第23話 俺、デビューする
ついに決闘当日。
かなりの人出が予想されるということで、俺は余裕を持って早めに決闘場へ向かった。
早朝だというのに、すでに屋台は人だかりができていた。俺の名を書いた旗を振り回し、自作の応援歌を歌う者が見える。酒を飲んで酔いつぶれている者もいる。
イベントとしてはなかなか盛況のようだ。
「お顔が見えますとパニックになることが予想されますので、窓をお閉めください」
俺は用意された馬車に乗っていた。御者にそう言われ、大人しく従う。
これが無かったら人に囲まれ、大変なことになっていただろう。
豪奢な馬車には庶民は近寄らない。下手に通行を邪魔すれば処罰されかねないからだ。それを利用し、王侯貴族にまぎれて入場しようというわけだ。
そんな計らいには助けられ無事会場入りできたが、良いことばかりでもなかった。
てっきり控室に通されると思ったのだが、今俺がいるのは立食パーティーの会場だ。どうしてこんなとこに?
食い物があるのはいいんだけど、上流階級の方々がつぎつぎに挨拶にいらっしゃるからたまったものではない。
おかげで決闘前から気疲れしてしまった。王子め、これが狙いか!?
それにしても社交界ってのはこういうもんなんだろうか。
どこどこの伯爵だの、男爵だの全部覚えなきゃいけないのか?
名前も長ったらしくてナンチャーラ=フォン=ファン=フェン=ウンターラみたいなのばっかりだ。
これを間違ったら失礼にあたるんだろ? 楽じゃねーな、貴族ってのも。
そしてもう一つわかったこと。
これは薄々気がついていたのだが、今日はっきりした。
この国に俺のような太ったものはいないということだ。
冒険者は鍛えているのだから当然と思っていた。
だが一般人にも一人もいない。このあたりから妙だとは思っていた。
食料が不足しているわけではない。むしろ安価で大量に食える。
なぜか皆、食が細いのだ。
贅沢三昧できるはずの貴族ですら、見る限り細い人ばかり。貴族にふくよかなお方がいないなんて信じられん。
見ていると皆おしゃべりに興じるばかりで、食べ物は少しつまむ程度だ。
食べ過ぎることは下品だとか、宗教的な理由で禁じられているだとか、そういう文化があるわけではない。
むしろ逆だ。よく食べることは尊敬に値するらしい。事実、俺は食堂でいつも憧れのまなざしで見られる。
そして今も、貴族たちから同じ目で見られているんだ。
「おお、これは聞きしに勝る……」
「あれだけの負荷をかけて、平気な顔をしておられる」
「さすがS級冒険者。見事なものですな」
というわけで、遠慮なく豪華な食事を堪能させてもらった。
豪華な、といってもあくまでこの国にしては、ということで、俺からするとまるで健康食品だ。野菜たっぷりに赤身肉と白身魚がメイン。ここいらの食事で炭水化物の類はとんと見ていない。小麦や米のような植物が存在しないのだろうか?
肉は柔らかいが脂身はカットされている。なんの肉か知らんが牛肉と近い味で美味かったので大量に食わせてもらった。
食っている間は遠慮しているのか誰も話しかけてこないんだから、食もすすむというものだ。
ようやく控室に移動。そこにいても声援、振動。会場の盛り上がりが伝わってくる。
おそらく客席は超満員だろう。
と、その時、突如静寂が訪れた。
『諸君――新たなS級――本日、この――』
かすかだが声が聞こえてくる。王の声に違いない。
王の挨拶が始まったということは、いよいよ俺が呼ばれる時間が近いということだ。
「オライリー様。準備をお願いいたします」
「はい」
やってきた案内人に連れられ歩く暗く、細い通路。
先に外の明かりが見える。
あそこがリングだ。
案内されるがまま、歩いて行く。
「紹介しよう! 新たなS級冒険者オライリー!」
鼓膜が破れんばかりの大歓声が起きる。
俺の臓腑も震えるほどだ。
案内人がリングの方へ手を差し出し、口を動かしている。まったく聞こえないが、たぶん出ろということだろう。
「オライリー!」
「オライリー様ぁ!」
男の野太いどなり声。女の金切り声。老人のしゃがれ声に子供の舌っ足らずな声。
色んな声が混じって空気の塊になり俺に降りかかる。
こんな経験は生まれてはじめてだ。
とりあえず右手をあげてこたえておいた。
再び、静寂がきた。
「皆の者。これより決闘のルールを説明する――」
喋りだしたのはグルテン王子だ。
俺は事前に聞かされている内容だったので適当に聞き流した。
「さて、しかしながらこのルールでは物足りない、そんな者がいるという」
お? おいでなすったか?
ルールを一瞥した限りでは問題はなかったと思うが、ここで緊急特別ルールってわけね。さて一体、どんなルールを押し付けてくるのやら。
「S級冒険者に対しA級モンスターの相手をさせようとは失礼な話。皆もそう思わんか?」
会場はざわついた。うんうん、確かに、そうかもしれん、などなど言っている。
いやいや、まったく失礼じゃないですよ。皆さん。
「そこで、追加のルールを考えた。S級冒険者、オライリー殿には武器を使わず戦ってもらう!」
会場はさらに大きなどよめきに包まれた。「そんな! 素手でやれというのか?」「オライリー様でもそれはさすがに……」「しかし、S級だぞ? それくらいやってのけるのでは?」という声が聞こえる。
俺は王子の顔を見た。
アレだ。あの悪魔の顔をしてこっちを見ている。
しかし、俺は思わず笑ってしまいそうだった。
まさか、それが秘策だったのか?
ちょっと、情報収集を怠ったんではないですかね、王子。俺は常に素手なんですよ。なんかしてやったりみたいな顔してますけども。
「では相手となるモンスターを入れよう。皆の者、注意してくれたまえ」
俺が入ってきたのと反対、東側の門が開いた。
さて、俺の相手は……なんと、それは日差しを受け黄金に輝く……リオだった。
俺の余裕の笑みは一瞬にして消し飛んでしまった。
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