五章

第29話 俺、準備す

 ところでレオがどうなったのか、ということだが、気になったのでパームに聞いたところ、とりあえずは研究所に引き取られ、様子を見られているらしい。

 薬が切れてからは大人しくしているそうで、処分とかそういう方向は免れそうだ。

 もしも処分なんて話が出たら俺も動く。抗議デモだよ。具体的には普段はいがみ合ってるコーエン、ザエムとも手を組んで殴り込みだ。


 ま、それはともかく、俺も落ち着いたらレオの様子を見に行こうと思う。

 俺が元気だということを見せる。それがきっとレオの精神面の助けになるんじゃないかな。


 手首は、以前の通りになるにはもうすこしリハビリが必要と思われたが、そもそも俺は素手だし、細かい作業をするわけでもない。討伐に支障は無かろうということで早速、迷いの森探索へ向けて準備にとりかかった。


 これまでに迷いの森についてわかったことをまとめよう。


 そもそもかの森は、ヴィガーンが棲み着くより以前からその名で呼ばれていたらしい。

 どう歩いても同じところに戻ってしまう、方向感覚が失われる、などなどの言い伝えが多数残っていた。


「それは拙者たちがエルフの秘術でもって結界を張っていたからでござるよ。人間が遺跡に入ってきたら面倒でござろう?」


 というのがラードの弁である。

 どういう術なのかは細かくは知らないけれど、謎ってのはわかってしまうと「なーんだそんなことか」ってなるよな。

 だがヴィガーンはその結界が効かないのだろうか?


「それも調査する必要があるでござるな。結界が破られた可能性も否定はできん。拙者たちにもはっきりしたことはわからんのでござる。なにせモンスターが出る上、立ち入り禁止になってしまったのでな」


 仮に結界が残っていたとしても、ラードと一緒なら問題はないらしい。

 なんと頼りになる男か。


「私の祖父がバイラミーの生息地にたどり着けたのはなんでなんでしょう?」


 オリーブのお祖父様は度々森に入ってはバイラミーを採取していたらしい。

 ポーションの製法だけでなく、採取の方法も秘密にされていたため、オリーブも研究には苦労していたようだ。


「族長によると我らはオリーブの祖父殿の他、何人かの人間とは秘密の取引があったようでござる。森や遺跡を荒らさないこと、それと何らかの対価と引き換えに立ち入りを許されていたとか。祖父殿は対価としてポーションを提供していたそうでござる。あれほどの効き目がある品物。こちらとしても大助かりというわけでござるよ」」


 確かに、あのポーションであれば大変な価値があるだろう。


「祖父がポーションを作れるとなぜ知っておられたのですか?」

「祖父殿はオリーブと同様、薬師として高名な方でござった。我らのほうからバイラミーを使ってなにか作れないか、という依頼があったぞうでござる。それによってできたのがかのポーションというわけでござる」

「なるほど、そういう経緯だったのですね……」

「なぁ。ものは相談なんだが、あのポーションとか、かのポーションとかの呼び名だとややこしいし、正式な名前を付けたらどうだ?」


 俺の提案を聞くと、オリーブは腕を組んで唸りだした。


「うーん……。祖父が何か、名前を付けていた気がするのですが……。そうだ! 確か、ヴァイタミンという名前だったはずです」

「ふむ。良いんじゃないか?」


 バイラミーからできるヴァイタミン。覚えやすくて良いじゃないか。なんか栄養ドリンク的な手軽さが感じられて、幻のポーションって気がしないけど。


 その後、ラードとオリーブはヴァイタミンが完成した暁にはまた取引をする、ということで話をするめることにしたようだ。

 その辺の話は俺には関係ないので好きにしてもらおう。


 続いて、肝心のヴィガーンについて。

 この情報収集は難航した。まず遭遇者で生き残りが少ないこと。苦労して見つけても錯乱したり恐怖のあまり記憶が混濁してしまっている者が多かったことだ。


 有益な話は、パームの両親の殺害現場を目撃した者から聞くことができた。

 その男と約束を取り付け、俺一人で彼の家へと赴いた。さすがにパームとアマニは連れてはいけなかった。二人もそんな事件のこと、思い出したくもないはずだからな。


「アレがなんだったのか、よくわからないのです。黒いモヤのようなものの塊でした。ただその中に、黒く、長い髪をした女のような影が見えた気がするのです。それで、あれは魔女に違いないと……」


 その男は、その時の恐怖をも思い出してしまったのか、極寒の地にいるがごとく激しく震えだした。話しながら歯のぶつかり合う音がカチカチと鳴っている。


「パームの両親はどうやって殺された?」

「その、黒いモヤに触れたとたんです。死んだかどうかはわかりません。お二人とも意識を失ってしまったのか、まったく動かなくなってしまわれたのです。私は逃げるしかできませんでした。申し訳ございません!」


 男は責任を感じているのか、祈るような格好で硬い木の床にひざまずいた。


「落ち着いてください。俺もなにもあなたを責めに来たわけではないんです。討伐のため、少しでも情報が欲しいんです。その後、どうなりました?」

「は、はい。魔女は私を一瞥したように見えましたが、興味がなかったのか再びお二方の方を向くと、黒いモヤでその体を包み込みました。するとなんと、お二方の体が浮いたのです! そして、そのままお二人を連れ、空を飛んで森の奥へと消えていったのです。あんなのは人間業ではありません! 魔女です! オライリー様、どうか! どうか討伐をよろしくお願いします!」


 もうこれ以上、彼から話を聞くのは無理と判断し、俺は家路についた。

 結局、ヴィガーンについてはわからぬことだらけだ。黒いモヤとはなんだ? やはり魔術や魔法の類なのだろうか?

 どうやら女の姿であることは確からしい。少しづつでも確実に追い詰めて行ってやる。待っていろよ。

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