第28話 俺、決断する

 なるほど、これが言っていた例のやつか。

 と、言われても納得はできんけど。ポーションでどうにかなる怪我じゃないだろ。

 だが実際に治っているんだから信じるしかないわけで。


「まずは礼を言わせて欲しい。おかげで助かったよ。ありがとう」

「い、いえ! 当然のことをしたまでです」

「ところでこのポーション、安いものじゃないんだろ? ちゃんと対価は払わせてもらうよ。いくらなんだ?」

「これは、まだ研究段階で値段なんて付けられるようなものではありません。ですから、結構です」

「いや、そういうわけにはいかないよ。いくらでも言い値で払おう。自慢じゃないが、金ならそこそこあるんだ」


 オリーブは手を前に組んで、伏し目になった。何か考えているようだ。

 少し息を吸い込んだあと、俺の目を見つめて小さな口を開いた。


「このポーションは、ワタシの祖父が作ったものです。現存するものはこれで最後です。効き目はご覧の通りです。こんな大怪我でも治すことができます。世の中を変えかねないほどの物です。ですが、困ったことに祖父はこの製法を確立する前に事故で他界してしまったのです」

「そうか。貴重な物だろうとは思ったが、最後の一つだったか……」

「そうです。ですから、ワタシとしてはどうしても、これの製法を研究し、量産できるようにしたいのです。ですが、分かっているのは原材料だけ」

「伝説の薬草、バイラミーか」


 オリーブは無言でうなずいた。

 その目はしっかりと俺の目をとらえている。


「ですから、対価はお金ではなく、現物で頂きたいです。欲しい物はもちろん、バイラミーです」


 彼女は欲深いことを言ってしまった、とでも思っているのだろうか。唇が白くなるほど口を一文字に結んでいる。

 俺はその要求が決して高すぎるとは思わない。これだけの仕事をしてくれたんだから当然だ。


「もちろん、その条件で大丈夫だ。迷いの森で必ず見つけてくる」

「ありがとうございます! それと……もう一つお願いがあります」

「なんだ?」

「ワタシも迷いの森に連れて行って欲しいのです!」

「え?」


 そこまで言ってくるのは意外だ。

 俺たちが取ってくると言っているのだから、彼女は安全なところで待っていればいいわけで。わざわざ危険を冒す意味がない。

 しかし、彼女の表情は少しもふざけていない。眉間には軽くシワをよせ、口は一文字に結び、小鼻は小豆が入りそうなほど膨らんでいる。


「なぜ一緒に来る必要がある? 俺たちが行けばいいことだろう? 危険なのはわかっているはずだ」

「理由はいくつかあります。まずは私の研究のためです。製法も大事ですが、生産するためには原材料の確保が重要なのです。どのような場所にどのように生息しているか。それを知る必要があります。もし人の手で育てることができるのなら、わざわざ迷いの森に行く必要もなくなりますし、量産も可能になるかもしれません」

「なるほどそれは理解できる。けどそれは安全が確保されてからでも遅くはないだろ?」

「その理由は、やはりこの討伐にワタシがいたほうがいいと思うからです。A級モンスターであっても、オライリーさんを傷つけることが可能である、ということが今回の決闘でわかりました。まして、魔女ヴィガーンはS級なんです。どのような怪我を負っても不思議はありません。絶対に、ワタシの力が必要になると思います」

「う……」


 俺は返答につまった。それを言われると弱い。

 事実、これだけの大怪我をしてしまっているし、相手はそれを治してくれた技術がある。


「俺からも推薦しよう。彼女はやはり必要だ」


 パームはそう言い、隣にいたアマニは残像が見えそうなほど高速で首を縦に振っている。

 そりゃこの度はご心配おかけしましたからねぇ。


「わかった。わかった。オリーブも連れて行くよ」


 俺は恩人の頼みだから仕方なく――あくまでも嫌々ながらも――人類のためにもなることだし――という思いがこもっているのだ、ということをアピールするために目を閉じ、盛大に溜息をつきながら言った。


「ありがとうございます!」


 オリーブは額が膝に付くのでは、というほど深々と頭を下げた。

 しかし、実のところ、礼を言いたいのはこっちだ。

 だって、ポーションがこんなに効くなんて思わないじゃん!?


 ヴィガーンが何してくるかわかったもんじゃないし。迷いの森にどんなモンスターが出るかも知れない。

 オリーブがいてくれたらめちゃくちゃ安心なんだけど!


 フッ。女なんていたら足手まといだぜ――

 そんな風に思っていた時期が僕にもありました。

 はい、カッコつけてました。すみません。これまでなかった大きな力を得て、俺も知らず知らず調子に乗っていたのだろう。


 でもA級モンスターの力、セル=ライトの限界がわかってきた今、回復要員がどれほど頼もしいか。

 どんな屈強な軍隊だって、医師はいるしな。

 やっぱ大事なのは医療でしょ。そしてそれがあるという安心感よ。


「だが、身の安全は保証できない。前線に出て戦え、ということはないが、自分の身は自分で守るように。できるか?」

「はいっ!」


 俺はそんな内心を知られぬよう、目を閉じ目頭に深いシワを寄せ、腕を組んで普段より低い声を出した。

 ほら、S級としての威厳とかそういうのあるじゃん?

 やっぱリーダーとしてしっかりしていないと、ね。


 こうして俺たちのパーティーに新メンバー、オリーブが加わったのである。

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