第32話 俺、打ち明ける
だがパームから出た言葉は俺の予想とは違った。
「スノート皇国、なんだろ?」
そういえば、最初の出会いで言われたな、確かネクタイが不思議がられて、伝説の国の衣装ではないかとかなんとか。あれはスノート皇国のことだったのか。
伝説の国、となっている理由。それは誰も行ったことがないからだ。
存在すら確かではない。情報は噂話程度。
曰く、武術に優れる民族が住んでいる。曰く、魔剤と呼ばれるものを飲み一昼夜連続して戦うこともできる。
どれも信憑性に欠ける話ばかりだ。
「なんでそう思うんだ?」
とはいえ、だ。実際にあるらしいというだけでも異世界転移より遥かにマシ。そう勘違いしてくれているのなら、利用してしまうのも手ではないか? どのみちバレっこないわけだし。
というわけで、ちょっとカマをかけてみる。
「まずオライリーのその黒髪だ。まるで黒輝石のような艶のある髪。そんなのはこの大陸では珍しい。そして、それこそスノート皇国の民族的特徴と一致する。そして細く、鋭い目。瞳が黒いのも、闇夜の少ない明かりの中でも、よく見えるように発達したものと聞く。そして言うまでもなく、その体だ」
「か、体?」
相変わらず出っ張った腹を両手で握る。
「それだけの体を保つのは、普通の人間には無理だ。スノート皇国の民族は皆、鍛え上げた体をしており、防具など必要としなかったと聞く。当然、武器も使わぬという。まさにオライリーと一致するじゃないか」
こりゃひょっとすると、スノート皇国ってのは前世界での日本に近い国なのかもしれん。
ここは嘘も方便だな。乗っかってしまうとしよう。
「そうか。そろそろ隠しているのも限界だと思ってたぜ」
「すると、やはり!?」
「ああ。お察しの通りだ。だがこれは、俺とパームだけの秘密にしておいてもらいたい」
「なぜだ? スノート皇国の出身だろうが、ここでは差別する奴などいない。いや、それどころか尊敬すらされると思うぞ」
そりゃこれ以上目立ちたくないから。ってのもあるし、そもそも嘘だからなぁ。あんまり根掘り葉掘り聞かれたくないのよ。嘘に嘘を塗り固めていたら、いつか絶対ボロがでるだろうし。
ここはなんとか、うまい理由を考えないとな。
「……誰にも言わないと約束できるか?」
「もちろんだ」
「絶対か?」
「絶対だ」
「信じていいんだな?」
「誓うよ」
どうしよう。時間稼ぎも限界だぞ。
こういうのは、賢い人の知恵を借りるべきだ。俺の好きなゲーム、アニメ、漫画の中から使えそうな設定を、脳内コンピュータで高速検索する。
「……実はな。俺はスノート皇国の中でも特別な戦士の里に生まれたんだ」
「何っ!?」
パームは喉をゴクリと鳴らした。
「その里では優秀な戦士を育てるため、幼い頃から厳しい修行を積まされる。俺もそのころは当然のこととして受け入れていた。ところがだ、成人となる十五歳になったときだ。卒業試験か課された」
「おお。それで?」
「その試験の内容が、どうしても納得いかなくてな。俺は逃げてきた。もし見つかれば俺は消される。だから、誰にも言えなかったんだ」
「オライリーが逃げ出すほどの試験の内容ってどんなのなんだ? よかったら聞かせてくれ」
「それまで一緒に修行してきた同年代の仲間たち同士で殺し合えと言われたんだ」
「なっ、なんだって!?」
パームの顔に一筋の汗が流れた。
そりゃこんな壮絶な話を聞かされたら、驚くよなぁ。俺もあの展開には度肝を抜かれたもんな。
「さすがにここまで追手が来ることはないだろうと思って、ここにいついているんだがな。もし見つかったら、俺はまた消えなければならない。だから、な?」
「よく分かったよ。そういうことならアマニも言わないほうがいいだろう」
「そうだな。二人のことは信用しているが、知っている人間は最小にしなければ」
それからパームに協力してもらい、嘘の設定を考えることにした。
この大陸、国々については俺よりパームのが詳しいはず。バレにくい嘘が作れるだろう。
「その見た目からしてスノート皇国民の血を引いている、としたほうがいいだろう。ただし、出身国は隣国のショルッド王国。ってのはどうだい? ショルッド王国の東にある小さい村、ということにしておけば、民族の血が入っていても不思議がられないと思うよ」
「混血ってことか。なるほどなるほど。それなら生まれがショルッド王国だからスノート皇国のことはほとんど知らないということにしてくれんか? あまり話せないこともあるからな」
「そういうことにしておこう」
ということで、俺の設定が固まった。俺はショルッド王国の東にある名もなき小さな村の出身である。しかし、それは表向きで本当はスノート皇国の戦士の一族であり、そこを抜けてきた逃走人である。しかししかし、それも嘘で本当は異世界転移してきた日本人というわけだ。
ちょいと複雑で自分でも設定を忘れそうだぜ。
この世界が、前の世界みたいに国籍とか移民とかに厳しかったらこうはいかなかっただろうな。その辺はこの世界へ転移させてくれた存在に感謝しとこう。
それって誰なんだろうなぁ?
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