5章「工房への想い」

新庄の想い


「ただいま」

 家の玄関を開けて、長い一日がようやく終わった。ここ最近の工房は比較的穏やかで、匠が不調になっていた頃のようなハラハラ感はなかったから、久しぶりに心臓がドキドキした。

「お帰りなさい、大変な一日だったみたいね」

 妻の莉子の声を聞くと、とても安心する。家に帰って来られた……とほっとするのだ。

「あぁ、すごくひやひやしたけど二人とも大事にはならなかったから良かったよ」

 そう言いながら、僕はソファに腰を下ろした。莉子は、僕の隣に座ってくれた。

「真日那くんから、二人が事故に遭ったって連絡が来た時、正直その後の仕事全部ほっぽってでもすぐに駆け付けたかったんだよ」

 何で、今日に限って外部の仕事なのかって恨んだ。そもそもの話、恋蛍楽器修理工房にちゃんと予約が入っていれば、皆工房で仕事が出来て、外になんて行かずに済むのだ。外に行かなければ事故にだって遭わなくて済んだはずで……。そんなこと今更思たって仕方のないことだけれど。

「皆さ、僕にとって本当の子どもみたいに思ってるから……不安で、不安で仕方なかったんだ」

「そうよね。貴方、昔から三人のこと大事にしてきていたもの……。よく頑張ったね」

「うん……頑張った。だって、僕は大人だからね」

 真日那くんだって取り乱さずにちゃんと、やるべきことをこなしたのに大人の僕が動揺するわけにはいかない。とにかく冷静に言葉を発するのを意識していた。誰かに褒めて欲しかった。僕は、頑張ったんだよと。二人の姿を見た時、泣いてしまいそうだった。

「僕、泣かずに頑張ったよ」

「偉い偉い。貴方は、一人の大人として立派に勤めを果たしてきたのよ。だけど、今はもう一人のヒトとして泣いて良いんだよ。ここには、私しかいないんだから……」

 まるで子どもをあやすように、よしよしと莉子は僕の頭を撫でてくれた。そんな莉子の温もりに、我慢していた涙がぽろりと零れ落ちた。

「ねぇ、明日のお弁当は何が良い?」

「ハンバーグ弁当が良いな」

「ふふ、分かった。とびきりのハンバーグ弁当作るから楽しみにしていてね」

「楽しみだ」

 それから、僕たちは夕ご飯を食べて仕事とは関係のない話しをして、楽しいひと時を過ごした。

 部屋に戻り僕は、久しぶりに匠と二人で撮った写真を見つめた。僕が初めて恋蛍楽器修理工房に来た日に撮った写真だ。二人とも当然だが若い。

「あれから随分と時が経ってしまったんだねぇ……真日那くんは、とても立派に育っているよ。賢くて、人の心に寄り添える素敵な子だ」

 写真を見つめながら、そう呟いた。


 次の日、博くんのトランペットのリペアを終えた真日那くんが、新庄さんと声をかけてきた。

「どうしたの?」

「今日、一緒に夕飯食べませんか?」

 真日那くんからそんなお誘いを受けるのは初めてで、僕はとても嬉しくてもちろん良いよ! とテンション高めに答えてしまった。基本的に真日那くんは、大人しい。だから、最近色々なことに積極的になっている姿を見られるようになって嬉しい、と同時に驚いている。

 定時で上がった僕たちは、二人で駅前のレストランへ向かった。

「……今日、初めてようやく自分がリペアマンになれたんだって思えたんです。リペアってすごいなって。自分の手によって綺麗になっていく楽器を見て興奮しました。……そうしたら、急に父さんのことを知りたくなったんです」

 席に座って、出された水を少し飲んでから真日那くんは静かにそう切り出した。

「真日那くん……」

 この親子のことは、真日那くんが生まれた時から見守っていたからよく知っている。幼い頃はまだ工房に出入りしていたし、匠が仕事をする姿を興味深そうに見ていた。楽器に触れようとしてひどく怒られていて、五十嵐さんに慰められている姿も覚えている。だけど中学生、高校生と歳が上がっていくにつれて二人の仲は悪くなっていった。匠のお葬式の日も、真日那くんだけは冷静で、悲しいという感情を持っていなさそうだった。匠になんて興味がない。そんな感じだった子が、リペアマンとしての仕事を通して匠に興味を持ち始めてくれているのが、すごく嬉しいと感じた。

「今更かもしれないですし、知ってどうするとかないんですけど、ただ純粋に知りたくなりました」

「きっと、匠も喜ぶよ。そうだなぁ、そしたら僕と匠の出会いから話していこうか」

「はい。是非、お願いします」

 頼んでいたメニューが届き、僕たちは食事を楽しみながら話しをした。

匠とは、リペアマンになる為の専門の大学で知り合った。入学初日隣の席だったから、話しかけてみると互いに親がヴァイオリン製作工房をやっていることを知って、意気投合した。匠の方は既にヴァイオリン製作工房は閉じ、楽器修理工房に変わり始めている段階だと聞き、工房に行ったことのなかった僕は、休日に遊びに行かせてもらった。僕が通っていた大学からここまでは、近くなく遠いくらいだったけれど、時間をかけてでも来たいと思える場所だった。リペアマンたちの楽器を直す姿は、とてもかっこよくて美しく、ずっとその姿を見ていたい、そして、僕も早く楽器を直してみたい、と思った。

『ねぇ、これからも遊びに行って良い? 僕、工房の雰囲気とかおじさんのリペアをする手がすごく気に入っちゃったんだ』

 匠は、嬉しそうに良いよと言ってくれたのを覚えている。それから、大学三年間、毎週のように工房に通った。僕たちの大学は、三年制だったから、二年の終わり頃には進路を考え始めなければいけない。工房に通いながら、夜は工房の人たちと食事をして音楽や楽器の話しをした。とても充実した二年間を送った。僕は、密かに抱いていた願望があった。だけど、それを僕から口にするのはずるいのではないか、と思って憚られた。

『尚哉さ、卒業したらうちで働かねー?』

 匠にそう誘われたのは、大学三年になってすぐのことだった。僕は、ずっとこの言葉を待っていたのだ。初めて、恋蛍楽器修理工房を訪れたあの日から、ここで働きたいと思った。リペアマンになりたいと思ってから、大手の楽器メーカーに勤めるつもりは最初からなかった。

『僕も、ずっとそうしたいって思ってたんだ。是非、働かせて欲しい!』

 僕ははっきりとそう答えた。


 


「それから、大学卒業と共にこっちに引っ越してきたんだ。もちろん、試験と面接をちゃんと受けて入ったよ。受けなくてもいいとは言われたけど、なんか嫌でね」

「そう、だったんですね。ヴァイオリン工房が繋げてくれた縁なのに、二人ともヴァイオリンが担当じゃないの面白いですね」

「あはは、確かに。匠はトランペットだし、僕は友人が吹いていたホルンがきっかけで金管楽器に興味持ったんだよね」

「ホルン、良い楽器ですよね」

「うん、すごくい良い楽器」

 最近、真日那くんはリペアマンという仕事にだけでなく、楽器や音楽にも興味を示し始めてくれている。休みの日は、碧くんと一緒にオーケストラを聞きに行ったりもしているようだ。無感情に近かった真日那くんが、少しずつ変わってきてくれているのが僕はとても嬉しく思っていた。

「今は、楽器を工房に持ってくる人は少なくなっちゃったけど、僕たちが若かった頃は毎日、繁盛していたんだよ。予約が殺到して、スタッフが足りてないくらいの時期もあったんだ」

「……現状からだと想像がつかないですね」

「うん。僕もここまで衰退してしまうとは当時は思わなかった。何よりね、経営のことよりも目の前の仕事が楽しくて、先のことは考えてなかったんだよね。匠が、倒れた時からでも、考えておくべきだった」

 匠が初めて倒れたあの日のことは、今でも鮮明に覚えている。珍しく雪が降り続いた寒い冬の日だった……。


 


 何てことない、いつも通りの工房だった。皆が黙々と仕事をしていて、工房内はしんと静まり返っていたからその音は、自棄に大きく響いた。

『匠さんっ‼』

 匠の近くにいた碧くんが、真っ先に駆け寄ってくれた。匠は、頭が痛いと言って蹲ってしまっていた。顔色は真っ青だった。当時、その場には二十人くらいのスタッフがいたというのに、僕を含めて皆が動揺してしまい碧くんだけが、冷静に行動を起こしてくれて、すぐに救急車を呼んだ。

『新庄さん、しっかりしてください! 匠さんの一番の親友で、古株のあなたがそんなでどうするんですか!』

 碧くんの言葉は最もだった。会社で言えば僕は副社長の立場で、社長が倒れた今は僕が先導しなければいけない。頭では分かっているのに、僕の身体は情けなく震えてしまって何も出来なかった。その後、碧くんが指示をしてくれて、僕たちは匠が運ばれた病院へ向かった。

 倒れた原因は、過労だと伝えられた。

『あっはっは~過労だってよーいやあ、困ったねぇ。ずっと、働き続けていたから過労なんて言われてもさどうしろってんだよなー医者は休めっつーけど、そんなの死ぬより怖いって。俺は、楽器をいじってないと死んじゃうの。だから、まあーお前らには苦労かけるかもだけど、俺の好きなようにさせてくれよな』

 病院で目を覚ました匠が最初に言い放った言葉は、そんなどうしようもない言葉だった。僕が、僕たちがどれだけ心配したかなんてこの男は何も分かっていない。

『……匠が、そうしたいっていうなら匠の意思を尊重するよ。だけど、今より少しだけで良いから、もう少し自分を労わってあげて欲しい』

 匠は、こうと決めたらその考えを曲げることはない。頑固な性格だというのを、僕が一番理解している。だから、リペアマンを辞めろとは言わないし、正直辞められても困る。

『具体的には?』

『具体的って、うーん、せめて昼休憩はちゃんと取って欲しい。食事を疎かにするな』

 職人、というのは手を動かし続けているとつい食事や睡眠を忘れてしまいがちになる。それは、僕も経験があるし若い碧くんも博くんも経験があるだろう。だけど、仕方ないこと……で片付けてはダメなのだ。そこだけでも、変われば少しは長生きへの道が開ける気がした。

『分かったよ。じゃあ、誰かしら俺を食事に誘ってくれよ。そうしたら断らないから』

 ヘラヘラと笑って、匠はそう言った。何とも面倒な男だけど、それで匠が食事をしてくれるなら良いだろうと思った。


 それから、しばらく検査入院で匠がいない日々が続いた。工房に戻った僕たちが匠の現状を伝えると、空気は一気に沈みかえってしまった。そんな工房内の空気を変えようと碧くんが、必死に明るく振舞ってくれて僕は心底自分の情けなさを痛感した。大人であるはずの僕よりもずっと、碧くんの方が強い。皆を不安にさせないように、面白おかしく病院での匠の言葉を伝えたら、久方ぶりに工房内に笑いが溢れた。匠が検査入院を終えて帰って来た頃には、皆今まで通り匠に接することが出来ていて、普段の工房に戻っていた。


 


「情けない話しでごめんね」

「……いえ、驚きましたけど。新庄さんにもそんな頃があったんですね」

「うん。僕がしっかりしなきゃいけないのに、なーんにも出来なくてね。碧くんはとても強い子。そんな風に僕は勝手に思っていたけど、そうじゃなかったんだよね……」

「そうじゃなかった?」

「匠が戻って来て、いつも通りの工房に戻りつつあった頃、今度は碧くんが倒れてしまってね……。思えばあの頃、碧くんはリペアマンとして一人立ちしたばかりで、自分のことでも精一杯だったはずなのに大人の僕たちが、しっかりできていないばかりに、周りに気を配って、自分のことはずっと後回しにしてきていたんだと思う。それで、周りがようやく落ち着いた頃、ぷつんと糸が切れたように倒れちゃって……」

