第35話 俺、気分がいい

 小休止を挟みつつ、目的地にたどり着いたときにはすっかり日が暮れていた。田舎の夜は真っ暗、とは聞いたことがあるが、明かりがないとマジで何も見えない。漆黒だぞこれ。

 眼の前には木々が生い茂っているのだが、その奥は漆黒で何が潜んでいるかわからない。本能的なものかもしれんが、これは恐ろしいな。


「今日はここで一泊、明日から作業にはいるぞ」


 棟梁シクーイからの号令で大工たちは寝床を作り出した。この暗がりでよくできるな。


「オライリー。ノウサギを捕まえたでござるから、これをさばいて皆のために食事でも作るでござる」

「え? どこで捕まえたんだ?」

「この辺りにはよくいるでござるよ」


 ラードはちょっと見ない間に、獲物をゲットしていたらしい。手には二羽のノウサギが握られている。すごいヤツだ。食料は現地調達すると言ってたが、それが嘘じゃないといきなり証明してくれた。


「それじゃ、ワタシが調理しますねー」

「お。それじゃオライリー、オレたちは火を起こすか」

「分かった」


 食うのは得意でも、さばくのは苦手なのでそっちはオリーブたちに任せるとして、俺とパームは乾燥した小枝を集めた。

 なんか、昔やったキャンプを思い出すなぁ。楽しくなってきたぞ。

 ランプ片手に足元を探るのはちょいと苦労したけれど。


 悪戦苦闘しつつ、小脇に抱えるくらいの枝を集め、戻ってくると立派なテントができつつあった。すでに骨組みは組み上がっていて、今は上から白い幕を貼ろうとしている。

 いや、ありゃテントというよりも、遊牧民族の家屋みたいな感じだな。

 かなり大きくてこの人数が横になるくらいのスペースは余裕でありそうだ。


「こりゃすげぇな!」

「お、大将は見るの初めてかい? あっしらはこういう僻地で作業するときは、ああいう自分らの寝床を用意すんのさ。ジョルって言うんだぜ」

「へー! なるほどなぁ」


 そうだよなぁ、いちいち帰るんじゃ効率悪いもんな。彼らは完成までここに滞在するんだろうな。

 そりゃ金もかかるよなー。


 パームも一級の冒険者だ。こういった野営には慣れているらしい。

 その辺の木と落ち葉を使い、簡単に火を起こしてしまった。

 それを使い、鍋に食材を入れて煮込み料理を作る。ノウサギ鍋ってところかな。


「こ、こりゃすげぇな」


 俺の食いっぷりを見て、シクーイ以下、大工たちは目を丸くしている。

 食料が豊富なわけじゃないから今日は抑えてるんだがな。

 この程度で驚いてたら、普段の俺の食事を見たらひっくり返るぞ。


「こりゃ決闘大会でも大将の優勝間違いなしだな!」

「まったくっす!」

「大将、応援してますぜ!」


 そう言って大工たちははやしたててくる。ますます負けらんないな。

 はぁー、なんだか気が重くなってきた。


「大会だけどよ、パームは出ねぇのかい?」

「うん? ああ。オレは魔女討伐でそれどころじゃない。オライリーと戦う気にもならないしね」

「そうか。コーエンとザエムは出るって話だぜ。あとは王国騎士団長も出るとかなんとか」

「騎士団長ってのは強いのか?」


 そういや、冒険者のことは知っていても軍だの騎士団だののことはさっぱりだ。そっちにも当然、腕に覚えのある奴はいるだろう。


「そりゃ強ぇんだろうが、戦ってるところは見たことねぇからなぁ。ほら、戦争なんて何年もやってねぇし。訓練は続けてるだろうが、実戦ってことになったら冒険者どものほうが一日の長があるかもしれねぇな」

「なるほどな。あとは強そうなのはいないのか?」

「あとはまだ無名で、ここで一旗揚げようって連中だろうな。その辺はあっしもよくは知らねぇな」

「ふむ。国内ではそんなところか。あとは隣国からどんな奴が来るか、だな」

「しかし、決闘大会とは考えたもんだぜ」

「どういう意味だ?」

「いやね、例の大将の決闘でだいぶ王室、とくに王子への批判が高まってたからよ。うまく目をそらしたなって思ってよ」


 決闘が好評だったから、そう王は言っていた。

 あんな事故があったのに? と俺も不思議に思っていたけど、やはり批判もあったらしい。

 王には子どもは一人、つまり普通に行けば次期王はあのグルテン王子になるわけだ。評判が落ちるのはまずい。

 そこでまた、大会を開催して王子への批判をそらしつつ、盛り上げて成功させることで王子の評判を上げようって腹積もりなんだろう。

 いわゆるパンとサーカスってやつか。

 この国、パンなら足りているからな。あとはサーカス、つまり娯楽が必要だ。俺がそれに利用されると思うといい気分ではないな。あんな王子、失脚してしまえと思っているし。だがあんなんでもたった一人のお世継ぎとなると、いなくなられても困るか。


「なんのかんの言っても、あっしは結構、楽しみにしてるけどな。どうして大将と知り合っちまったわけだし。大将が決闘するときゃ、総出で応援に行くぜ」


 大工連中はまた盛り上がっている。

 中央で燃える焚き火が、すべてをオレンジ色に染めている。

 なんか、俺も気分がすこぶるいい。なんか遠足とか文化祭の前日、みたいな感覚。こういうの久しぶりだ。

 自然に囲まれているからだろうか?

 寝心地のいいベッドじゃないが、今日はよく眠れそう。そんな気がした。

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