第25話 俺、疲れる
後ろに飛び退いた俺は、噛まれたところを触ってみた。
肩を二回ほど回してみる。大丈夫そうだ。
久々の痛みで驚いてしまったが、ダメージはそれほどでもなく、安心した。
驚いたのはレオも同様だったらしい。
高速で瞬きしながら俺を見ている。
そこで、どっと沸き起こった歓声に驚き、身を縮こませた。
ぐるりと客席を見渡している。
自分がどのような状況におかれているか、理解しようとしているようだ。
なんだか、さっきより落ち着きいてきたんじゃないか?
目に理性の光が宿ったような気がする。先程までの真っ赤な目ではなく、黒目がちな瞳がよく磨いた黒曜石のようだ。
内蔵に響く攻撃で目が覚めたか?
「オライリーさん!」
ん? ケトンの声?
見ると人がいなくなった客席最前列から身を乗り出すようにしてケトンが叫んでいる。
「レオを殺さないでください! 薬で理性を失っているんです!」
やはりな。お察しの通りというわけだ。
俺は彼女に向かって左手を軽くあげ、わかったという意思を伝えた。
だが、どうするか。気絶させたところで王子が納得してくれるとは思えない。
「ギャア!」
突如、レオが妙な声をあげた。
自分の尻を見ようとしているのか、その場で回転しはじめた。
何事かとよく見ると、尾の近くに矢が突き刺さっている。
王子め、何かやったか? 見上げると王子の隣には弓を構える兵士がいた。
あんなものはレオにとってトゲが刺さった程度のものだろう。
だが、凶暴性を取り戻させる効果はあったらしい。
あるいは矢じりに何か塗布してあったのかもしれない。
レオはまたしても俺に向かって突進してきた。
そして同じく右肩にかぶり付く。
恐らく本能的に首を狙っているのだろう。
レオは小さなころから研究所で育てられている。だから、自力で狩りをしたことはないはず。
それでも本能というものは備わっているのだ。
誰に教わったでもないだろうに的確に急所を狙ってきている。
などと悠長に観察している場合じゃなかった。
このままだとまた牙がセル=ライトを突き破ってくるかもしれない。
また肩からのセル=ライト放出を食らわせると、レオは咳き込みながら飛び退いた。
レオいつでも飛び込める距離を保ったまま、ゆっくりと横に歩き出した。
あっちも思案しているのだろう。
正攻法では自慢の牙も通じないということは理解できたはずだ。
こっちも何か策を考えないと、ジリ貧だ。
俺としては話し合いで解決したいところだが、のんびりしていればまた矢が飛んできてしまう。
ほら、王子がなにやら弓兵に言っている。これはまずい。
ならばと今度は俺から仕掛けた。
ただのフリだ。本気で攻撃する気はない。
スーパージャンプでギリギリ当たらないあたりを狙って突っ込んでいく。
レオはひょいと横に飛び、俺の攻撃をかわすと攻守交代とばかりに俺に突っ込んできた。
俺もそれをスーパー横っ飛びでかわす。
突っ込んで、かわす。
突っ込んで、かわす。
しばらくそんな調子でやりあっていた。
お互いに肩で息をしている。
こんなに運動したのは体育のマラソンの時間以来だ。あんときゃ死ぬかと思ったぜ。
セル=ライトがなかったらぶっ倒れているところだ。
有効な攻撃は出ていないものの、そんな攻防に客席は沸いていた。
うむ。ウケるのは悪い気はせんな。
しかし疲れた。疲れで頭も回らず、思考が鈍る。
糖分が足りん。これじゃ良策も浮かばんというもの。
運動不足の俺と違い、レオの方はすっかり回復したらしい。
またしても飛びかかってきた。さすが天性のフィジカルだ。
こっちはまだ息が上がっている。スーパー横っ飛びする元気がない。
そこで右手を前に出し、セル=ライトでその突進を止めようとした。
エネルギーの放出で、勢いを相殺するイメージだった。
だが、そこで異変が起きた。
その片鱗はすでに出ていた。もっと早く気がつくべきだったんだ。
先程からセル=ライトの威力が弱まっていたということに。
ジャンプの飛距離が短くなってきていたことに。
セル=ライトは使えば消費するエネルギーなのだ。
それには気がついていたものの、これまで仕事中に枯渇することはなかった。
食えば回復したからだ。
そのことがわかってから、俺は常に非常食を持つようにしていた。
戦闘中でも食えるような、干し肉だ。
だが、この場にそんなものは持ち込めない。
そして試合が長引いた結果、俺の体からセル=ライトが出なくなっていた。
レオは差し出した俺の右手に容赦なく噛みついた。
俺の体に何かが折れるような音の振動が伝わった。
次に感じたのは痛みではなく、熱さ。
手に熱湯をかけられたのかと思った。
レオも意外だったのか、いったん後ろへ飛んだ。
口の先端はまるで紅でも引いたかのようにちょこんと赤く染まっている。
そこで初めて、俺は痛みを感じた。
心臓の鼓動に合わせて、ビートを刻むように、激痛の波が引いては返す。
思わずその場にしゃがみ、痛む右手を左手で押さえた。
温かい液体が触れる感覚があった。
うめき声が口から勝手に漏れる。
見ると、俺の右手は手首から先が無くなっていた。
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