第36話 俺、森へ

 翌朝。太陽とともに目を覚ます。気温は暑からず寒からずでちょうどいい。皆は火にあたったりなどしているので普通の人にはちょっと肌寒いって感じか。昼になれば暖かくなるだろう。

 周囲は少し霞がかっている。森の木々からでる蒸気のせいだろうか?


「オライリー。朝飯を済ませたらさっそく出るとしよう」


 背後からの声に振り返ると、水がなみなみ入った桶を持つラードがいた。俺も早く起きたつもりだったが、みんなすでに働き始めている。大工たちはもちろん、オリーブも食事の用意を始めているし、パームは装備の手入れに余念がない。

 前の世界じゃもっとだらけた生活をしてた。それでも体に疲れが残ってたんだけど、ここにきてからはそういうことはない。やっぱこういうのが人間らしい生活なのかもしれないな。


 飯を終えると、ラードは紙を地面に広げた。そこには簡単な地図が書かれている。


「今、拙者たちがいるのはこの辺り。そして目指すべき聖域はこの辺りでござる」


 森は簡単に言うとひらがなの“つ”を逆にしたような山脈に囲まれている。現在地は“つ”の両端を結んだラインの真ん中辺りだ。そして聖域とやらは“つ”の中央、一番奥に接する辺りらしい。


「聖域ってのは?」

「ああ、これは説明不足で申し訳ない。拙者たちエルフが張っている結界の内側をそう呼んでいるでござる。遺跡はその奥にあるでござる」

「この拠点から直線で結ぶとどれくらいだ?」

「直線ならばさほどの距離ではござらん。しかし、森の中は直線で歩けるわけではござらんゆえ。聖域入り口まで慣れた足なら二日。遺跡まではさらに二日。モンスターや罠があるならそれ以上をみたほうがいいでござるな」

「こりゃなかなか骨だな」


 なんたって今のはエルフの話。俺たち人間の素人集団ではもっとかかるわけだ。しかもこのパーティーには歩くお荷物こと俺、そしてか弱い薬師のオリーブがいる。ざっと倍の時間はみたほうがいいかもな。


「パーム、大将、それから嬢ちゃんもちょっと来てくれ」


 シクーイに連れられてやってきたのは、建築予定地のようだ。ざっと地面に間取りが書いてある。


「日がこっちから登って、水辺はこっち。ってことで入り口はここらへんで、大きさはこんなもんだな。どうだい?」

「おい。なんか、前と違ってないか?」


 俺は図面の異変に気がついた。どうも部屋が増えているような?

 するとオリーブがおずおずと話しだした。


「あ、あのそれは……ワタシがお願いしたんです。どうしてもポーション制作のために必要な設備がありまして。あ、もちろんその分の追加予算はワタシが持ちます、当然ですけど!」

「そうか。まぁ、別にいいよな? パーム」

「うむ。ポーション作りができるのはこっちも助かるしね」

「はい、それにもし討伐が終わって、バイラミー採取ができるようになったらここでポーション作りもできると思います。ポーション製作所として活用できるかと。そうしたらワタシが買い取らせていただきます」

「それなら願ったり叶ったりだ。せっかく建てたもん、無駄にしたくないもんな」

「なら、このまま建築、始めちまってかまわねぇかな?」


 俺たち三人は同意し、作業はこのままシクーイに任せることになった。

 こちらはこちらで、森の探索へと向かう。


「ラード。疑うわけじゃないんだが、本当にこっちで合ってるのか?」


 昼でも森の中は木々の葉で光が遮られて薄暗い。下は草がボーボーに生い茂っている。その草に隠れて木の根っこや岩が転がっているから何度も足をとられてしまう。歩きにくいなんてもんじゃない。


「不便をかけてすまないでござる。こちらはエルフ用の秘密の入り口。あえて入りにくいようにしているでござるよ。しばらく行けばちゃんと道がござるゆえ」

「なるほど、そういうことなのか。疑ってすまない」

「いやいや、当然でござるよ。そら、あれがエルフが使う道でござる」


 と、指さされた方を見るが、俺にはどこに道があるのかさっぱり分からなかった。しかし、ラードが草をかき分けて入っていくのに続いていくと、下は確かに歩きやすいよう、整地してあるのが分かる。


「こりゃすげぇや。素人にはわからんな」

「人族用の、表向きの道もきちんとあるでござるよ。当然、そちらは聖域には続いてござらんが。仮に森の道なき場所を入って行っても、結界により気づいたら元の道へ、という具合でござる」


 エルフの周到さと知恵には舌を巻く。

 結果としてそれを敵に利用されてしまっているのが残念だが。


「今日は皆の足でどこまで進めるか、日が沈むまでに引き返せるところまで行ってみるでござる」

「うん。引き続き、案内頼むよ」


 するとラードが足を止め、身をかがめた。そして俺たちにもしゃがむよう身振りで支持する。

 何かあったか!?

 彼の視線の先を負うと、そこには何か茶色い動くものがあった。


「あれは?」

「カモウシでござるな。これは大物でござるよ。これ以上近寄ると臭いで気づかれてしまうゆえ、ここから狙うでござる」


 そういうとラードは手近にあった木にスルスルと猿のように登っていった。

 すげぇ、なんて身軽さだよ。俺には絶対、できない芸当だ。

 ラードさえいてくれれば、森の探索は安心だな。

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