 あの時は、さすがの匠もひどく反省していたっけ。二十になったばかりの僕たちから見ればまだ子どもの碧くんに、頼ってばかりいた。普段明るくて、元気な子だから碧くんは大丈夫だって、勝手に思っていたんだ。

「そんなことがあったの知りませんでした……」

「真日那くんには秘密にしてって言われていたからね……。匠さんのことがきっかけって知ったら、二人の仲を更に悪くしてしまうかもしれないからって。真日那くんには心配かけさせたくなかったんだと思うよ」

「……碧のばか」

「本当に困った子だよね。僕はね、その出来事があってから僕も強くならないとって思ったんだ。次はあって欲しくはないけど、もし次匠が倒れるようなことがあれば、工房内に何かが起きた時には、僕が先導切って動くようにしないとって」

 僕は、どちらかと言えば受け身な性格だった。だけど、それではダメだと知ったのだ。

「だからね、匠が本格的に退院できなくなってしまった時、僕は匠に言ったんだ。工房は僕に任せてって。匠は不満そうな顔をしていたけど、もう身体はボロボロだった。潔く頷いてくれたよ」

 匠が退院できなくなってからの前後に人が、どんどん辞めていってしまった。匠がいたから成り立っていたような工房だったから、皆不安になってしまったのだろう。僕たちも無理に、引き止めはしなかった。それぞれ腕が良い職人たちばかりだから、きっとどこでも通用する。もっと安心して仕事が出来る場所へ行ってくれたらそれは、喜ばしいことだ。

「碧くんと特に博くんは、辞めていく人に対して冷たかったけどね。博くんなんて、〝お前らの匠さんやこの工房に対する想いはそんなもんだったのか〟って、真っ先に辞めた人の時に殴り掛かりそうになっちゃったりしてね……」

「博くん、らしいといえばらしいですけど……」

「博くんは、僕と同じくらい匠のことを崇拝していたからね。軽薄な気持ちが許せなかったんだろうね。工房の空気は、またどんどん悪くなっていったよ」

 せっかく、碧くんが持ち直してくれたのに、やっぱりこの工房は匠がいなくなるとすぐに沈んでしまう。工房内の空気もだけど、予約の数も減っていった。

「父さんの影響ってそんなにすごかったんですか?」

「すごかったよー匠の手は〝魔法の手〟だったからね。僕たちもさ、自分の腕を信用していないわけじゃないよ。だけど、匠は特別だったんだ。元に近い状態に直すのに精一杯なのに、匠は元よりも良い音にしてしまう手を持っていたんだから」

 同じように仕事をしているはずなのに、何が違うのかは最後まで分からなかったけどきっと、生まれ持っての才能という奴なのだろう。僕たちがいくら努力して、近づこうとしたって、絶対に辿り着くことのできない領域。

「匠だけに予約が集中していたわけではもちろんないけどね。僕たち他のリペアマンにもちゃんと予約は入っていたよ。匠が死ぬまで残ってくれていた十人のリペアマンたちは、頑張ってくれていた。だけど、匠が死んでしまったら碧くんたち以外の四人は辞めてしまったよ」

 工房に、匠がいるというだけで違っていたのだ。そこが、神聖なもののように見えていた。そこで働く自分たちはすごいのだ、と思えていた。だけど、匠がいなくなってしまえば、恋蛍楽器修理工房はなんてことない田舎にある古びた小さな工房になってしまった。魔法が解けていくような感覚だった。

「真日那くんに、畳むしかないんじゃないかって言われた時、その通りかもなって思いはしたよ。この六人で、匠がいた頃のような工房を取り戻せるって思えなくて。時代の流れもどんどん、楽器修理工房なんて存在すら知らない音楽家の人の方が増えているかもしれない。世の中、たくさんの楽器メーカーで溢れているんだから当然だよね。だけど、それでも僕はこの工房を失いたくなかったんだ」

 それは、碧くん、博くん、五十嵐さん、羽月さん、椿くんも同じだった。だから、皆は今も残って懸命に働いてくれている。

「匠がいた頃の工房を知っているお客さんにとってはさ、物足りない工房になってしまったかもしれないけど、僕たちにとってここは、たくさんの思い出が詰まった大事な場所だからそう簡単に手放せるはずがないんだ。時代にそぐわないって分かっていても、なんとか存続させたいと思ってる」

 たとえ、もし最後の一人になっても工房を守り続けたい。だってもうここは、僕の家みたいなもので、工房の皆は家族だから。

「真日那くんは、どう? 真日那くんにとって工房は嫌な思い出もある所かもしれない。音楽や楽器にだって、嫉妬していたかもしれない。だけど、ここを継ぐことを決めてくれた。僕は本当に嬉しかったんだよ」

 真日那くんが工房を継いでくれたら良いな、と匠が本格的に危なくなり始めた頃密かに思いはしていた。だけど、同時にその願いは絶望的かもとも思っていた。他でもない匠のせいで、真日那くんは、どんどん工房から離れていってしまったのだから。そんな虫の良い話しがあるとは思えなかった。真日那くんが継いでくれないなら、僕か。でも僕だって若くはないし、若い子に継いで欲しかった。碧くんか、博くん……どちらかを選ぶなんてのは難しかったし大喧嘩する未来が見えていた。

「最初は本当に継ぐ気はなかったです。別に、工房がどうなろうと俺には関係ないって思ってました。皆の腕が良いのは知っていたし、仕事がなくなる訳ではないのだから、これを機にもっと良い所に行ったら良いって、そんな風に思っていました。だけど、今は、違います。俺も、恋蛍楽器修理工房のことが、碧を始めとする皆のことが好きです」

 はっきりと真日那くんはそう言ってくれて、僕は嬉しくて溜まらなかった。今すぐこの喜びを全世界の人に伝えたいくらい。大げさかもしれないけど、そのくらい嬉しかったのだ。

「……今日、新庄さんと食事をしたかったのは父さんのことを聞きたかったのと、もう一つ理由があるんです」

「そしたら、デザートを頼んでもう一つの話しを聞くよ。ここのケーキがすごく美味しいから食べて欲しいんだ」

「ありがとうございます」

 店員さんを呼んで、僕たちはそれぞれケーキとコーヒーを頼んだ。


 


「最近、俺なりに他の工房はどうやって経営をしているのかなって気になって調べてみたんです。そしたら、綺麗で分かりやすい公式サイトは当然あって、SNSの運営もしていました。この工房ってそーいうのしてないですよね」

「う……っ」

 僕は思わず呻いてしまった。ぼんやりしているように見えて、案外、真日那くんは目につく所が鋭い。長年のリペアマンたちは、そういう所を気にしないから僕も目を反らしてしまっていたのだ。

「……そうだね。ほら、僕たち今までずっと年寄りばかりだったからさ。デジタル機器良く分からないし……」

「そういう現代の方法を取り扱いたくないって訳ではないんですね?」

「も、もちろん! 得意な人がいたらやってもらいたいなーとは思っていたんだよ。でも、リペアと関係のない仕事頼むのも気が引けて……」

「じゃあ、俺がやってみても良いですか? あ、でも一人だと不安なので碧にも手伝ってもらいたいです。俺、個人のSNSもやってないから作れても運営の仕方はよく分からないので。こういう地道な宣伝の積み重ねが、工房を存続させていくきっかけになると思うんです」

 真日那くんのその言葉に僕の胸は、じーんと熱くなった。

「是非、お願いしたい! ただ、無理だけはしないで。もう、誰かが倒れる姿は見たくないからね」

「はい、大丈夫です。ちゃんと、協力しながらやってみます」

 協力とは、なんて素晴らしい言葉だろう。僕たちの時代には、なかなか上手くいかなかったことだ。

「真日那くん、工房を好きになってくれてありがとう」

「俺の方こそ昔も今も、良くしてくれてありがとうございます。今日も、長々と付き合ってもらってすみませんでした」

「いや、僕も久しぶりに昔の話しが出来て懐かしく思ったし、初心を思い出したよ。これからも、一緒に頑張っていこうね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 真日那くんを送り届けてから、家に戻り写真立てを手に持ち、笑顔の匠を見つめて教えてあげた。

「真日那くん、工房が好きだって言ってくれたよ。君が一番聞きたかった言葉かもしれないよね。僕だけが聞けて羨ましがってる? 君が好きだった、僕たちが大好きな工房は絶対存続させてみせるから、安心して見守っていてね」

 

写真の中の僕たちは、どこまでも楽しそうに笑っていた。


碧の想い


 二月に入り、工房は増々予約が入りにくくなってきている。こんな日々も後少しだ。二月の後半からは三月から始まる卒業式やその他イベントが多くなってくるから、その前にメンテナンスをしておこう、と言う客で予約が既に入っていることが確認出来ている。そうは言っても、本来週一日の休みが二日になってしまい暇で仕方ない。経営が厳しいのは分かるから、無理にシフトを入れてくれとまでは言わないが……。

「暇だなー」

「お前、それ友達と一緒の時に言う言葉か?」

「わりーわりー」

 オレは今、久しぶりに理人と会っていた。真日那はシフトが入っていて、博は用事があるそうで振られてしまったのだ。そんな時にタイミングよく理人から、久しぶりに大学のメンツで飲もうぜ、と声をかけられた。普段は、そう言う集まりにはいかないけれど今は、暇を持て余していたので誘いに乗った。その集まりの前に、理人と二人で会っていたのだが、つい口から本音が零れ落ちてしまった。

「ほっんとに、碧は仕事人間だよなぁ。俺なら休み増えたらラッキーって思うけど?」

「仕事が趣味みたいなもんだからなぁ。週一の休みだって、いらねーのに。あーもう二日も楽器に触ってない! 禁断症状でそう!」

「中毒者かよ……つーか、お前足は大丈夫なのか?」

「あー足ね、まだ完治はしてねーけどもうほぼ、ふつーに歩けるし問題ねーよ」

 完治するのは、二月いっぱいはかかりそうだと言われていた。だけど、もう松葉杖はなくなったし、先生にもたくさん歩いた方が良いと言われているから、こうして休みの日は外に出るようにしていた。だから、誘いがあるのはありがたい。一人で出歩くくらいなら、家で楽器に関する本を読んでいたいと思ってしまうから。

「それならいーけど、無理すんなよ?」

「だーいじょぶだってー。あ、そろそろ他メンツとの合流時間か?」

「だな。駅向かうか」

「おー」

 と返事はしたものの、正直あまり乗り気ではなかった。理人と会うのは楽しいしまた、こうして友達に戻れたのはとても嬉しいのだが、他の大学の人たちとは会いたいという気持ちはさほどなかった。それなら誘いに乗るな、と言う話だけれどついつい乗ってしまったのだから、もう後には引けない。

「やっぱ、オレ帰って良い?」

「何でだよ。ここまで来たら少しくらい参加していけよ」

「だって、大学卒業してからお前と再会するまで一度も他の奴らとも会ってなくて……。年賀状とかも送ってねーし、連絡もしてないから今更会って、何話せば良いのかわかんねーし」

 工房に正式に勤め始めてからは、怒涛の日々だったし仕事が楽しくて、友人関係を一切疎かにしてしまっていた。きっと、理人と再会しなければ二度と会うことはなかったかもしれない。友人たちに会いたいな、と思いもしなかった。

「コミュ力高いお前が、何言ってんだよ。ま、俺も圭音(けいと)とは会ってたけど海里とは俺が学校辞めてから会ってねーから緊張はするけどな。あ、お前の居場所教えてくれたのは圭音だったんだぜ」

