第10話野盗の出現



「……隠れるぞ」


 厳しい顔をしたルファは、シリエの手を乱暴に掴んだ。驚いている彼女と共に茂みに身を隠して、出来る限り気配を殺す。そうやって隠れている内に、さっきまではわずかであった人の気配が段々と濃くなる。


 落ち葉を踏み鳴らす音や知らない声。連れて歩いているらしい馬の嘶きをルファの耳は捕らえていた。


 町人は森に馬など連れてこない。商人だとしても、話し声からして人数が多すぎる。ならば、考えられる可能性は一つだ。


 やがて森の中を集団で歩いてくる男たちが、遠目で確認できるようになった。がっしりとした体形の者が多く、帯剣している者がほとんどだ。剣を持っていなくとも斧や弓といった武器を各々で持っていた。


 野盗である。


 しかも、数は二十人ほどもいた。人数が多くなるほど食料などの物資の減りが早くなるために、徒党を組んだとしても普通の野盗ならば十人以下の人数に収まる。


 しかし、稀なことではあるが国の兵士や勇者になりそこなった者たちが、身を持ち崩して野盗になってしまうこともあった。彼らは集団での動きの訓練も受けているために、複数人との連携に手慣れている。つまり、大規模な集団を維持できるほどの戦力を持っているのだ。


 普通の野盗ならば旅人や移動途中の商人などを標的とするが、大規模な集団となれば集落を標的にする。この辺りの集落となれば、リーベルトの町ぐらいしかなかった。


「あんまり良い状況じゃないな。日中には襲ってはこないだろうが……森に入っている人間が襲われたりしたら不味い」


 ルファの母が亡くなってから、町の守りは脆弱になっている。こんなときに大人数の野盗になど襲われたら、たまったものではない。大きな被害が出るのは間違いないであろう。


「リーリシアに知らせたら、なんとかなるか……」


 普段は爬虫類だが、リーリシアの本性は邪竜だ。イアが不死の呪を解こうとしてからは随分と弱体化したと本人は言っているが、リーベルトの町にとっては貴重な戦力だった。盗賊を追い払うのに、一肌脱いでくれないと困る。


 なにより、現状ではリーリシアが伯父の状態について一番詳しいのだ。


「シリエ、急いで町に帰るぞ」


 隣に隠れている彼女に耳打ちしたが、シリエは動く気配を見せなかった。それどころか、野盗たちの様子をじっと見つめている。ルファは嫌な予感がした。


 野盗たちは馬の背に乗せてきた荷物を降ろして、束の間の休憩の準備をしている。夜までここで待つのかは分からないが、油断しているのは確かであろう。


「おい……変なことを考えてないだろうな」


 勇者候補であったシリエである。剣の腕は確かなはずだ。普通の野盗ならば殺さずに追い払うことだって可能だろう。


 しかし、相手は兵士や勇者候補生くずれの野盗であろう。剣の腕が立つ上に、人数も圧倒的に多い。シリエの不利は、はっきりしていた。


「私の剣は、弱き人々を守るために磨いたものだ。……行かせて欲しい。ここで逃げたりしたら、私の存在価値は本当になくなってしまうんだ」



 ルファは、シリエを止めようとした。


 だが、シリエはそれよりも早くルファを突き飛ばす。ルファは背中から転がり、茂みから音もなく飛び出したシリエを見た。油断しきっている野盗たちは、シリエの存在にはまだ気がついていない。


 シリエの剣は、一人の盗賊の背中を切り裂いた。踏み込みが甘く深い傷ではなかったが、それでも盗賊は驚きと痛みの悲鳴をあげる。


「お前、どこから出てきやがったんだ!」


 仲間の悲鳴で、盗賊たちはシリエの存在に気が付いた。急いで武器を持とうとするが、その前にシリエは二人の野盗の手の甲を刺す。武器を封じるための手段であった。


 シリエの剣の腕前は、ルファの想像を超えていた。男性と違って女性はどうしても腕力で劣るが、ルファはそれを技術で補っている。彼女の動きには一切の無駄がなく、素早い動きでもって盗賊たちを翻弄していた。


 一対一あるいは一対三ぐらいであれば、シリエは盗賊に勝っていただろう。しかし、今回は敵が多すぎた。数の有利には勝てず、気が付けばシリエの首には野盗の剣が当てられている。彼女の命は、一人の野盗に握られていた。


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