四章
第21話 俺、有名になる
決闘の情報は一夜にして国中に広まったらしい。
ネットもないというのに、この伝達の速さときたらなんだ? 田舎の情報ネットワーク的なやつか?
おかげで俺はそこかしこでやたらと話しかけられるようになった。
「おお! アンタがオライリーか! がんばってくれ!」
「S級冒険者、オライリーさんですか? サインください!」
「オライリーさん、弟子にしてください!」
などなど。
サインや握手くらいなら快く引き受けるが、弟子だの付き人にしてくれだの、果ては付き合ってくれだのいうのは丁重にお断りした。
いや、だって、弟子っつったって教えることなんてないし。気持ちは嬉しいけど女を作っている場合でもない。
あとはこんなのも多い。
「オライリーさん、コイツを持っていってくれよ!」
「S級冒険者様! お代はいただきませんので、ぜひうちの店にいらしてください!」
「武器が欲しいなら言ってくれ。なに、アンタから金は取らんよ」
ありがたいことに、何かを頂いたりすることも増えた。
装備に関してはお断りすることも多かった。俺に武器は必要ないし、鎧はサイズが合うものはない。服はサイズが合えばいただいた。
これは、純粋に助かる。特に、食い物。
最近はもう、自腹で飯を食っていない。
「おおー! さすがはオライリー様だ」
「なんと見事な……」
「あんな量を一人で? 信じられん……」
俺の食いっぷりはどこに行っても驚かれた。
尊敬や畏怖、あるいは物珍しさ。
そういった視線を数多く受けた。
人が集まってくるので、俺がいくら食っても店は繁盛していたようだ。やたらと感謝された。
うーむ、もろもろ考えると決闘というのも存外、悪くないもんだ。
もはやこの国で俺を知らぬものなどいない。国民的タレントくらいの知名度だ。
ここまで有名だと、もし不倫でもしようなら反動でめちゃくちゃに叩かれそうだ。そもそも結婚もしていない俺にそんな心配はいらんが。
「今日もごはんはいらないのですか?」
家に帰るとアマニが夕食を用意してくれていた。
すでに腹いっぱいだったので、さすがの俺もこれ以上は入らない。せっかく作ってもらったのに申し訳ないことをした。
しかも三日連続で。
この世界、スマホも無線もないから外から連絡できないんだよな。
「ああ。今日も外で済ませてきたよ。決闘まではこの調子だと思うから、明日から夕食は作らなくてもいいよ。今までありがとう」
俺もパームも金に不便はしていないから、俺が猛烈に食ってもエンゲル係数は低い。
ただ、大量の食事を用意するのは大変だろう。
これまでアマニには迷惑をかけっぱなしだった。これで少しは楽してもらえるはずだ。
「そんな……」
アマニは口を両手で塞ぎ、目を潤ませている。そんなに嬉しいのか。
これは思った以上に負担をかけていたようだ。
これからは、自分の飯くらいはなるべく自分で調達するようにしよう。
「すまない。これまでアマニたちの好意に甘えすぎてたな。ヴィガーンを倒したら出ていくからな、それまで辛抱してくれ」
すぐに出てもいいのだが、やはり最大の目的を達成するまでは、寝食を共にするのがいい。
俺とパームのコンビネーションが鍵となるだろうし。
よってそれまでは、ここにいさせてもらうつもりだ。
「いいえ! 出ていかなくてもいいんです。ずっとここにいらしてください!」
アマニはついに、透明なビーズのような涙をこぼした。
「ありがとう。そこまで言ってくれるなんて嬉しいよ」
アマニは気を使える、本当に良い娘だ。
だけど、わかってますよ。こういう社交辞令を真に受けてえらい目にあったことは一度や二度じゃないんで。
『あいつ、ちょっと面白いって褒めたらずっと話しかけてくんだけど、マジうぜぇ』
『あはは。お世辞だって気づけよなぁ?』
いつかの学校での休み時間。
女子トイレから漏れ聞こえるそれが俺の事を言っているのだと、いくら鈍くてもすぐ気が付いた。
『一人ぼっちで寂しそうだからちょっと気を使ってやっただけなのによ、調子にのんなっての』
『もー、かなえは優しすぎるんだよー』
あの女のどこが優しいんだ。
人に親切にしてやる、そんな上の立場からのほどこし、それはただの自己満足だ。あるいは自分の印象を良くするためのパフォーマンスにすぎない。
アニマがあの女と同じだとはとうてい思えない。
だが誰だって自分が一番かわいいのだ。
なんの見返りもなく人に親切にできる者など、俺はいないと思う。
人間は最後には一人だ。
人は孤独だ。自分を信じてくれるのは自分だけ。
自分を助けてくれるのは自分だけなんだ。
あまりに醒めた考えだろうか?
世の中を悲観しすぎているだろうか?
「そうだ。明日ちょっと時間あるかな」
そういえばアマニに頼みたいことがあったのだ。
彼女なら無償でも引き受けてくれそうだが、俺はそんなことはしない。ちゃんと礼は用意するぞ。
「え? あ、あります!」
「一緒に行って欲しいところがあるんだ」
「はい! よろこんで!」
彼女は人差し指で涙を拭った。すぐに笑顔を取り戻す。
これが俺にとっては報酬なんだよな。この顔を見たくて日々頑張っているのだ。
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