「そう、だったのか。そーいえば、あいつにだけは教えてた気するな。真面目な良い奴だから絶対他人に言いふらさないだろうって思って教えたんだけど……」

「俺に言っちゃってるな。ま、結果的には良かっただろ?」

「そーだな」

 オレたちは、そんな会話をしながら駅前のベンチに座って待っていた。

 香原圭音と辰巳海里とオレたち二人の四人で、理人が大学を辞めるまでの一年間だけ仲良しグループだったのだ。当時は、四人でいると楽しかったのを覚えている。皆同じ目的を持っている人たちだから、趣味も当然同じで授業終わりによく楽器屋巡りを一緒にしていた。圭音がジュニアオーケストラに入ってホルンを吹いていたから、コンサートも聞きに行っていた。オレも、理人も海里も陽気で、騒がしいタイプだけど圭音だけは大人しくて、真面目でオレたちのグループにいるのが不思議だったけど、そう言う真面目な奴がいてくれたから、一度離れてしまったオレと理人がもう一度会えるきっかけが出来たのだろう。もし、圭音がいなければオレの居場所は誰も知らなかったわけで、理人と今こうして一緒にいることもなかったかもしれない。

「圭音にはお礼言わないとなー」

「だな」

 理人がそう頷いた時、理人のスマホの通知が鳴った。

「圭音たち着いたぽい」

 キョロキョロと辺りを見渡して、理人は二人の姿を探した。すると、駅の改札口方面からこちらに向かって手を振っている人が見えた。印象がだいぶ変わっているが、たぶん海里だろう。その横には、大学の頃から何も変わっていない圭音がいたから確信が持てた。

「お待たせ―おひさ~!」

「久々―海里、髪染めた?」

 理人のその問いに、海里はおう! と元気よく返事をした。

「今、イベント企画スタッフやっててさーそこに努めてる人たちって、皆派手だから俺も派手になってやろう! って思ってイメチェンした!」

 え? とオレは海里の言葉に、ショックを受けた。海里は、大手音楽メーカーにリペアマンとして就職をしたはずだ。なのに、たった数年で違う業種になってしまっているのが信じられなかった。

「へぇー」

「理人も碧もなんも変わってねーなー。理人はまた音楽始めたんだって?」

「あーうん」

「碧はずっと、リペアマン?」

 唐突に話しを振られて、フリーズしていたが現実に引き戻された。

「そう、だけど」

「積もる話はたくさんあると思うし、ひとまずお店に移動しない?」

 何となく空気が淀んだ感じになったのをきっと、圭音は察してくれたのだろう。そう話題を変えてくれた。

「だな! 今日の店、俺のおすすめの場所なんだぜ~」

「そりゃー楽しみだ!」

 そう話しながら、先に理人と海里が歩き始めた。

「碧? 大丈夫?」

「あ、ごめんごめん。ぼーっとしてた」

 慌ててオレは立ち上がり、圭音と並んで二人の後ろを着いて歩いた。

「ごめんね」

 歩いている途中に圭音が唐突に謝ってきた。

「え? 何が?」

「……理人に、碧の工房の場所教えたりして。今日も、あまり乗り気じゃなかったんじゃない? 碧、卒業してから僕たちと連絡取ってなかったし」

「あ、いや、別に……。確かに、最初は理人が来たことに驚いたし何でだよって思ったけど、最終的にはまた友達に戻れて嬉しいし。その、感謝してる。それは、ほんと」

「それなら良かった。でも、今日はあまり乗り気じゃない?」

「あーいや、こーいう集まりに参加するの久々すぎて……。なんか、海里めっちゃ変わってるし驚いてるだけ」

 卒業してまだ四年。四年で人というのは、こんなにも変わるものなのか……と軽くショックを受けている。

「四年ぶりだし、変わる人は変わるよ」

「……」

 圭音のその言葉は、グサッとオレの心に刺さった。自分がいかにこの四年、狭い空間で生きていたのかを思い知らされた。




「じゃあ、俺たちの久しぶりの再会を祝してカンパーイ!」

 海里の音頭と共に、飲み会はスタートした。まずは互いの近況報告から話しをした。

「んじゃ、圭音からヨロ~」

「え、僕からか……うーんと、僕は地元の楽器屋さんで専属のリペアマンとして働いてるよ。日曜は、大学の頃に通ってたオーケストラでホルン吹いてる。給料も安定してるから、趣味と仕事両立出来てて充実してるよ」

「良いな~俺も早く給料安定してー」

「理人は転職したばっかなんだからまだ無理だろ—」

「まーなー。結局、音楽から離れられなくてライブハウスで働き始めました~」

「オレと再会した後から?」

「そ、だからほんとに最近。けっこう楽しいんだぜ」

「俺もイベント運営の仕事だから、職種的には近いなっ音楽間近で見られて良いよな~役得ってやつ?」

「分かる分かる!」

 全く分からないな……と思いながらオレは、枝豆をパクパクと口に放り込んで気を紛らわした。圭音はリペアマンも続けているからまだ良かったけど、結局オレ以外の奴らはリペア一筋ではなかったのだなぁ、と切ない気持ちになってしまった。

「碧は、工房で働いてんだっけ? 今時工房って、なかなか珍しいよなー。儲かってんのかよ?」

「まあ、それなりには。こじんまりしてて居心地良いぞ」

「もったいねーなー。お前、腕良いんだからもっと大手の楽器メーカーに勤めれば良いのに。なんなら、俺のとこいつでも紹介するし。そーいや、楽器のことしか考えてねー後輩のこと庇って怪我したんだって? そんなひでー奴しかいないような所、やめちゃえって」

 海里は、ペラペラとオレをイラつかせる言葉ばかりを放った。

「おい、海里! 俺、そんな風に言ってない」

 理人が何かを言っている。足の怪我のことは当然だが理人にしか話していなかったから、理人がきっと誤解を生むような言い方をして、海里に伝わっているのだろう。どうして、博のことを知りもしない奴らに、そんな風に言われないといけないのか。

「大体、お前より年下で学校で学んでもない奴が後を継いでる工房なんて、やばいだろ。そんな所すぐ潰れちまうぞ。早い所、次の場所考えといた方が良いって」

 今度は真日那の悪口まで言っている。たぶん、海里は悪気なく言っているのだろう。そういう奴なのだ。自分の想っていることを素直に口に出してしまう奴。すっかり忘れていた。いや、社会に出て少しは変わっているかもしれないとも思っていた。

「……ふざけんな」

 ぼそりとそう呟いた。きっと、隣の圭音にしか聞こえていない。碧……と圭音は心配そうにオレの名前を呼んだ。

「え、何?」

「ふざけんなって言ってんだよっ‼」

 バンッと机を思い切り叩きオレは、そう怒鳴った。

「な、何だよ。急に怒鳴んなよ」

「何で、何も知らないお前に博と真日那、工房のことを悪く言われないといけねーんだよっ! オレは、工房が好きで、工房で働いている仲間たちが好きで、その気持ちだけでずっと同じ所で、リペアマン一筋で生きてんだよ! リペアを簡単に捨て去るようなお前らとは違う」

 ここが店であることなんて忘れ、オレは大声で叫んでいた。大好きな場所と大好きな人たちを馬鹿にされたことが許せない。やっぱり、こんな誘いに乗るんじゃなかった。

「帰る。ここで過ごしてる時間が持ったいねー」

 お金だけを机にバシッと叩きつけて、オレは走って店を出た。

 店を出た所で、足が痛みその場にしゃがみ込んでしまった。まだ、完治していないのを忘れていたし、歩いては良いとは言われたけど激しい運動はまだするなとも言われていたなぁ、なんて今になって思い出した。

「……っ」

 最悪だ。せっかく理人と仲直り出来たのに、さっきのあの言葉は理人にもきっと嫌な思いをさせた。もう、海里とは会いたくはないとは思うけど圭音と理人とはまだ友達でいたいのに……。

「碧?」

 そんな風に思っていた時、後ろから声をかけられて振り返ると心配そうな顔をした理人がいた。

「りひ、と」

「ごめん、俺謝んないとって思って追いかけて来たんだけど……どうかした? 足、痛む?」

「久々に走ったら痛み出して……少し休んだからもう平気。ごめん、飲み会の空気悪くして」

「碧は悪くないよ。俺の方こそごめん、色々勝手に話しちゃってた。でも、俺は碧の友達をあんな風に思ってないってことは信じて欲しい。水無瀬さんのことはよく知らないけど、楠さんは俺たちの仲を取り戻すきっかけを作ってくれたし、実際に話してとても素敵な人だと思ってる。工房も素敵な所だなって感じたよ。水無瀬さんも、碧が庇うくらいなんだから、きっと素敵な人なんだろうなって思ってる」

 理人の言葉には嘘はない、と感じた。

「分かってる。オレもごめん、海里にだけ言ったはずだけど理人にも言ってるような言い方になっちゃって……」

「良いよ。もう、海里のことは友達って思えない?」

「うん、あいつとは無理だ。圭音は変わらないなって思えたけど、それでもやっぱオレはお前らとは違うって思っちゃった。お前の言う通りオレは、仕事人間でそれが苦とは思ってなくて、充実してて不満はねーんだ。もう、こういう集まりには参加しない」

「分かった。俺も誘わない。けど、俺と二人でならまた会ってくれるか?」

 少し不安そうな声で理人はそう聞いてきた。

「おう、二人でなら」

「良かった~んじゃ、駅まで送ってく」

「え、良いよ。お前まで戻りにくくなるだろ?」

「平気平気。足、痛そうだし一人で帰らすの心配」

「……うん、正直痛い。でも、タクシー乗るほどじゃねーけど一人は不安」

「肩貸してやるよ」

「ありがと」

 それから、理人に支えてもらいながら立ち上がり、歩き出した。駅までの道中、理人は工房の話しを聞きたがるからオレは最近あった色々な話しをした。

 博は、オレ以上に仕事人間でトランペットが大好きで、どこまでも楽器と仕事優先のヤツだったけど、この前の事故以来少しずつ変わっていっていて、分かりにくいけど根は良い奴なのだということ。

 真日那は、オレたちみたいな専門学校で学んでないし全然継ぐ気もなかったのに、困っている人たちを放っておけなくて、何だかんだ家族想いで真面目で、気が利く優しい奴。リペアマンとしての素質はあって、飲み込みも早いからあっという間に追い越されそうで心配だということ。

 新庄さんは、いつも優しくて穏やかだけど怒ると本当に怖い。だけど、オレたちを本当の子どもみたいに大切に想ってくれていて、叱る時には叱ってくれる良い人……。

「五十嵐さんも、羽月さんも、あーそうそう絶対嫌われてると思ってた椿くんもみーんな良い人たちばっかりなんだぜ。小さくて、正直経営だってギリギリだけど、皆でなんとか工房を存続させていこうって、色々模索してる。だからさ、オレは絶対に工房を辞めない。ずっと一生それこそ匠さんみたいに死ぬまで工房でリペアマンとして働いていたいんだよな」

 最近、そんな風に強く思う。

「本当に、好きなんだな」

「あぁ、大好きだ」

 そんな話しをしていたら、もう駅に着いていた。

「こっから最寄りまで遠いだろ? 平気か?」

「おう、大丈夫。電車乗ってるだけだし。ありがとな。後、圭音に謝っておいて。海里にはあやまんねーけど」

「はは、分かったよ。じゃあ、またな」

「じゃあな」

 オレたちは、手を振って別れた。

 電車の中で運よく座れてすぐに目を閉じた。何だか、ひどく疲れてしまった。最後に理人と良い感じで別れることが出来たのが、唯一の救いだった。早く、真日那と博に会いたい。工房に行きたいな。早く、明日にならないかな……。

はっと気が付いた時には乗り換えの駅で慌てて電車を降りた。その後は乗り換え無しで、最寄り駅まで一本だ。早めに切り上げたから、まだ二十時前と早く帰って来られた。さっさと家に帰って寝てしまいたい気持ちと、何となく飲みなおしたい気持ちがせめぎ合っていた。

