第34話 俺、痛める

 シクーイはまず現地調査が必要、ということで俺たちが護衛と視察を兼ね帯同することになった。こっちとしても渡りに船である。

 迷いの森は徒歩でいくなら、健常な大人の男で一昼夜かかる。そこもあくまで森の入口であり、その奥もかなり深い。


「森に慣れた我らであっても森の最奥部、山の麓まではざっと五日はかかるでござろう」


 というのか彼の言葉だ。

 エルフでそれなら俺たち素人じゃたどり着く前に行き倒れそうだ。

 まずは森に慣れとかないとな。


 シクーイが若い弟子たちを五名連れてきて、移動用の馬車を二台、用意してくれた。

 しかもそれは自腹を切ってくれたらしい。


「本当は一台で足りるとこなんだが、英雄様が一緒じゃなぁ。ガッハッハ!」


 俺以外の三人は馬で移動するらしい。俺が乗ったら馬が可哀想ってわけだ。

 せめて戦闘面で活躍しないと、こりゃ文字通りお荷物になっちまうぜ。

 盗賊とかモンスターにでも襲われれば、俺の活躍の場もできるのになぁ、なんて邪な考えが頭をよぎったのは秘密だ。

 だがそんな期待も虚しく、馬車はのどかな風景をのんびり進んでいた。


「んー、自然が多くて気持ちいいね」

「大将、大将は海外から来たって話ですが、いってぇどんなとこだったんです?」


 先頭の馬車にはシクーイと三人の弟子が乗り、後ろのこっちには若手の大工が二人と俺、そして資材が乗っていた。一人は馬車を動かし、もう一人は俺と一緒に荷台にいる。シクーイ以外は人間種のようだ。まだ十代と思われる、元気のいい若者だった、

 その若手がなんだかキラキラのお目々で俺に質問してくる。その大将って呼び方はなんなんだ?


「え? あ、いや。俺の出身はショルッド王国の東にある小さな村だよ。田舎だったからこういう風景を見ると思い出すんだよ」

「なるほど! そんな遠くから、なんでこっちへいらしたんです?」

「そりゃ田舎にいるより、都会で腕試ししたかったし」

「それだけの力ですからねぇ。お気持ちはわかりますよ。いや、俺っちなんかが分かるなんて言うのは生意気でしたね」

「そんなことはないよ。はは」


 嘘なんだけどなぁ。

 こんな純粋な若者を騙すなんて、心が痛む。

 そんな彼が、急に神妙な顔つきになった。


「ところで大将、魔女のことなんすがね。実は、俺の知り合いの両親が、ソイツにやられちまったんです」

「なにっ!? 本当か!」

「はい。ソイツもだいぶ落ち込んじまいやして。今じゃガリガリで生きてるのも不思議な有様で。奴もきっと、魔女が討伐されたと聞いたら良くなると思うんです。ですから大将、魔女の討伐、よろしくおねがいしやす。俺っちからもできる限りのことはさせていただきやす」


 そういって馬車の床に両手と額をこすりつけた。


「もちろんそのつもりだ。頭を上げてくれ。その知り合いからヴィガーンについて何か聞いていないか? 今は少しでも情報がほしい」

「残念ですが、ヤツは現場には居合わせてません。それにとてもじゃありませんが、話を聞くような状態じゃ……」


 若者は目に涙を浮かべている。これ以上、思い出させるのは酷というものだろう。


「すまん。配慮にかけてたな」

「とんでもねぇっす! 俺っちにできることは、丹精込めて拠点を作ることだけです。そっちについちゃ、お任せくだせぇ」

「それについちゃ、安心してるよ。そっちの大将、シクーイは国一番の腕らしいからな」


 これについては複数の冒険者からの証言がある。いわゆる名工ってやつらしい。

 ボスを褒められて嬉しかったのか、若造ははにかんでいる。


「はい! 時々厳しいっすけど、腕は確かなお方ですんで」

「大将! ちょいとここいらで休憩するそうですぜ」


 早朝から出発し、もう昼になっていた。

 初めて乗ったけども、馬車ってのは決して乗り心地がいいもんじゃねぇな。すでにケツが痛い。休憩は助かる。

 腹も減ってきたしな。


「ほー、こんなところがあるのか」


 休憩場所に選んだのは、街道沿いにある湖の側で、宿場町としてなかなか栄えているところだった。

 空気はうまいし、自然も豊か。湖からくるみずみずしい風が気持ちいい。湖面は太陽を反射して宝石のようにきらめいている。


「いい眺めだなー。アマニも連れてくればよかったな?」

「遊びじゃないんだぞ。でも本当にいいところだ。討伐が終わったらここで打ち上げでもするか?」

「それはいいでござるな!」

「素敵です!」


 パームの言葉にラードとオリーブも賛同する。

 こういう終わった後の楽しみを作るって大事だよ。さすがパームはわかってるな。こいつにはリーダーの資質があると思う。


「ここは湖で捕れた新鮮な魚を食わせるウメェ店があるんだぜ。そこで腹ごしらえといこうや」


 シクーイに連れられ、魚料理の店へ。実に質素な見た目で看板が出てなきゃ店とも思わないだろう。だがこういうとこが美味いんだよな。


「んー! 魚なんて久々に食ったな!」


 ただの丸焼きの魚だったが、美味い! この世界、鮮魚を食えるのは水場の近くだけだ。俺は久々の魚を堪能したのだった。本音を言うと寿司を食いたかったけど、淡水魚じゃ危険だし、そもそも米がないんだよなー。


 待て、ないなら作ればいいのか? そうか、ある程度の金がたまったらやってもいいかもな。これは新しい目標ができたぞ。

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