第22話 俺、見学する
決闘場はかつては定期的に決闘が行われる場所であったそうだ。
俺はアマニと一緒に、一周回ってみることにした。
古くからある建物で、四角に削った石を積み上げて作られている。もちろん職人の手仕事だ。形はそこまで正確ではない。経年劣化からか、そこかしこにひび割れ、かけたところがある。聞けば観客収容数は三万だそうだが、そんなに入って大丈夫かと不安になる。
「いやあ、初めて見たけれど、なかなか年季の入った建物だな?」
「そうですね。私たちは見学などで一度はくる場所なんで、あまり新鮮味はありませんけど」
今日のアマニはいつもと違う。
日頃なら俺のささいな話を大きな瞳を輝かせて聞いてくれるのに。さっきから何やらそっけない。
それが引っかかりながらも歩いていると、肉を焼く匂いが俺の鼻を刺激し、脳が俺の胃袋の空き容量について警告を発してきた。
久々のイベントに早くも屋台が出店しているらしい。闘技場の壁にそって建てられた、何件かの店が見えてきた。
まだ空き地があるということは、当日はもっと店が出るのだろう。
「おお! オライリーさんじゃねぇか! 焼き立てだよ、一本どうだい? なに、金ならいらねぇよ! アンタのおかげでこっちも儲かってるからなぁ。あっはっは!」
威勢のいい兄さんが手に焼き鳥のような串焼き肉を持っている。
その視覚情報に対し俺の体は正しく反応し、口内に多量の唾液を生じさせた。
「おっ、悪いねぇ。お言葉に甘えてひとついただこうかな。アマニもどうだ?」
「私はお腹が減っていませんので、オライリーさんだけでどうぞ」
え、いや。
いくら俺が食いしん坊でも、一人だけで食うのはちと気が引けるんだが。
ていうかアマニ。さっきから目も合わせてくれないね?
「さ、オライリーさん。いつまでも外を周っても同じですので、ここから中へはいりましょう」
「ふぇ? ふぁ、ふぁい」
俺は噛めば噛むほどうまみの凝縮された汁が溢れ出る肉を口に含みながら言った。
この建物は上からみると綺麗な円の形に作られている。
入り口は東西南北の四箇所。正面口は南口で、北口は王侯貴族や豪商などの専用口になっている。
俺たちは南正面口から反時計回りに四分の三周歩いて西口から入った。
中はすり鉢状になっていて中央に闘技者が戦う場所があり、周りを客席が囲っている。
北口の真上には貴賓席があって、一般客席より一段高くなっていた。
なるほどね、俺は見せ物にされるわけだ。
「ここで戦うのですね……私も決闘を見るのは初めてです」
俺が貴賓席を見上げる一方、アマニは戦う場所――まぁ円状だしリングと呼ぶことにしよう――を見ていた。
リングは土がむき出しになっている。身を隠すような物は何一つない。
壁はかなり高めで、普通の人間の脚力では乗り越えることは不可能だろう。
ここに立ったからには、相手を倒すか自分が倒されるかだ。
そうでなければ出ることは許されない。
そんな鉄の掟を、この場所そのものが物語っている。
俺も客席からリングを見下ろしてみた。
学校の二階から中庭を見ている、そんな学生時代の日々を思い出した。
体を動かすのも億劫だった俺は、よくそうして遊んでいる生徒たちを眺めていたんだ。
ただ当日はモンスターと戦うはずで、それだとこの壁でも心もとない。
モンスターは人間より大型なものが多い。ジャンプで手が届いたら乗り越えられるかもしれない。翼で飛ぶのだっている。
あの王子、ちゃんと客の安全性も考えているんだろうな?
まさか、貴賓席の連中はそれすら見て楽しもう、なんて考えているんじゃないだろうな?
「アマニ。応援に来てくれるって言ってたよな」
「え? はい」
「あんまり前にいると危ないから、なるべく上の方の席から見てくれよ」
「そんなの嫌です。それだと見えにくいですし、私の声も届きませんよ」
「そんなことより、アマニの安全のほうが大事だ。この壁を、モンスターが乗り越えてくることだってありえるからな」
「わ、私のことをそこまで?」
「当たり前だろう。俺はアマニのために生きているようなもんだからな」
「え……」
俺は医者に死を宣告されてからこっち、なんのために生きるのかを考えてきた。
生きていて楽しいことなんて、うまいもんを食うことだけだった。
俺の体がデカくなるのと反比例するように友達は減っていった。当然女にもモテないから彼女だっていない。
家族からは大飯食らいの役立たずとでも思われていただろう。
飯を用意するこっちの身にもなってみろ、顔を合わせるたび母からはそんな目で見られた。
妹が友達を呼ぶときは、絶対に部屋から出るなと念を押されたもんだ。
だがこの兄妹は違った。ここに来て、俺は初めて生きているという気がしていた。
たしかに俺自身が冒険者として一角の人物と見られていることもあるかもしれない。
けど、俺の家族は、俺が大学に合格したときも、それなりの会社に就職が決まったときも、何も変わらなかった。
俺はこの兄妹を喜ばせたい。それが俺の生きる目的なんだ。そう思う。
ふと彼女を見ると、なぜか背を向けて、肩を小刻みにふるわせている。
あれ? 俺、またキモいこと言っちまったか?
泣いている女性の扱いなんて分からない俺は、何をしていいか思いつかずオロオロするだけだった。
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