第37話 俺、最大のピンチ

 カモウシは森に住む草食動物で、性格はおとなしいく非常に臆病。体重は人間の大人一人分ほどあるので捕まえられればかなりの肉が取れる。エルフたちは皮も加工し、衣服などにする。骨も装飾品に利用している。エルフにとっては生活に欠かせない動物だ。


 カモウシは地面の草を食んでいるようだ。こちらに気づいている様子はない。

 仮に気づいていたとしても、離れているので気にする必要はない、そう思っているのかもしれない。

 遠距離から攻撃できる弓というものを知らないのだからしょうがない。


 ラードは太い枝の上に立ち、体を幹にぴたりと付けた。

 そうして体を固定してから弓を取り出し、狙いを定める。

 弦が伸び切り、いよいよ矢が放たれるのを待つばかり。

 それを見ている俺たちも息をのんだ。


 森は静かだ。

 風が葉を撫でるかすかな音。遠くから聞こえる鳥のさえずり。

 そこに緊張により高まった自分の心臓の鼓動がリズムを刻む。


「い……いだだだだだ!」


 そんな静寂を打ち破ったのは、俺だ。

 突如、右足に激痛が走ったのだ。


「オライリー、どうした?!」

「足、足をやられた!」


 蛇か、あるいは別の動物か。はたまた虫か。

 ともかくなんらかの生き物が、俺の足に噛み付いた、あるいは刺した。

 と、思った。


「どうしたでござる!?」


 ラードも狩りを止め、木から降りてきた。


「足を見せてください!」


 オリーブはカバンに手を突っ込み瓶の音をガチャガチャと鳴らす。

 ともかく、この痛みを早くなんとかしてくれ!

 俺は靴を脱ぎ、足を見せた。


「腫れていますね。虫刺されかもしれません」


 確かに親指が赤くなり膨らんでいるのが分かる。

 あまりの激痛に、ひょっとしたら指が食いちぎられたんじゃないかと想像していたのだが、そこまでの事態ではなくてホッとした。

 オリーブは緑の小瓶を取り出し、中の透明な液体を患部にかけた。


「う! うう! ぐおおお」

「しみますか?」

「いや、大丈夫だ……」


 傷口にしみた、という感じではなく、ポーションが触れただけで激痛が走ったのだ。

 しかしまぁ、そのポーションのおかげで徐々に痛みはやわらい……でない!

 まったく効いてないぞ!


「だ、駄目だ。痛みが引かない」

「そ、そうですか!?」

「いくらオリーブのポーションでも、そんなに即効性がないんだろう」

「いえ、パームさん。これはすぐ効くはずなんです」

「なんだって?」

「このポーションが効かない、となると……」


 オリーブは考え込んでしまった。

 頼むぅ! 早いとこなんとかしてくれぇ!


「まさか……これは……勇者病なのでは?」

「勇者病! そうか。オライリーならありえる、か」

「お、おい。なんだその勇者病ってのは?」

「歴史書によると、過去の偉大な冒険者、決闘士など、ごく少数の国の頂点に立つほどの強さを持つ人たちのみに発症する、謎の病気があったといいます。それが勇者病です」

「病気ではなく、呪いだという説もあるな」

「そ、そんな。治るのか、それ」

「こういうのはギルド長の方が詳しいかもしれん。ともかく、今日はもう引き返すぞ。歩けるか?」


 とてもじゃないが歩ける状態ではなかった。

 といってずっと森にいるわけにもいかない。俺はパームとラードに両肩を支えられ、行きの何倍も時間をかけてなんとか野営地まで戻ってきたのだった。


 ※


 予定を繰り上げ、俺たちは一度帰ることにした。痛みはまだ引いていない。馬車の振動が地獄の苦しみを与えてくる。一刻も早くゴムタイヤとサスペンションとアスファルトを開発してくれ!


「勇者病、ワシは医者ではないが、これは確かにその疑いがあるな」


 ギルドの椅子にどっかり腰掛け、ひざまずいたギルド長が俺の足を持っている。この絵を見たら、なんかまるでギルド長に忠誠を誓わさているかのようだ。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「オライリー、すまんがまた血をとらせてもらうぞ」

「またか。そうか、そうだよな」


 以前に能力判定はしているが、人の能力は変化するため、半年から一年に一度は判定し直すのが普通だそうだ。

 俺もそろそろ再判定の時期だったのでちょうどよかった。


「やはり。この数値では勇者病とみて間違いないだろう。こんな時にな……」


 結果の書かれた紙を見て、ギルト長は深くため息した。


「かつて勇者に討伐された魔人、ユリク・アシドの呪いか。本当にあるとはね」

「パーム、知ってるのか?」

「一応ね、冒険者なら聞いたことはある伝説だ」

「それで、治療はどうするんだ?」

「残念ですが、その方法はありません」オリーブは申し訳無さそうに目を伏せる。

「なにっ! じゃあ、一生このままだってのか?」

「いや、治療方法は無いが、一生続くわけではない。伝承によれば一週間かそこらで痛みはおさまるそうだ」

「ギルト長のおっしゃるとおりです。ただ、早く治すためにはトレーニングを控える必要があります。体の負荷を抑えなければ」

「なっ、大会が控えてるのに、か?」

「しかたないよオライリー。このままじゃ大会どころじゃない」


 パームは俺の肩に手を置き、首を左右に振った。

 一週間で治るならば大会には間に合う。だがトレーニングができないなら確実に力は落ちていく。

 ていうか、食っちゃいけないってことだろ? そんなの地獄じゃないか!

 ここにきて、今までで最大のピンチが訪れてしまった。一体、これからどうなってしまうんだろうか……?

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歴代最高決闘値の冒険者~異世界に来たのになんでメタボなままなんですかね?~ 蓮澤ナーム @hasuzawa

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