 結局、最寄り駅に着いても結論は出ずにどうしようかなぁと改札口を出てぼんやりと悩んでいると、トランペットケースを背負った博が改札口から出て来たのを見つけてオレは一目散に駆け寄っていた。

「博っ!」

「碧……?」

「偶然だな。今帰りか?」

「そーだけど。お前、今日飲み会だったんじゃねーの?」

 博のその言葉にそう言えば昨日、そんな話しをしたんだったかと思い出して気まずくなってしまった。

「なんか、あったのか?」

「……話し、聞いてくれる?」

「……この前の礼ってことで良いなら付き合ってやるよ」

「全然良いよ、博、お前良い奴だなぁ」

 正直、今すぐにでも泣きつきたかった。博の姿を見つけた瞬間から心が温かくなっていったのだ。さっきまで、あんなにもひんやりしていたと言うのに。明日まで会えないと思っていたから、本当に嬉しかった。

「おすすめのジャズバーがあるからそこで良いか?」

「うん」

 オレたちは、並んでジャズバーへと向かって歩き出した。

 

 道中、別にオレたちの間に会話はなかったけど、その無言の時間が心地良かった。やっぱり博や真日那といる方が落ち着く。

「ここ。エレベーターこっち」

「え、階段で良いって」

「今日、何か痛そーにしてるだろ。無理すんな」

「……ごめん、ありがと」

 年下に気を使わせている自分を情けなく思う。今日のオレはおかしい。

 エレベーターが開くと、すぐ目の前にジャズバーはあった。カランコロンとベルの音が響き、いらっしゃいませーと穏やかなおじさんの声が出迎えてくれた。

「あれ、博くんがお友達連れてくるなんて珍しいね?」

「友達っつーか、工房のまあ一応先輩?」

「おい、友達じゃないのかよ。しかも一応って何だ!」

「うるさいな。マスターいつものお願いします。こいつにも同じので」

「はいよー」

 どうやら博は行きつけの店らしく、慣れたようにカウンター席の端っこに座り、注文をした。オレは、何となく落ち着かなくてキョロキョロと辺りを見渡していた。

「博がこんなおしゃれな店の常連だとはなー」

「家が近いから。時々、ここで吹かせてもらったりしてる」

「へぇ……やっぱ、そーいうとこってあった方が良いのか」

 少し、ショックを受けていた。博は自分よりも仕事人間で、工房が何より好きな奴だと思っていたから、別の居場所があることに……。思えば、博はトランペットを吹くのもリペアマンという仕事と同じくらい好きで、休憩中も吹いているくらいなのだから、こういう場所があったっておかしくはない。

「お待たせしました。当店オリジナルワインです」

「おーめっちゃ綺麗な色―」

「ここのワインはほんとに美味い」

「色々愚痴りたいことはあるけど、ひとまず飲むか~」

「仕方ねーから、今日は気が済むまで付き合ってやる」

「博~~お前って、ほんと良い奴だな」

 面倒そうな顔をしながらも、ワインをひと口飲んでから博は、それで? と聞いてきてくれた。オレもひと口ワインを飲んだ。博の言う通り、口の中で広がるその味は、とても美味しかった。

「今日、久々に大学の友人たちと飲んだんだよ。お前、覚えてるかわかんねーけど少し前に工房にユーフォ持ってきた理人って奴と後二人」

「理人って人のことは何となく真日那から、話しは聞いてたし見てた範囲は覚えてる。仲直りしたんだろ?」

「そーなんだけど……理人は別に問題じゃなくて、他の奴らがなーー」

 それから、ぽつぽつと今日あった出来事を伝えた。途中で今度はシャンパンを注文したり、いつの間にかフードも注文してくれていた。

「なんかさー他の奴らの話し聞いてたらオレって、ほんとに仕事人間なんだなって再認識? しちゃって。お前もそうだと思ってたけど、ちゃんとこーいう行きつけの店があって、トランペットを吹くって趣味があるし。オレは、そーいうのがないから……」

 新庄さんに言われなければ、楽器屋巡りや音楽鑑賞といった趣味でさえ出来ていないかもしれない。リペアマンになる人は、大体の人たちに好きな楽器というものがあるような気がする。博と匠さんはトランペットだし、新庄さんはホルンで、理人はユーフォニアムで圭音はホルン。

「オレはさ、自分で楽器吹きたいとは思わなくて、特定の楽器というよりかは全ての楽器のことを知りたいんだよな。だから、博とかみたいに吹く趣味みたいのがなくて、全然話しについて行けなくて……」

「別に、着いて行こうとしなくて良いんじゃね?」

「え?」

「周りなんて気にしなくて良いと思うけど? 自分の好きなこと決まってんならそれでいーじゃん。別に、碧はそーいう趣味とかを見つけたいって訳ではないんだろ?」

 から揚げを頬張りながら博は、そう聞いてきた。オレは、うんと頷いた。

「周りなんて気にしてるだけ時間の無駄」

「時間の無駄……」

「そうだろ? 自分の道に悩んでるってんなら周りに意見求めたり話し聞くのもいーかもだけど、そーじゃねーんならその、海里? って奴が言ってきた言葉なんてさっさと忘れろ」

 ばっさりとそう吐き捨てる博の声を聞いていたら、悶々と悩んでいる自分があほらしく思えてきた。確かに博の言う通りだ。オレは、別に今の人生に不満何てなくて、充実した日々を送っている。

「後、勘違いしてるかもしんねーから言っとくけど、俺はトランペットを吹くこととリペアマンの仕事どっちが一番大事とかねーから。どっちも同じくらい大事で、手放せないもの。全部生活の一部だから。手洗いうがいみたいなもん」

 そう言って、博はマスターに追加注文を頼んだ。

「博らしいな。あーでも、やっぱ工房のことやお前らのこと馬鹿にされたのは許せねー」

 グビグビとビールを飲んでオレは、深くため息をついた。

「お前、ほんと面倒な奴だな。言わせて―奴には言わせとけばいーんだよ」

「そーだけど……。だって、博だって分かりにくいけどこんなに良い奴だし、真日那だって、毎日一生懸命だし。そーいうの何も知らねーのに」

「……お前ってさ、ほんと真日那のこと好きだよな」

「そりゃーな。幼馴染だし」

「じゃあ、俺が始めの頃、真日那に取ってた態度も、今みたいにムカついてた?」

「ムカついてはいたけど、博は、海里と違って正しいことしか言ってなかったし、今ほどではなかった」

「碧にとってさ、真日那ってどんな存在なんだよ」

 急に真剣な声色になって、博はそう問いかけてきた。

「どうした? 今日の博、よくしゃべるな」

「お前の愚痴に付き合ってやってるからだろ。まあ、それにこんな機会でもなければ二人だけで真日那について話すことなんてなさそうだし。聞いてみたくなった」

「確かに……」

 オレと博は割と長い付き合いになるけれど、真日那が来るまでこんな風に会話をするようなことはなかったし、ましてや二人きりで飲みに行く日が来ようなんて当時は、思いもしなかった。オレは、昔から博が嫌いなわけではなかったけど、博はきっとオレが嫌いだっただろう。さっきの話しを聞くに、当時の博はオレと話すのなんて時間の無駄だと思っていたに違いない。匠さんが死んでしまったのは、悲しいけれど真日那が来てくれて工房はとても良い方向に変わってきているのは確かだった。

「真日那はさ、オレにとって守るべき存在だったんだよ。子どもの頃は、泣き虫で引っ込み思案で、オレの後ろにずっと隠れてるような奴で……」

「俺が出会った頃には何考えてるのか分かんないって感じの奴だったけどな」

「博と真日那の初対面時は、匠さんが初めて倒れた日だったよな。その頃にはもう反抗期入っちゃってたからなぁ。その頃の真日那のことは、オレもあんまり知らないんだ。真日那に心配かけたくなくて、あまり会わないようにしていたからな……」

「あーそーいやあの頃は、お前もおかしかったもんな。自分のことでも精一杯なのに他人まで気にして、倒れたりしてたな」

「ほんっと、あの頃ってオレもだけど工房も全体的にボロボロでやばかったよな~」

 匠さんが倒れて、大黒柱を支えにしていたオレたちは、あっという間に崩れかけていった。だけどオレは、この場所を失いたくなくて、皆を必死に奮い立たせていたっけ。

「匠さんが死んで、ほんとにここダメになるのかなとも思ってたからさ真日那が継ぐって言ってくれた時めちゃくちゃ嬉しかったんだよな。真日那が工房に来てくれるって決まってから、オレは決めたんだよ。絶対に何があっても真日那の支えになろうって。なのに、いつの間にかオレの方が、真日那に支えられてた」

 守ってやらないと、傍にいてやらないとって思っていた真日那がどんどん逞しくなっていっていた。

「オレと理人を仲直りさせたいって動いてくれたり、博と愛菜さんの時もそうだし、博のトランペットを直したいってお願いしていた時も。あんな風に積極的な奴じゃなかったからさ。確実に、工房に入ってから変わってるんだよ。その変化のきっかけにはお前がいるってのは、何か悔しいけどな」

 オレだけでは、きっと真日那に優しく接するだけでここまで変わることはなかったかもしれない。博が、厳しく言いたいことをはっきりと言ってくれていたから、それが刺激となって、真日那の心を突き動かしてくれたのだろう。

「……確かに、変わったと思う。最初は、何の知識もない奴が血縁ってだけで後を継ぐのは許せなかったし、ふざけんなって思ってた。けど、今は真日那が後を継いで俺たちが支えていく、そんな工房の未来で良いんだって思えるようになってる。案外、お前よりもしっかりしてるしな」

「あーうん、それは認める。真日那の良い所はさ、オレたちみたいに一人で何とかしようとせずに、ちゃんと周りに相談する所なんだよな。あのことも、真っ先にオレに話してくれたし」

「あーあれな」

 楽器の声が聞こえるという力のことだ。さすがに、人が少ないとはいえ外でそれを言うのは躊躇って濁した。もし、オレや博にそんな力があったら、きっと誰にも伝えずに秘密にしていただろう。この力で何かすごいことが出来ないか、秘密裏に模索して勝手に行動して、そうして結果的には周りに迷惑をかけていただろうな、なんて思った。オレは一人で突っ走ってしまうところがあるのは認めるし、博は博で一人で静かにどうにかしようとしてしまうタイプだ。

「大人になってく真日那を見るのは少し寂しかったけど、この前オレたちが事故った時泣いてくれただろ? あの姿見たら、あぁやっぱり変わってないなって思って安心したんだよなぁ。真日那はオレなんかよりも強いし、しっかりしてるけど、でも脆いところもあるからこれからも支えてやらねーとなって」

「……俺も」

「え?」

「これからは、俺もいるから。そーやって、また一人で抱えようとして昔みたいに倒れたら真日那が泣くぞ。だから、〝真日那を支える〟んじゃなくて、俺たち皆で〝支え合って〟やっていけば良いだろ」

 少し照れ臭そうに博はそんな嬉しい言葉を言ってくれた。

「そう、だなっ! ありがとな、博っ」

 そう言って笑ったら、博も珍しく笑ってくれた。


 


 週明け、久しぶりにオレたち三人のシフトが被った。

「碧、博くんちょっと相談があるんだけど良いかな?」

 昼休憩の時にそう声をかけられた。

「どうした?」

「あのね、最近俺なりにこの工房をどうやって盛り上げていこうか考えていたんだけど……」

 真日那が語った内容は、工房の名前を知ってもらうのには最適な活動だった。

 SNS、それはこの工房が避けていたものだ。嫌、別に避けていた訳ではないと思う。誰も感心を示さなかっただけ。今の時代、どんな小さな企業だって何かしらのSNSをやっていて、そこで宣伝をしている。なのに、オレたちの工房にいたっては大昔に作っただろう古めかしいホームページが一つあるだけ。ホームページがあるということもさっき真日那に言われて思い出した。そう言えばそんなものもあったな、と。

