


 ルファの弱気だが勢いのある言葉は、野盗の男たちの想像を超えていた。若い女性を助けるために現れた男なのだから、さぞかし腕に覚えがある達人だろうと盗賊たちは身構えていたのである。


 しかし、箱を開けてみれば腰が引けている素人だ。


「お前は……何をしにやって来たんだ?」


 命知らずを通り越した馬鹿の登場だ。


 野盗たちはそう考えたし、ルファ本人もそう思っていた。ルファがやるべきことは、町まで逃げて助けを呼んでくることだったのだ。


 その間にシリエの身に危険が迫っても、ことによっては野盗たちを退けて多数の町人を救うことだって出来たかもしれない。ルファが、その選択肢を選ばなかったことに深い理由はなかった。


 シリエのことが心配だったからだ。


 シリエは腕が立つが十代の少女で、相手は荒くれ者の野盗たち。常識的な大人として、これほど心配になる光景はない。だから、足が動いてしまったのである。


「そうだな……。唯一の取り柄は料理だ!うちの店の料理は美味いらしい!!」


 自棄になったルファは、関係ないことを叫び始める。盗賊たちも最初は失笑していたが、ルファのような男であっても生かしておけば町に戻って自分たちの事を報告されると気が付いた。


「まぁ、熊にでも会ったと思ってくれ。つまりは、運が悪かったんだよ」


 野盗の剣のきらめきの恐ろしさに、ルファは目をきつく閉じた。そして、予想した通りにルファの胸に剣による傷が走る。


 傷口から生じる痛みに、ルファは思わずしゃがみ込んだ。剣で切られた傷から生まれてくる痛みなど、人生で初めての経験だ。 


「くそ……」


 傷口は痛み、出血を抑える掌も真っ赤に染まっている。どれぐらいの出血量で人間が死ぬのかはルファには分からないが、感覚的には自分の命はあまり保たないような気がした。頭がくらくらしているし、呼吸だって荒い。


 死に対しての恐怖と傷が生み出す痛みを感じながら、ルファは心のなかで一思いに殺してくれと野盗を罵った。だが、ルファに剣を向けた野盗は戸惑っていた。


「今、避けたのか?いや、誰かが軌道をずらしたのか?だって、俺は一撃でしとめ……」


 野盗の言葉は、最後まで続かなかった。


 彼の首が空中に飛び、倒れた胴体の上に着地したからである。その唐突で奇怪な光景に、誰もが息を飲む。


 なにが起こったのか。


 誰もが、それを理解できていなかった。


 それは、シリエも同じであった。しかし、他の面々とは違って、彼女は影を目撃していた。盗賊の首を刈り取ったのは、その影しか残さない人物。


「嘘だ……。勇者イアが、どうして目覚めた」


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