第26話 俺、狼狽する
ああああああああ俺の右手俺の右手があああああああああ!!!
ふざけんなフザケンナふざけんなフザケンナふざけんなフザケンナふざけんなフザケンナ!!!
右手が右手右手が!右手が右手が!右手が!!
体の震えが止まらない。
どうすんだ。どうすんだ。どうすんだよ!
なんで俺がこんな目にあう!?
これじゃ魔女討伐なんて。いやそれどころか日常生活にだって支障をきたす。
レオが俺の元へ駆け寄ってくるのが視界の隅に見えた。
もうどうにでもしてくれ。
俺のセル=ライトは切れた。防ぐ手立てはない。
いっそ殺せ。
もう生きていてもしかたがない。
だがレオは俺の右手を、その巨大な舌で舐め始めた。
「お前……」
レオは右へ左へと動いたかと思うとまた舐める。
誰か、誰かなんとかしてくれ。まるでそう言っているかのように。
自分のしたことを、してしまったことを理解しているらしい。
「正気に戻ったか?」
レオはクゥンクゥンとそのデカい図体からはありえないほどか細い声で鳴いている。
そんな姿を見ていたら、俺もだんだんと落ち着いてきた。
よくよく考えてみれば、俺は普段から武器を握るわけでもない。
手がなかろうが、セル=ライトの放出に問題はないだろう。
そりゃ細かい作業とかいろんなものを握れなくなるのは不便だろうが、討伐にはいけるはずだ。
なんとかなる。きっとなんとかなる。
「レオ、大丈夫。大丈夫だ」
鼻先を撫でてやると、レオはクゥンと一つ鳴いて、地面に伏せた。
「見ろよ」「モンスターが大人しくなったぞ」「人に懐くもんなのか?」「あれもS級の力なのか? すげー!」観客が口々に驚きの声をあげた。
「そうです! モンスターは決して、危険ではないんです!」
そこで声を出したのはケトンだ。
その細い体からどうやって出しているのかというほどの大声である。
観客たちは、さらにざわめいている。
「あのリオは……ゴールドリオンは、本当は大人しいんです! 研究所で育てていたモンスターなんです! それを薬物で無理やり、興奮状態にさせられて、こんなことをやらされているんです!」
客たちは、王や王子の方をチラチラ見ながら、なにやらささやきあっている。
どうやら風向きが変わってきたようだ。
「ギャン!」
リオが悲鳴をあげる。またあの矢だ。
俺は唸りだすリオの顔に覆いかぶさった。
「リオ、落ち着け、落ち着くんだ!」
「グフー、グフー」
リオは呼吸を荒くしながらも、なんとか自分を抑えようとしているのか、床に伏せた姿勢を保っている。
「グアア!」
リオが大きく吠え、頭がビクンと動いた。
ついに抑えきれなくなったか、と思ったがそうではなかった。
なんとリオは自らの右前足を噛み始めたのだ。
正気を保とうとしてのことなのか。
俺に対して行ったことと同じことをして自らを罰しているかのようにも見えた。
みるみる血溜まりができていく。
「やめろ! やめるんだ!」
そんな事する必要はない。
お前に罪はないんだ。
「おい見ろ! 矢だ!」「なんてことしやがる!」「やめろ、やめてくれ!」「かわいそうだろ!」客たちも異変に気が付き、声をあげている。
リングに物を投げ込む者も出てきた。
肩車で貴賓席に上がろうとする者までいる。貴族たちは慌てて逃げ出した。
その貴賓席の最上段に王。その一段下には王子がいる。
王が立ち上がった。
「グルテン。この失態、どう責任を取るつもりだ?」
「ひっ」
王に一瞥され、王子は腰を抜かし、へたりこんだ。
その様子を見て、王は大きなため息を吐いた。
「静まれ! 静まれ皆の者!」
王は手に持った笏を掲げ、信じられないほどの大声を出した。マイクもスピーカーもアンプも拡声器もないというのに、会場のどこにいても聞こえるほどの声だった。
客は一瞬にして静まり、動きをとめ、肩車から降り、王の方を見た。
これが王たるものの胆力なんだろうか。甘やかされて育てられたとしか思えない、あの王子とは違うらしい。詳しい歴史は知らないが、きっとなるべくしてなった王なんだろう。
「この決闘は無効とする! オライリーとモンスターを早急に治療せよ! 詳細は追って触れを出す! 今日のところは皆、大人しく帰るように! 解散!」
とたんにレオが出てきた門が開き、大きな檻が運び入れられた。
ケトンと同じような、白い作業服風の服を着た男たちが、檻の両側の鉄棒を持ち懸命に押している。
研究所の職員たちだろう。
檻のこちらを向いた面がバタンと倒れ、開いた。
リオは自ら檻の中へと入っていった。
「リオを頼んだ」
殺したりしないでくれ。そういう意味を込めた。
職員はまっすぐ俺を見返し、大きくうなずいてくれた。
彼らとて、俺と同じ気持ちなのだろう。
「オライリー!」
パームが走って向かってくる。
その顔が見え、声が聞こえた瞬間、俺の腕がまた痛みだした。
いや、痛みを気にする余裕が出てきたというべきだろう。
思わず右手首をありったけの力で握った。
思ったほど出血はしていない。
もっと噴水のように吹き出すかと思ったが、輪切りにしたオレンジを握ったように、じわりとにじみ出るような出血だった。
「すぐに治療する。こっちへ来てくれ」
パームは俺の腕を自分の肩に回し、もう一方の手で腰を抱いて、俺をリングから連れ出した。
そんな俺の背中には、客席からの割れんばかりの歓声と大きな拍手が降り注いでいた。
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