「うわ……アクセス情報と企業情報しかねーじゃん。しかも、更新されてねーから従業員数嘘ついてるし」

 匠さんがいた頃、確かパソコンに強い人がいてその人が時々更新をしてくれていたように思う。その人は、匠さんが倒れた後くらいに辞めてしまっている。

「ひとまず、ホームページをリニューアルしてそこに、SNSも設置して、俺たち若い世代にリペアマンって仕事を知ってもらいたいし、楽器修理工房っていうものがあるんだよってのも知ってもらいたい」

「なるほどなぁ。確かに、オレたちって仕事ばかりに熱中して、工房の存在を知ってもらおうとしてなかったな。地元の知ってる人たちだけが来てくれれば良いって思ってたけど、今やそうも言ってられないもんな」

「そうなんだよ。それでさ、碧ってこーいうの得意そうだしSNSの運営係引き受けてくれないかな? もちろん、何を発信したら良いのかとか発信に必要なもの揃えたりとか、そう言うのは手伝うんだけど、俺ほんとにSNSに疎くて……。今まで見ることすらしてこなかったから……」

 真日那の提案にオレはどうしたものか……と頭を抱えたくなった。真日那が、オレがSNSに強そうと思うのも無理はない。確かに、SNSはよく見る。色んな知らない人たちの音楽の話しを読むのが楽しくて、音楽が趣味の人をフォローしまくっているし、コンサートやライブの情報も大体SNSから得ている。だけど、全て見ているだけで自ら発信したことが実はないのだ。

「あ、あのさ真日那」

「ん?」

「工房を盛り立てる計画としてすげぇ良いと思うし、オレももちろん協力する。だけど、実はオレもSNSって、自分で何か発信したことはねーから見よう見真似でやることになるけど良い?」

「そうなんだ⁉ 碧めちゃくちゃやってそうなイメージあったから……ごめん。勝手に得意そうとか決めつけて」

 すごく申し訳なさそうな顔で、真日那は謝ってきてオレは慌てて大丈夫、大丈夫と笑った。

「良い機会だし、やってみるよ。この取り組みがきっかけで、工房が良い方向に進んで行ってくれるなら、めっちゃ嬉しいしな! 博も協力すんだぞ?」

 さっきから黙って、オレたちのやり取りを見ている博にそう振った。

「出来ることはやるけど……」

「博くんも、碧もありがとう。あ、新庄さんもこの取り組みには賛成してくれてるから安心してね」

「なら、心置きなく出来るな!」

 慣れないことをするのは、少し不安だけれど工房なんてどちらかと言えば嫌いだったはずの真日那が、こんなにも存続させる為に考えてくれているのだから、オレたちも色々なことに挑戦していかなくては。そんな風に強く思った。







博の想い 


 真日那の企画で、恋蛍楽器修理工房のSNS活動が始まった。その前にホームページのリニューアルをするから、工房の前で全員集合の写真を撮ろうとなった。

「どんな人たちが働いてる場所なのか、分かる方が安心するでしょ?」

「スタッフ紹介ページ作って、プロフィール載せてる所もあるからさ、オレたちもやろうぜ」

 そう言われた時は、正直嫌だったけど、でもまあ一生懸命な真日那と碧に向かって嫌など言えず、事は進んで行ってしまった。SNS活動の方は、リペアの様子を動画に撮ってあげたり、楽器の豆知識を分かりやすく文章にして流してみたりしていた。

「じゃ、動画撮らせてもらうからな~」

「コメントとかなくて良いよな?」

「おう。いつも通りでいーから。カメラのことは気にせずにー」

 碧にそう言われはしたが、人に見られながらしかもそれを撮られながら仕事をする、というのはどうにも緊張してしまった。何とかいつも通りを装い撮影を乗り切って、ふぅと息を吐いた。

「慣れないことさせてごめんね」

 真日那が申し訳なさそうな顔で、そう謝ってきた。

「……まあ、慣れないことしてるのは皆同じだからな。一か月に一回くらいなら我慢する」

「ありがとう。成果出ると良いけどなぁー」

「そんなすぐに出るもんでもないだろ」

「そうだけど……」

 すぐに出るものではない、と思っていたのだがホームページをリニューアルして、SNS運営を始めた次の週から驚くほどに予約が入ってきていた。五十嵐さんの机の周りに皆で集まり、予約確認数を見て碧が声をあげた。

「うおーすげぇー! ここ最近で一番の予約数じゃね⁉」

「本当だ。私が勤め始めてからこんな数見たことないかも」

 羽月さんも信じられない、という表情で見ている。

「でも、女性ばかりが予約してるのおかしくないですか?」

 椿さんがそう言うから、俺はじっと予約一覧を眺めてみた。確かに、女性ばかりだし年齢を見るに二十代前後の若い人たちばかりだった。

「そんなにおかしなことかな? SNSの効果で今まで、工房の存在を知らなかった人たちが知ってくれてるって思ったらそれだけで俺は嬉しいけどな」

 真日那はそんな風に言っているけど、俺の心の中はずっとモヤモヤしていた。その真相は、週明けすぐに分かったのだけれど……。


今日は、俺が開け当番でいつもより早めに出勤をしていた。この通りは、ほとんど地元の人しかいなくて、人通りも少ないのに何故か今日は、やたらと若い女子がうろうろしていた。あまり気にせずに俺はいつも通り工房へ向かった。しばらくは、穏やかな時間が続いていたのだが、バタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。

「博っ! 外の女の子たち何⁉ まるでアイドルの楽屋の出待ちみたいに工房の周辺うろうろしてるんだけど」

「知らねーよ。何かの撮影でもあんじゃね?」

「こんな田舎であるわけねーし、あれば事前にこっちにも知らせ入ってくんだろー。あ、もしかして予約の人たち……?」

「はー? 楽器持ってなかっただろ。関係ねーって」

「そーだよな~」

 ダラダラとそんな会話をしていたら、おはよーと真日那が出勤してきて、他の人たちも続いて出勤し、今日の業務が開始した。工房は、十時スタートで予約は十時半から。今日は、朝からずっと予約が続いている。最近、こんなことはなかったから皆どこかそわそわしているのが空気で伝わってきていた。

「皆さん、今日は忙しくなると思いますが工房の存続の為に気合入れて頑張って行きましょう!」

 真日那がそう音頭を取った後、すぐにガラガラとドアが開いた。

「いらっしゃい「わー! 本人だ! やっぱかっこいい~」

 真日那の挨拶に被って、来店してきた女は甲高い声でそんな言葉を言い放った。それと同時に、あぁやっぱりこんなことか……と俺はため息をついた。

「あ、あの? ご予約のお客様でしょうか?」

「そーです~! あたし、楠さんとお話してくて!」

「えっと……?」

「おい、真日那。相手にするだけ無駄だ」

 俺は我慢出来なくなり、二人の間に割って入った。その間にもぞろぞろと楽器を持っていない女たちが入ってきている。

「おい、碧。お前、そこに固まってる奴ら追い出せ。こいつら、楽器を修理する為に予約してきたわけじゃないってことくらい、もう分かるだろ!」

「……っ」

 悔しそうな顔をしながら、碧は頷いた。新庄さんも、五十嵐さんも、羽月さんも、状況をすぐに理解して、せっせと外に追い出してくれている。椿さんもおろおろしながらも頑張ってくれていた。真日那はまだ茫然としている。

「せっかくこんな所まで来てあげたのにっ!」

「知らねーよ。ここは、ホストクラブじゃねーから。楽器がないならお帰りください。仕事の邪魔なんで」

「ひどい……っ!」

 女は、わざとらしく顔を覆って工房を飛び出していった。




 工房の空気は、最悪だった。

「あ、あの。僕、一旦ホームページ非公開にしておきますね」

「頼みます」

 たぶん、椿さんも予約の数を見たあの時からこうなることは何となく分かっていたのかもしれない。いくらか冷静だった。ダメなのは、真日那と碧だ。完全に落ち込んでしまっている。

「博くんは、予約の人たちがあーいう人たちだって分かってたの?」

「はっきり分かってた訳ではない。けど、若い女ばかりってのは引っかかってた。だけど、本当にSNSをきっかけに、興味を持って工房に行ってみようと思ってくれている人たちかも……って、少しだけ期待はしてた。文字情報だけじゃ分かんねーから、予約を受け付けないなんてことは出来ねーし」

 そんなこと言ってないで、少しでもおかしいと思った時に行動に移すべきだったと今では思うし、昔の俺ならそうしていた。だけど、予約の数を見て喜んでいる真日那と碧を見ていたらそんなこと出来なかったし、言えなかった。

「お前らも、喜んでたし……」

「ごめんっ! 本当なら俺がちゃんと気づかなきゃいけないことなのに」

「いや、オレが悪い。オレが顔写真付きのスタッフ紹介ページ作ろうとか動画やろうとか言わなければ……」

「あーもう、お前らめんどくさい。こうなっちまったら仕方ねーし、新しいことする時には失敗は付きもんだろ。また、考え直せば良い。終わったもんいつまでもクヨクヨすんな」

 俺はそう吐き捨てて、仕事に戻った。

「博くんの言う通りだよ。今回は残念だったけど、あーいう人たちばかりでもきっとないと思うよ。さっきの騒動の間にね、本当にSNSをきっかけにここを知って来てくれていた人がいたんだ。待機してもらってるから、対応お願い出来るかな?」

 新庄さんのその言葉に、真日那は迷いながらも、はい! と返事をした。それから、その客の対応は無事に終わり、昼休憩になったが相変わらず二人ともぼんやりとしていてダメそうだった。

「良い加減切り替えろよ……」

 今までまともな人付き合いをしてこなかった俺に、気を遣わせるような役回りをさせないで欲しい。落ち込んでいる人間を励ます方法なんて知らないし、どう接したら良いのか分からない。

「俺戻るから。お前らもさっさと食って仕事しろよ」

 はぁ、と深くため息をついて休憩室を出た。

「二人とも落ち込んでる?」

「新庄さん、俺には対応しきれないですよ。新庄さんからも何とか言ってやってください……」

「うーん。こういう時は、同世代からの言葉が一番利くからねぇ。大人が口出しはしない方が良いんだよ。厄介払いはいくらでもするけどね」

「さっきも、まだ懲りない女が来てたんだよー。まあ、水無瀬くんたち三人ともかっこいいから、見に来たくなる気持ちも分からないでもないけど」

 羽月さんは、全くイケメンは厄介だねぇなんて言いながら仕事に戻っていった。

「よく、わかんねーですけど神聖な場所を穢された気がして腹が立ちます」

「うん、僕も気持ちは同じだよ。これからは、そういう人が寄り付かないように予約のチェック項目を増やしていこうってさっき、五十嵐さんと話してたんだ」

「具体的には?」

「今までは、工房に来る人なんて楽器を修理する人に決まってるって思ってたけどそうじゃないってことも、今回知ったから、所持してる楽器の記載の項目は作ることにしたよ。これがあるだけでも、たぶん違うでしょ?」

「……そうっすね」

 楽器修理工房は、壊れたり調子の悪い楽器を直す場所。そこに、楽器を持たずに訪れる人間がいるなんて今日まで思いもしなかった。

「真日那くんも、碧くんも落ち込みやすい性格しててちょっと大変かもだけど、博くんなりに励ましてあげて欲しいな。博くんが励ましてくれたら、二人はきっと喜ぶと思うよ」

「俺なりに……」

 まともな人付き合いをしてこなかったから、俺は言葉で伝えることが得意ではない。碧にも分かりにくいと言われたし。自分でもそう思う。

「そうか……」

 言葉で上手く伝えられないなら、音で伝えれば良いんだとふと思いついた。俺なりの方法で良いと新庄さんも言ってくれている。二人は、そんな気分ではないかもしれないけど構うものか。俺は、就業時間間際におい! と二人に声をかけた。

