第33話 俺、建築す

 大陸中に早馬を走らせ、大会参加者を募る。とはいえ国王も本当に参加してくるのは隣国くらいだろうと考えていたようだ。開催は一月後と決まった。


 これだと仮に、もっとも距離的に遠いスノート皇国から参加したいという者が現れても、たどり着くことすら困難だろう。着いたところで旅の疲れで大会どころではないかもしれない。そもそも、こちらが送る使者ですら、たどり着けば奇跡と言われている秘境なのだ。

 その使者も相当な実力者であるそうだが、その出立は百を越える見送り人が集まり、みんな涙にまみれてまるで今生の別れのようだったという。一面識もないが、生きて帰ってほしいもんだ。


 俺としてもスノート皇国の人間がどんな人たちなのか、ってのは興味がある。なんだか日本人に近そうな感じだし。

 ただ下手すると嘘がバレてしまう可能性があるし、噂通りとんでもない武術の達人がいて、俺が負けるという可能性もあるとなると、来てほしくないって気持ちも正直ある。ま、半々って感じだ。


 俺たちも大会までボーッとしているわけではない。

 できることから手を付けていこう、ということで迷いの森近くに拠点を築くことにした。

 ちょっとした小屋を作り、寝泊まりできるようにして、保存食を備蓄しておく、って計画だ。

 電気のないこの世界じゃ、当然ながら冷蔵庫なんてもんはない。今から食料の備蓄は早すぎる。ってことで、まずは小屋の制作に取り掛かった。


 もちろん俺たちにそんな技術はない。プロの力を借りることになった。

 パームのつてで知り合った大工だ。


「場所としては森の入口、そして水が手に入るこの辺りだろうな。一ヶ月くらい滞在できる小屋ってーっと、大きさはどのくらいだい?」


 なんだか江戸っ子を思わせる大工の棟梁はシクーイという四十代くらいの小さくてがっしりしたおっさんだ。たぶん、ギルマスと同じドワーフだと思う。

 白髪交じりの長い髪を後ろで三つ編みにしているのはアーティスト的な雰囲気をかもしているが、そこにねじり鉢巻を巻いているってのがミスマッチだ。


 皆で図面を考え、ざっと見積もりを出してもらうということで、今日はパームの家で打ち合わせすることになったのだ。

 テーブルの上に地図を広げ、俺たちパーティー四人とシクーイはあれやこれやと意見を出し合っている。


「この辺一帯の土地の使用は国王から許可をもらっているから広さの上限は気にしなくていいよ。人数は四人、だけどその内の一人がオライリーだから……」


 パームとシクーイが同時に俺を見た。

 おそらく彼らの脳内では俺の一ヶ月の食事量とその食料を置くためのスペースがどれくらい必要か、ということを高速に計算しているのだろう。たぶん。


「食料はある程度は現地調達するつもりでござるよ。森の奥はともかく、周辺部には以前のように動物や食べられる植物があることを確認してござるのでな」


 森に詳しいラードがそう言うのなら期待していいだろう。

 森の専門家がいるってのは心強いぜ。


「あの……食事もそうですが、現地調達した薬草でポーションも作りたいです。あっ、もちろんその分の追加料金はワタシが出しますので!」


 オリーブが希望するようにポーションが作れるなら便利だ。ただ金も無限にあるわけじゃないからな?

 まだ手に入ったわけでもない、大会賞金をあてにしすぎるなよ?


 シクーイは持参したそろばんのような計算機と、目の荒い紙を使ってなにやら計算をはじめた。

 材料費、人件費を日数でかけて、さらに移動費も考えるとなると……。

 俺はなんだか変な汗をかいてきた。


「まぁ、魔女ヴィガーンの討伐はあっしら皆の悲願でもあるこったし、ここは勉強に勉強してこんなとこだな」


 提示された金額は、俺の前世の感覚でいうと都心に一軒家が買えるくらいだった。

 目ん玉飛び出たわ。俺としては庭に置くデカい倉庫くらいのイメージだったんだけどね。

 目的を遂げたらお役御免になると思うと、かなり躊躇してしまうお値段だ。


「おお、こんなに安くやってくれるのか!」

「まぁな。あっしとパームの仲じゃねぇか」


 え。安い? そうなんだ? 二人はすでに商談成立とばかりにがっしり握手までしている。マジかよ。

 どうもこの世界の金銭感覚ってのはよくわからない。


「みんなはどう思う?」

「パームが問題なければ、拙者は特にござらん」

「アタシはポーションが作れさえすればあとは贅沢は言いませんので」

「ちょ、ちょっとまってくれ」


 いやいや、君たち。こんな買い物をコンビニ弁当買うみたいに気軽に決めちゃいかんぞ。


「値段に問題があるわけじゃないが、俺の大会賞金と依頼達成報酬をあてこんでも、ちょっと足りなくないか?」

「なぁんだ。そんなことか。なに、S級冒険者なら不足分くらい簡単に稼げるって」パームは俺の肩を、布団でも叩くようにパンとはたいた。

「ちげぇねぇ。それにねぇ、オライリーの旦那。あの魔女を倒したとくりゃ、そりゃ英雄ってもんだぜ。その後で金に困るなんてこたぁ、ぜってぇねぇよ」

「シクーイ殿の言う通り。それに関しては、我らエルフ族からもなんらかの謝礼があると期待してくだされ」

「そうですよぉ。それにもし伝説のポーションが出来上がったら、すごいお金が入ってくると思いますよ。そうなったらみなさんにも分配できると思いますので」

「いやそれも全部、たらればの話じゃないか。そんなんじゃシクーイさんだって不安だろう。ねぇ?」

「がっはっは! そりゃ要らぬ心配ってやつだ。こんな大仕事に関われるんだ。こっちだってこんな名誉なことはねぇ。お代なんざいくらでも待ちやすぜ!」


 まぁそこまで言ってくれるなら、ということで俺たちの拠点作りが始まった。

 さてさて、こりゃますます大会で負けられなくなっちまったぞ。

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