第27話 俺、復活する
どうやらいつの間にか気絶してしまったらしい。
ぼんやり視界が白くなっていく。
背中に柔らかい物があたっている。清潔で洗濯したての匂いがする薄い掛け布団が首元まで掛けてある。
目を動かすとシミ一つない白いカーテンが周りを囲っている。
その光景はぼんやりした頭に学校の保健室を思い出せた。
カーテンは陽の光を浴び、それ自体が発光体のように柔らかい光を放っている。
昼間まで寝てしまったのだろうか。いつから気を失っていたのか思い出せない。
体を起こしてみようと右手を支えにしたとたん、激痛が走った。「いでっ!」という情けない声を出してしまったが、お陰ですこし頭が冴えてきた。
そうだ。俺は右手を失ったんだ。
パームに肩を貸してもらい、リング外に引っ込んだとき、俺は猛烈な眠気に襲われた。
石の硬く冷たい床ではあるが、もうここでいいわ、と思えるほどの眠さだった。
医者が来るまで少し横になっていよう、なんて思って寝転がった。
そこまで思い出した。
そして今だ。
治療はもう終わっただろうか。
しかし、不思議なもんだ。失ったはずの右手がまだある感じがする。
幻肢痛というのは聞いたことがあるが、本当だったらしい。
さっきまで白かった視界が暗くなっていく。これからのことを思うと気が重い。
俺はゆっくりと、自分の手を見た。
どんな恐ろしい状態だろうが、それから逃げることはどうせできないのだ。
見たくないものを見ないようにしたところで、それが消え失せるわけではない。
どれほど目をそらしたくなるような顔が写ったとしても、毎朝鏡を見て、ヒゲを剃り、髪を整えねばならないのだ。人生なんてそんなもんだ。
「あれ? ついてる?」
そこには見慣れた右手があった。
手の甲にある小さいほくろ。幼い頃、彫刻刀で付けた小指の小さい傷跡。
紛れもなく俺の右手だった。ずっと共に行きてきた相棒だ。見間違いようがない。
ただ違うのは、まるでナメクジが手首を一周這ったかのように残った跡があること。
火傷が治った跡のように、ケロイドになっているみたいだ。
試しに動かしてみる。
手をパーに広げるのは問題ない。グーに握ると手首の奥に鈍い痛みがあった。
それに、握力もだいぶ落ちているように感じる。目一杯握ったつもりでも指先が白くならないのだ。
ま、これなら日常生活には問題なさそうだ。
しかし、一体誰が? どうやって?
完全に噛みちぎられたんだぞ。
即治療したからといって、簡単にくっつくもんじゃあるまい。
この世界の医学ならなおさらだ。
俺の見た感じ、ここの医学はかなり古いものだ。
さすがに
ただこの世界に俺の知っているウイルスがあるかどうかは、俺もわからないのだが。
そういうしていたらもう完全に目が覚めた。
手以外に問題はなさそうだし、歩いてみることにする。
カーテンを開くと、ちょうど目の前に女性が立っていた。
彼女はいきなり開いたカーテンに驚き、びくんと体を震わせた。
「ひゃぁ! オライリーさん! 目が覚めたんですね!」
「ええ。おかげさまで。ここはどこです?」
「決闘場の医務室です。すぐにお連れ様をお呼びしますね。このままベッドで待っていてください」
全身真っ白い服だし恐らく看護師さんだかなんだかだろう。言われるままにベッドに寝転んだ。
さて、あれからみんなどうなっただろう。とくにレオが気になる。
処分などされていなければいいが。
「オライリーさん!」
「目覚めたか!」
まずアマニが飛び込んできて、その後ろからパームが入ってきた。
アマニはそのままの勢いで俺の首にしがみついた。
「うお! お、おい、アマニ」
「うぅ……」
アマニは嗚咽をもらし、涙をこぼしている。
パームを見るが、少し呆れつつも、まぁ今は好きなようにさせてやってくれ、とでも言いたげな表情をしている。
パームが止めないのなら、俺も遠慮なくこの状況を楽しむことにしよう。
うーむ。なんだろう、この五月の森のようなさわやかな香りは。
それに冬の寒い日に買った中華まんのような、温かく柔らかいものの感触が衣服の向こうから伝わってくるぞ。
「オライリー、痛みはあるか?」
「うん? ああ。少しな……っていうか! どうやってつなげたんだ!?」
パームに話しかけられて大事なことを思い出した。
気持ち良くなっている場合ではない。まずはこの手がどうしてこうなったのか、それが知りたい。
「ああ、それは……お、ちょうど来た。彼女のおかげだよ」
部屋の入口に誰かの気配。
見ると、そこに立っていたのは見覚えのある女性だった。
「あれ、確か……オリーブ?」
「は、はい! 覚えてくれていたんですね」
面接で一番最初に落としたA級冒険者、薬師のオリーブだ。
彼女のような存在は珍しかったのでよく覚えている。女性、小柄、戦闘はからっきし、それでA級冒険者というのはかなりレアなんだ。
彼女の評判は高かったが、まさか切れた手をくっつけるなんて芸当ができるのか?
「一体、どうやって?」
「はい。このポーションです」
彼女は肩から斜めに掛けたカバンに手を入れ、大事そうに青い小瓶を取り出した。陶器、あるいはガラスか? ちょっと角ばった徳利みたいな形で小さな口にコルクのようなもので蓋がしてある。ちょっとここいらじゃ見ないデザインだな。
「ポーション? それで手首が元通りになったってのか?」
にわかには信じがたい。
ポーションって飲み薬だろ? いや、塗り薬だとしたって、普通に考えて無理だ。
「もちろん、ただのポーションではありません。これこそが、伝説の薬草を使ったポーションなんです」
そういう彼女はフンスと鼻から勢いよく息を吹き出した。いつもは気弱そうな彼女がこうなるのだ。よほど自慢の一品らしい。
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