「今日、この後付き合え」

「え?」

「オレ、今日はもう帰って次の作戦練りてーんだけど」

「そんなのは明日からで良い。今日は俺に付き合ってもらうからな」

 今まで誘われることはあっても、自らこんなにも熱く誘いの言葉を投げかけたのは初めてかもしれない。そんな必死な俺の形相に圧倒してくれたのか、最終的には二人とも頷いてくれた。



 定時で、仕事を終わらせて俺たちは工房を出た。道中ずっと、どんよりとした空気が漂っていた。この前、碧と二人で飲んだ日も無言の時間はあったけれど、あの時は嫌な空気感ではなかった。だけど、今日はあまりに暗すぎる。いつも無愛想な自分がそんなことを思うのもおかしな話しかもしれないけれど……。

「新庄さんも呼べば良かった……」

 やはり、同年代との付き合いが苦手な俺に落ち込んでいる人を励ますなんて行為はハードルが高すぎる気がする。最初は、新庄さんも誘ってはみたのだけど〝若者だけで話しておいで〟とやんわりと断られてしまったのだ。

「……博くん、どこに向かってるの?」

 バス停に着いた頃、ようやく真日那がそう言葉を発した。

「俺のお気に入りの場所」

「博くんのお気に入り?」

「あぁ。真日那もきっと気に入ってくれるはずだ」

「楽しみ」

 そう言って真日那は笑ってくれた。今日一日、ほとんど真日那の笑顔を見ていなかったから、少しほっとした。あまり表情が変わらない奴だけど、ここまで悲しそうな表情が続くのは初めてだったから、俺の言葉で少しだけでも変化が見えたのが嬉しいと思った。少し前まで、こんな気持ち俺にはなかったのに。

 ちらりと碧の方を見たけれど、碧はぼんやりと俯いていた。いつも煩いくらいの奴だから心配になる。

「碧、バス来たぞ」

 また怪我でもされても困るから、バスに乗る前にそう声をかけてやった。

「あ、あぁ……」

 危なっかしいから、まだしっかりした足取りの真日那を先に行かせて碧を真ん中にしてバスに乗り込んだ。夕方のバスはとても混んでいたけれど、三人だけのどんよりした空気がきつかったから、この人混みが今はちょうど良いと感じた。



「あれ、ここって……」

 ようやく碧が言葉を発した。

「こないだ来た所」

 この前、碧と一緒に来たジャズバー。あの時も碧はどこか本調子ではなさそうだったけど、バーを出る頃にはいつもの調子に戻っていたし、気に入ってくれたようだったから……。真日那も気に入ってくれるかも、と思って連れて来た。

「碧と博くん、二人で飲んだりしたんだ?」

「あぁ、この前たまたま駅でばったりあってさ。そのうち真日那も連れて来たいなと思ってたから。良い気分転換にはなると思う」

 真日那は、今大学はもうほぼ終わっているから家と工房の往復しかしていないのだろう。それでは、息が詰まってしまう気がした。俺はもう何年もそんな生活をしているし、何かあればこのジャズバーで息抜きをしているから、問題ないけれど真日那はまだ始めたばかりだ。他人のことなんて、気にしなければ良いのにどうにも真日那と碧相手には、気にしないようにすればいい、ということが出来なくなってしまっていた。ここは、俺のオアシスのような場所だったから、家族だって新庄さんだって、知らない俺のお気に入りの場所なのだ。

「いらっしゃいませー」

 カランコロン、とベルの音が鳴りマスターがにこやかに挨拶をしてきた。

「博くんいらっしゃい。それに、碧くんもまた会えて嬉しいよ。そちらの方が真日那くん?」

「そう。俺が勤めてる工房の後継ぎ。まだ大学四年生」

「へぇ、若いのに頑張ってるんだねぇ」

 真日那はその言葉に、何とも言えない顔で会釈していた。

「マスター、事前に伝えてた通り今日は演奏させてもらって良い?」

「あぁ、もちろん良いよ。久しぶりに博くんの音聞けるの楽しみにしていたんだ」

「え、博くん演奏してくれるの?」

「……俺に出来るのは、こんくらいだから」

 今までまともに友達という存在がいなかったから、落ち込んでいる〝友達〟を励ます方法なんて分からなかった。気の利いた言葉なんて言えないし。

「碧なら、もし俺が落ち込んだりしたら良い感じの言葉を言ってくれるんだと思う。真日那も、気が利く奴だ。だけど、俺はお前らみたいに優しい出来た人間じゃない。今までは、どうでも良いって思っていたしな」

「博、くん……」

「いつも元気なお前らが、ダメになっちまってると居心地悪いんだよ。だから、早く元に戻ってもらいたいと思った。俺なりに出来ることをしようって。俺に出来るのなんて、音楽しかないんだよ」

 今も一生懸命言葉を紡いでいる。言葉というのは、難しい。俺が何気なく発した言葉で、相手がどんな気持ちになるのか、なんて言ってみなければ分からない。励ますつもりの言葉を言っても、相手はもしかしたら傷つくかもしれない。これ以上、状況が悪くなったら困るから、俺は言葉よりも〝音楽〟を選んだ。音楽なら、きっと伝わるから。

「そーいうことだから、お前らは美味い酒飲んで美味いつまみ食べながら、そこで聞いてろ」

 俺は、そう言って楽器の準備を始めた。

「博くんの演奏楽しみだね、碧」

「……そう、だな」

「このお店のおすすめはどれ? 碧はこの前来たばかりなんだよね?」

「このオリジナルワイン。美味しかった」

「へぇ、じゃあ俺それにしようかな。碧もそうする?」

「おう……」

 楽器の準備をしながら、二人の会話に耳を傾けていた。碧は本当に一度落ち込むとなかなか元に戻らないタイプのようだ。それは、過去にも感じていた。匠さんが倒れた後、工房の空気がダメになっていって、その時は碧が空気を変えようと一生懸命になっていた。自分だって、まだ新人で仕事をこなすのに精一杯だったのに。無理して、明るく振舞って体調崩して、倒れてその後もしばらく引きずっていたっけ。あの時は、そんな碧の行動にイライラした。周りなんて気にせずに自分のことだけ頑張っていれば良いのに、と。だけど、今俺はあの時の碧と同じような行動をしているのだから、人生というのは面白い。真日那はきっと、碧のそう言う性格を理解しているのだろう。手慣れた様子で、碧に話しかけ続けている。普段は、そこまで話すような奴ではないのに。だからか少し会話はぎこちないけれど、少しずつ碧の表情が柔らかくなってきている気がする。さすが、幼馴染だ。俺は、真日那と同じことは出来ない。でも、同じにならなくても良いのだと新庄さんが教えてくれた。俺にしか出来ないことだってある。

「お待たせしましたー当店オリジナルワインです」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます……」

「博くんは、飲まなくて良いの?」

「先に吹く。さっさとそこのポンコツに元に戻ってもらわないと、気持ち悪いからな」

「博くんは、いつでも辛辣だねぇ」

 真日那はそう言って、苦笑した。いつもなら、ポンコツじゃねぇ! とか言って騒ぐのに、やっぱり碧は微妙な表情をしたまま。

「碧に合わせて、優しくなる必要なんて別にないからな」

「本当に優しくない人なら、ここまでのことしてくれないよ」

「……別に、お前らの為じゃない。俺が、この空気に耐えられないだけだから勘違いするな。この曲聞けば絶対元気になるって保証してやる」

 俺は、そう言ってステージへ向かった。人前で吹くのは、姉の結婚式以来だ。俺は、トランペットを吹くのは好きだけど、別に人に聞かせたいと思って吹いてはいない。中学生の頃は吹奏楽部に入っていたけど、人付き合いが苦手な俺には合わない場所だったのだと思う。高校生になって、姉との大喧嘩を得て吹奏楽部を辞めた。以降は、一人で吹いていた。トランペットを吹くのが嫌いになったわけではないから。ただただ、吹くのが好きなだけ。吹ければ、どこでだって吹く。そこに観客はいなくて良いのだ。このジャズバーで吹くのも、音響が良いからという理由だけだから、定期的に吹いている訳ではない。吹きたくなったら、許可をとる。俺のトランペットの音色が好きだと言ってくれる人は、このジャズバーの客にも数人いるし、バンドに入らないかと誘われたこともある。だけど、頼まれても俺の気分が乗らなければ吹かないし、バンドには入りたいと思わない。自由に、気ままに吹くのが好きだから。だから、今日は少し緊張しているかもしれない。姉の結婚式の時はさほど緊張しなかった。別に、結婚式に参列していた人たちは、俺の音楽を目的に来ている人たちではなかったから。あくまで俺の音楽はBGMだったからだ。だけど、今日は違う。初めて、誰かの為に、〝友達〟の為に吹こうとしている。頼まれてもいないし、俺の音楽を聞いて元気になるかなんて、終わらないと分からないし、無意味な時間になるかもしれないのに。無駄は、俺が一番嫌いな言葉なのに。それでも、俺なりに何かをしたかった。その何かは、音楽しかなかったから。だから俺はこれから初めて、自分の為ではなく人の為に音楽を奏でる。心臓がどくん、どくん、と鳴り響いている。

 今、真日那が俺に俺のトランペットのリペアをさせて欲しい、と頼んできた日のことを急に思い出した。あの時の真日那の瞳は、吸い込まれそうなくらい真っすぐだった真日那は、『博くんの大事なトランペットをリペアさせて欲しい。何かが変わる気がするんだ』と言っていた。あの日、真日那は初めて自分から壊れた楽器を直したい、という想いが芽生えたのだろう。今までは、仕事だから流されるまま行動をしていたけど、仕事だけでなく、〝誰かの為に〟その想いを初めて感じたのだろう。俺も今、あの時の真日那と似た感情を持っている。初めての感情が芽生えた時、というのはすごく緊張するけれど、同時にワクワクするな。この行動を得た後の自分が、いったいどう変わっていくのか。

「この音楽を聞けば、きっと楽しい気持ちなれると思う。俺が好きな曲。きっと、碧も真日那もどこかで聞いたことがあるはずだ……〝宝島〟」

 そう曲紹介をして、俺はトランペットを構えて、音を鳴らした。

〝宝島〟はきっと、音楽に疎い人でもどこかで耳にしたことがあるであろう吹奏楽の定番の曲だ。始めから最後までずっと、ポップで楽しくて、軽快な曲。この曲は、俺が初めて姉のトロンボーンを聞いた時に吹いていた曲で、とても思い入れがある。この曲を聞いて、音楽に興味を持ったし、楽器を吹いてみたいと思った。金管楽器がとても目立って、かっこいい曲だ。

「この曲知ってる!」

 真日那がそう言っているのが聞こえてきた。

「……良い曲、だよな」

「うん、明るくて楽しい気持ちになれるね」

 二人の表情が柔らかくなっていっている。どんよりとしていた空気が、少しずつ明るくなっていて、光が見え始めた。あぁ、音楽というのはやはり素晴らしい。音を楽しむ、と書いて音楽。音楽を聞けば、暗く沈んでいた人たちの心も、楽しくさせてしまう。中盤に差し掛かった頃に、俺はマスターに合図をした。手拍子をして、と。たぶん、真日那は手拍子をしたい気持ちになっている。だけど、まだまだ音楽に触れて時間が短いから、人の音楽に割って入って良いのか悩んでいると思う。

「真日那くん、碧くん、もっと音楽を楽しもうか」

 マスターは二人にそう声をかけて手拍子を始めた。真日那は、はい! と頷き、ぎこちない感じで手拍子を始めた。碧もしてくれている。俺の音で、大切な友達を楽しませることが出来ている。その事実が、とても嬉しくてトランペットを吹いていて良かったなぁ、と心の底から思えた。

「ブラボー!」

 曲が終わると、マスターが大げさにそう言って拍手をしてくれた。真日那も全力で拍手してくれているし、碧も大きな拍手をしてくれていた。

「博くん、すごいね! とてもかっこよかった!」

「ありがと。おい、碧。俺の音楽どうだったよ?」

 演奏が始まる前と後ではすっかり表情が変わっているから、聞くまでもないだろうと思ったけれど聞きたかった。

「……良かった。何か、全部吹き飛んだ」

 そう言って、久しぶりに碧の笑った顔を見た。俺の音楽で、気持ちを変えさせることが出来たと実感した瞬間だった。なんて、幸せな瞬間だろう。こんな気持ちを俺は今まで知らなかったのか……。

「そりゃあ良かったよ」

 俺も笑ってそう言った。碧も真日那も、俺とは違う世界に生きている人だと思っていた。到底理解し合えないとも思っていた。だけど、今は違う。二人も、俺と同じように音楽を、楽器を好きなリペアマンで大切な俺の〝友達〟だ。

「ねぇ、博くん。もっと聞かせて欲しいな」

「仕方ねぇなぁ、じゃあもう一曲有名なのを……」

 仕方ない、と言いつつもっと聞きたいと言ってもらえるのはとても嬉しかった。次は吹奏楽の定番曲ではないけれど、有線とかにも使われているし聞いたことがあるはず。

「パッヘルベルのカノン」

 この曲も俺の好きな曲の一つだ。オーケストラや、弦楽器のイメージが強いと思うけれどトランペットのソロもなかなか良いんだぞ。低音から高音の差が激しくて、相当練習しないと上手く吹けない曲だけど、俺はこの曲を吹奏楽部を辞めて一人で吹き始めた頃に、ひたすら練習した曲でもあるから、もう楽しくすらすらと吹くことが出来る。

「へぇ、トランペットソロのカノンも良いな」

 碧がそう呟いた。

「この曲、最初から最後まで聞くの初めてだ。盛り上がる部分は聞いたことあるけど、他も素敵だね」

「真日那もだいぶ音楽の良さ理解してきたな」

「うん」

 二人はもう、完全にいつもの二人に戻っていた。


「博の音は、一音一音が力強くてでも包み込むような優しさもあって、ずっと聞いていたくなる音だな」

 カノンを吹き終えて、三人でカウンターに並びワインを飲んでいる時に碧がそう言ってくれた。

「優しい、か?」

 前半の感想はそうだろうな、と自分でも思える。吹奏楽部時代に、ファーストトランペットでソロも多く、とにかく綺麗にはっきりと奏でることを意識していた。周りの音に負けないように、という気持ちもあった。だから、ソロで吹くようになってもそう言う時の気持ちが残っているのだろう。

「優しいよ。明るくて、元気な曲なのにすげぇ泣きそうになっちゃったくらい。博のバラードとか聞いたら泣いちゃうかも」

「分かるかも。俺は、音楽を語れるほど知識も経験もまだ浅いけど、博くんの音はなんていうか春の日の心地良い風、みたいな雰囲気がしたなぁ」

「あぁ、なるほど。季節に例えると確かに、博の音は春だな。花ぽいかも」

「へぇ、そんな風に言われたのは初めてだな……あ、じゃあもう一曲だけ聞かせたいのあるんだけど、良い?」

「もちろんだよ」

「じゃあ、次の曲で完全にお前らのこと泣かせてやる」

 そんな、普段では言わないような言葉を言ってしまうくらいには気持ちが高ぶっていた。絶対に俺の音で泣かせてやりたい、そんな気持ちを抱いたのは初めてだ。さっきまでは、落ち込んでいるこいつらを元気にさせたいから、と明るくて元気な曲を選んだけれど、今度はバラードを聞かせたくなった。俺自身、ポップな曲よりも落ち着いた曲を吹く方が慣れてはいるし、得意だ。

「あえて、タイトル言わないけどたぶん聞いたことあるはず」

 俺もだけど、二人ともあまり歌謡曲を聞きそうにはないから怪しいけれど、それでも有名な曲だからきっと知っているはず。俺も、そこまで歌謡曲を知っているわけではないし好んで聞いたりもしてこなかったけれど、この曲だけは好きでよく聞いているし、吹いている。俺の奏でる音が、春の陽気みたいだと言われたらより一層好きになったし、吹きたくなったのだ。最初のメロディで二人は、あぁ! という顔をしていた。マスターは涙ぐんでいる。

 春らしく、穏やかで心地の良い曲。

「そのままのタイトルだけど滝廉太郎の〝花〟。聞いたことあっただろ?」

 吹き終えてから、そう問いかけた頃にはマスターはもちろん、碧も真日那も泣いていた。碧なんてそこまで泣くか⁉ と驚くくらいボロボロ涙を零している。

「おい、泣きすぎだろ」

「……っお前の音楽が、あまりに良すぎるからっ! 弱った心に響きすぎるんだよ。ずるすぎる……っ」 

「本当に、博くんの音楽は素敵だねぇ。心がすごく浄化された感じがするよ」

「お前らの心は、今まで濁ってたのかよ……」

「めちゃくちゃに濁ってたよ……っ」

 碧は、涙声になりながら、今日抱き続けていた想いを伝えてくれた。

楽器修理工房は神聖な場所なのに、適当な想いで予約して楽器すら持って来ないで来店して来た女たちにひどく腹が立っていた。本当は、その場で殴り飛ばしたくて仕方なかったけどそんなこと出来るはずもなくて、ただひたすら悔しい想いで一杯になっていったこと。

「オレが、他の工房や楽器メーカーもやってるからスタッフの顔写真とかホームページに載せよう、なんて言わなければこんなことにはならなかったかもしれないけど、でもまさか楽器持ってない奴が来るなんて思わねーじゃん⁉」

 ワインをグビグビ飲みながら碧は、そう吐き捨てた。

「あぁ、俺も同じように思った」

「皆を傷つけて、工房を汚した奴らにずっとイライラしてたし、自分の浅はかな行動や絶対上手く行くっていう勝手な自信にもイラついてた。でも、博の音楽聞いたらなんかすっきりしたよ」

 いつまでもクヨクヨしたり、イライラしていても仕方がない。今回ダメだったのなら、次また頑張れば良いのだ、と切り変えていかなくてはという気持ちになれたと言って、笑ってくれた。

「博の音楽に背中を押されたよ。ありがとな」

「別に……」

「俺も、音楽の力ってすごいなぁって改めて感じたし、今日一日でより音楽を好きになれた」

「それなら良かった」

 自信なんてなかった。俺の音楽に対する想いで人を傷つけたことはあっても、癒せたことなどなかったのだから当然だ。俺の独りよがりになったって、おかしくはなかった。だけど、今日少し自信が持てた。俺の音楽で、人の気持ちを変えられる可能性もあるのだ、と知れたから。

「……俺も、何か楽器やってみようかなぁ」

「「え⁉」」

 俺と碧は真日那の言葉に同時に驚いてしまった。まさか、真日那の口からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかったから。

「本気か?」

 俺は、少し嬉しくてつい迫った言い方をしてしまった。

「あ、いや、分かんないけど……博くんの音楽聞いてたら、良いなぁって思ったんだ。人の心を、音楽で変えられるってすごいなぁって」

 あぁ、今の真日那の言葉を匠さんに聞かせてあげたかった。匠さんはよく、俺に教えてくれている時に真日那の話しをしていた。息子は全然音楽に興味を持ってくれないどころか、嫌っているみたいで悲しい、と。小さい時から聞かせてきたのに、上手く行かないなぁ、と。息子と音楽を奏でられたら最高に楽しいんだろうなぁ、と。そんな話しを時々していた。

「それなら……っ!」

 当然トランペットをやるべきだ、そう言いかけた寸前で言葉を留めた。匠さんが、真日那と上手く行かなくなった原因を思い出したのだ。リペアマンになってくれ、トランペットを、何か楽器をやってくれ、そういう強要をした為に真日那は、匠さんのことを嫌いになり工房のことも音楽も興味を持たなくなってしまった。同じようになってはいけない。

「良いんじゃないか? 少しずつ、真日那が本当にやりたいことを見つけていけば」

 だから、それだけ伝えた。

「うん、ありがとう」

 真日那は笑って、そう言った。その後は、三人で改めてこれからの対策を美味しいお酒とつまみを食べながら語り合った。

「新庄さんが言ってたけど、これから予約フォームは、楽器の種類も記載する項目を作ることにしたってさ。楽器修理工房なんだから、楽器は持ってきて当たり前って思ってたけど、非常識の奴らもいることを知った。だから、何でこんなことまでって思うようなのもやっていかないといけないと思う」

 本当に腹が立つけど、仕方のないこと。それで少しは変わるはずだ。

「まあ、今回の件でもっと嫌なことも今後起きるかもしれねーけど、毎回こんな風に落ち込んでたら切りねぇぞ」

「もっと、嫌なことって……?」

 真日那が不安そうにそう問いかけてきた。

「例えばだけど、今日追い払った客たちが、〝あそこの工房は対応が最悪だった〟とかってSNSに書いて広まったりするかもしれない」

「はー? 悪いのはあいつらなのに……」

「そうだけど、SNSっていうのはそーいう場所だから」

 俺も詳しくは知らないけど、羽月さんが言っていた。SNSで広がった悪い噂はあっという間に飛び火していくのだ、と。

「それなら、やっぱりSNSで宣伝していったりするのは辞めた方が良いかな」

「いや、対策としては良いと思うんだよな。最近はどこもやっているのは事実だし、現に今日も本当に、そこで初めて知って来てくれた人もいただろ?」

 今や、俺たちや俺たちよりも若い世代の情報取得場所は、SNSだ。どんな小さな個人店や大きな企業まで客と近い所にいる。探して見つける人もいるけれど、何となくスマホを眺めていて恋蛍楽器修理工房の名前を目にして知る人もいるのだろう。それは、ありがたいことだ。

「完全予約制にして、工房も今は簡単に入れるようになっちゃってるけど坂の下に門つけて、警備強くすれば多少変わるだろうって言ってた」

「なるほど。でも、お金かかりそうだねぇ」

「そこは、宣伝が上手く行って客が増えていけば次第に潤って行くだろ。それまでは、まあ個人個人で面倒事に巻き込まれないようにしていけば良い」

「うん、そうだね。あ、後さもし良かったらなんだけど三人のグループメッセージ作らない?」

 真日那は、少し恥ずかしそうにそう言った。

「グループメッセージ……」

 今までの俺には縁のなかった言葉だ。メッセージなんて、家族と職場の人以外ほぼ知らない。

「……なんていうかさ、特に用事がなくても少しでも落ち込んだ時とかなんか誰かの気配感じたくなった時とかに、グループメッセージに投げたらさ、安心しそうじゃないかなって。俺は、今まで碧と以外繋がってなくて、そーいうのが実際どうなのかは分からないけどさ、少し憧れてたんだよね」

「良いんじゃね? よくわかんねーけど。碧はグループたくさん入ってそうだよな」

 この三人の中では、一番人付き合いが得意で友達も多いと思っている。碧がその友人たちをどう思っているかは知らないけれど。

「まあグループはいくつか入ってるけど、どれももうほとんど、機能してないしオレはあんま返信してなかったし、使わなかった、な。……だけど、真日那と博とのグループは嬉しい、かも」

「お前、陽キャに見えて案外そうでもないんだな」

「うるせーな。オレは自由なネコなんですー」

「じゃあ、このグループもいらないか」

「お前らとのグループは嬉しいって言っただろ!」

 今日一大きな声で、碧はそう告げた。

「だってさ。俺も、真日那の考え良いと思う」

「良かった。碧と博くんって人を頼るの苦手でしょ? 俺は、すぐに頼っちゃうけど……二人は、溜め込んじゃうから倒れたり、イライラして言いたくもない言葉言っちゃったりするんだと思う」

「ちょっと、待て、真日那! 何で、過去のこと知って……」

 碧は、面白いくらいあたふたしていた。

「新庄さんから聞いた。人のことばっか気にして……碧はもっと周りを頼るべきだと思う。だから、このグループメッセージがあればさ、少しは頼りやすくなるんじゃないかなって、思ったんだ。言葉にはしにくくても、文字でなら言える時ってのもあるかもだし」

「……そう、かも。うん、これからはもう少し真日那と博を頼るようにする」

「そうしてくれたら嬉しいな。博くんもだよ。俺たち、同い年なんだし何かあればいつでも相談してね。俺も、また博くんのトランペット聞きたくなったらお願いしても良い?」

「努力する。トランペットならいつでも聞かせてやる」

 じゃあ、決まりだねと言って真日那がグループを作ろうとしたけれど、どこから作れば良いのか分からなくなったようで、結局碧が作ってくれた。ピコン、と通知がきて俺たちのグループが誕生した。何だか、すごく照れ臭かったけど嬉しかった。



 それからその日は解散となった。碧は、買い物をしてから帰ると言って先に真日那を見送った後、二人で駅前まで戻った。

「……なぁ、お前あん時なんて言おうとしたんだ?」

「あん時って?」

「真日那が、楽器やってみたいかもって言った時」

「……あぁ。それ確認する為にわざわざ二人の時間作ったのか」

「そうだよ。嬉しい気持ちは分かるけどさ、でも「分かってるよ」

 碧の言葉を遮って、俺はそう答えた。

「分かってるから、最後まで言わなかっただろ。本当は、〝当然トランペットをやるべきだ〟って、言いそうになった」

 だって、そうだろう。匠さんの息子で、匠さんのトランペットだって残っているのだから。楽器をやりたい、という気持ちが少しでも芽生えたのならトランペットにするべきだ。

「まあ、そう思うよな。オレだって、そう思う。匠さんがずっと、望んでいたことだし。絶対喜ぶ。だけど、親がやっていた楽器を必ずしも子どももやりたくなる、とは限らないからな」

「あぁ。匠さんも、新庄さんも違うしな」

 本当に人それぞれだ。俺なんて、親は別に楽器をやっていなくて、楽器に興味を持ったきっかけは姉が吹いていたトロンボーンだ。トロンボーンをやりたかったけれど、人数が埋まってしまっていて、足りていなかったトランペットに回されて始めた。そんな始まり方でも、今やこんなにもトランペットを愛している。そんな奴もいれば、碧のように自分では楽器を吹きたいとは思わない奴も当然いる。

「碧は、楽器をやりたいとは思わないのか」

「思わないかなぁ。父親がチューバやってたけど、全く興味湧かなかったし、今も別に何か吹いてみたいって気持ちはないかな。オレは、特定の楽器じゃなくて色んな楽器の構造や歴史を知るのが好きで、音楽を聞くのが好きなだけだからな」

「そうか。じゃあ、もし真日那が本当に楽器初めてそれが、もしもトランペットだったとして、俺とより近くなってもなんとも思わねぇ?」

 なんて、少しいじわるなことを聞きたくなってしまった。

「そ、それはどうだろうな……実際起きてみないとわかんねーかも」

「だよな」

 俺は、今日少しだけ夢を描いてしまった。人の為に奏でる音楽は楽しい、俺の音楽で人の気持ちを変えられるということを知られて、真日那が楽器を吹いてみたいかも、と思ってくれた。もし、碧も真日那に影響されて楽器を吹いてみたい、と思ってくれたら三人で音楽を奏でられる日もくるのかもしれない……なんて。そんな夢。

 吹奏楽部が合わないと気づいてから一人で吹き続けているけれど、大切な〝友達〟ともし、同じトランペットで三重奏が出来たら、それはきっと素晴らしい時間になるだろうな、と。今までの俺なら考えられないような、そんなありえない未来を思い描いてしまったのだ。

「まあ、あんまし強要すんなよな。せっかく仲良くなれたのに、匠さんみたいに嫌われちまうかもしれないぞ」

「分かってるよ。気を付ける、けど怪しい時があったら阻止してくれ」

「善処するよ。んじゃ、それだけ伝えてたかったからオレも帰るな」

 そう言って、碧はバス停方面へ引き返そうとした。

「あ」

「何だよ?」

「今日は、ありがとな。おかげで気持ち切り替えられたから感謝してる。また、博のトランペットが聞きたい」

 そこまで言っておいて、急に恥ずかしくなったのかじゃ、じゃあな! と碧は手を振ってその場を去っていった。


「何なんだよっ」

 改めて素直にお礼を言われると、とても恥ずかしい気持ちになってしまった。ジャズバーでの言動の数々を思い出したら、本当に今日の俺はどうかしていると急激に顔が熱くなっていった。だけど、悪くない気持ちだった。心臓がどくどくと高鳴っている。俺は家までの道のりを走って、帰った。



 次の日、昼休憩時に新庄さんに結果報告をさせてもらった。まあ、今日の二人の雰囲気を見ていれば、上手くいったのは分かってもらえるだろうけど、お礼もかねてちゃんと伝えたかったのだ。新庄さんに背中を押されなければ、行動に移せなかったかもしれないから。

「新庄さん、俺昨日たくさん初めての感情を知りました」

「良い時間を過ごせたみたいだね」

「はい、今までは工房の空気が悪くなろうと、碧が倒れようと、人が辞めていこうと自分とは関係ないし、どうでも良いって思っていました」

「昔の博くんは我が道を行く! って感じだったもんね」

 ふふっと懐かしそうに新庄さんは笑った。

「今も、仕事が大事で楽器も大事なのは変わりません。でも、同じくらい大切な、と、友達……も出来たみたいです」

 新庄さんに伝えるのは、すごく恥ずかしかった。人付き合いが苦手で、すぐに周りと衝突を起こしてしまっていた俺に優しい言葉をかけてくれていたのは、いつも新庄さんだったから。匠さんが倒れた後、人がたくさん辞めていくまでは何人か同世代もいたけれど、当然仲良くなろうとする気持ちもなくて、しゃべりながら仕事をしている同世代の奴らに怒鳴って、喧嘩になったこともあった。

 碧とだって、ずっと上手くいっていなかった。碧は昔から俺に構おうとしてきたけれど、それを押しのけていた。真日那が来てからは、真日那に対して突っかかる俺に碧も突っかかって来て、いつも子どもみたいな喧嘩ばかりして。そんなどうしようもなく小さかった俺を、いつだって新庄さんが大きな腕で包み込んでくれていたのだ。

 仕事ばかりしている俺に、工房以外の居場所や趣味を見つけた方が良いと優しく言ってくれたのに、俺はそんなものいらねぇと一蹴りしたのも覚えている。

「と、友達も出来ましたし、趣味も見つけましたよ」

 趣味とか、友達とかそんなものは必要ないと思っていた。仕事に必要な技術さえあればそれだけで、満足していた。

「この短い間に随分と変化があったんだね」

「俺も、驚いてます。昨日、新庄さんが俺なりの方法であいつらを励ましてやれば良いって言ってくれたじゃないですか」

「うん」

「俺に出来るのは、音楽で伝えることだって気づいたんです。それで、俺のオススメのジャズバーで二人の為だけにトランペットを吹きました。すごく緊張したけど、俺の音楽で二人が笑ってくれたし、泣いてくれたんです」

 あの夜の出来事は、きっと一生忘れられないだろう。何年経っても、何十年経っても、永遠に残り続ける思い出になる。

「俺の音楽で大切な人たちの心を動かせた。それってすごいことだって思ったんです。そしたら、もっと俺の音楽を誰かに聞いてもらいたいって思うようになりました。俺、趣味の一つとして、ジャズバーでバンドに入ってみようかなって思ったんです」

 ずっと誘われてはいたけど、断り続けていた。一人で気ままに吹く方が好きだから、と。だけど、気持ちが変わった。

「真日那や碧みたいに、落ち込んでいる人が音楽を聞きに来るかもしれない。そこで、俺の音楽を聞いて元気になってくれたら、それはすごく幸せだって思いました」

 全部、全部、数日前の俺では考えられなかった気持ちだ。たった一日で、人の気持ちというのはこうも変わるのか、と驚いている。

「そっか、とても素敵な趣味だと思うよ。僕にも是非、博くんのトランペットを聞かせて欲しいな」

「もちろんです」

「博くんに、大切な〝友達〟が出来て嬉しいよ。友達は絶対にいた方が良い。人数は別に多くなくて良いんだ。たった二人、大切な友達がいるだけでもきっと世界は違って見えるはずだよ。僕にも、匠という友達がいたように、ね」

 そう言って、新庄さんは優しく笑った。



「後、一つ伝えておきたいことがあって……これは、お願いなんですけど」

「そんな深刻な表情でどうしたの?」

「真日那が、楽器をやってみたいかもって昨日言ってくれたんですよ」

「真日那くんが⁉」

「はい。でも、本気かどうかまではまだ分かんなくて……でも、俺トランペットにしろって言いかけちゃって……」

「あーそれは、まずいねぇ」

「ほんと寸前で言い換えたんで大丈夫です。でも、いつまた言ってしまいそうになるか分からないんで、もし俺がダメなこと言いそうになったら止めて欲しいんです。碧にもお願いしてありますけど、新庄さんにも伝えときたくて」

 すみません、と俺は頭を下げた。自分の口に自信が持てないのだ。思った言葉は基本的にすぐに発してしまうから、今までだってたくさんの衝突を起こしてきた。

「分かった。僕も注意しておくね。せっかく三人で良い感じに仲良くなれたのに、また悪くなっちゃうのは避けたいもんね」

「はい……」

 俺にとっては、初めて出来た友達と呼べる存在なのだ。友達が出来たことは嬉しいけれど、今度はいつか失う日を思うと恐ろしく思ってしまった。自分の失言で、この友情を壊したくない。

「だけど、そっかぁ。真日那くんがついに楽器をやってみたい、とまで思うようになってくれたんだねぇ。感慨深いなぁ」

 新庄さんは、ずっと匠さんと真日那の親子を見てきたからより嬉しく思うのだろう。口には出さないけれど、きっとトランペットを吹いてくれたら良いと思っているに違いない。匠さんの残したトランペットは、魔法の部屋に眠ったままのようだから、早く誰かの元に渡ってくれたら……と思っているだろう。

 それが、真日那になってくれたらこれ以上の喜びはきっとない。

 だけど、そんなことはこの工房の誰もが言えないだろう。真日那は何よりも、強要されることを嫌うから。だから、いつか、いつの日か、自らトランペットを吹きたい、と思ってくれた時に匠さんのトランペットを受け継いでくれたら良いと願ってやまない。

「話しは変わるけどさ、結局博くんも碧くんも音楽以外の趣味を見つけることは出来なかったねぇ」

 場の空気を変えるかのように、新庄さんは朗らかにそう言った。

「ははっ、確かにそうっすね。まあ、今更音楽以外に興味持つなんて無理っすよ。きっと真日那も俺たちと同じようになっていくのかもしれないですね。あ、でも俺たち音楽以外でも繋がることが出来たんですよ」

 そう言って、俺はグループメッセージが出来た話しをした。そうしたら、新庄さんはそれは素晴らしい出来事だね! と自分のことのように喜んでくれた。


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