第19話 俺、非情に
早い!
流石に今日のうちに来るとは期待していなかったぞ。
なんたって、S級クラスの依頼なんだからな。A級冒険者だってそれほど数がいるわけではないのだ。母数が少ないわけで、俺は最悪、この三人だけでもしょうがないと覚悟していたくらいだ。
「それじゃ、ここに来てくれるよう、言ってくれるか?」
ちょうど席も一つ空いているし、このまま面接といこうじゃないか。
パームは俺の隣に移動し、斜向かいにラードが移った。
この早さで来るということは、なんの迷いもなく依頼を受けると判断した、ということだよな。
そうとう腕に自信があるに違いない。
俺の知る限りパームについで実力があるのは……まさか、コーエンとザエムか!?
あの二人の力は確かだが……あれ以来、仲違いしているというわけではないが、向こうが一方的にライバル視している感じなんだよな。
同じパーティーなんかになったらちょっとギスりそうだ。
「こちらですニャー」
ベニーに先導され、やってきたのはイメージどおり屈強な冒険者……ではなかった。
「は、初めまして」
こんなうるさいロビーでは、耳を傾けないと消え入ってしまうほどの小さな声。
そこには冒険者とは到底思えない、小柄な女性がいた。
ベニーの背後にいると隠れてしまうほどだ。
所在なさげに内股で立ち、手を胸の前で組んでいる。
これから好きな先輩に告白する女子高生みたいだ。
彼女は青い衣服の上から茶色くて使い込んで艶が出てきている革の防具を胸や肩、腰回りにつけている。
服が青なら髪も明け方の空のように青みがかった色をしている。
武器らしきものは見えない。
戦闘職ではないのか? まさか何かと勘違いして来てしまったんじゃないだろうな?
「あ、あの?」
女性は口をもごもご動かして何か言いたげだ。
あ、そうか。
想像と違いすぎて、ついジロジロと見てしまった。
「あ、ああ。どうも。あの、失礼ですが、依頼の件でいらしたのですか?」
なるほど、ひょっとしたらパーティーに入りたい、ということではないのかもしれない。
冒険に必要な道具とか、役立ちそうな情報とか、そういうものを売りにきてくれたのかもしれない。
それならありうるぞ。
ったくベニーのやつ、焦りやがったな?
こんな娘が来るわけないだろ、おっちょこちょいだなぁ。
「は、はい。ぜひ、パーティーに加えていただきたく思ってます」
小さな顔に対しては大きすぎる目を真一文字に固く瞑って言う。
蚊の鳴くような声とはこういうものか。本人としては精一杯大きな声を出しているつもりなのだろうが、集中しないと聞き逃してしまいそうだ。
しかし、聞き間違いでなければパーティーに入りたい、と言ったのか?
嘘だろ?
俺は早くもどうやってお引取りいただくかを考え始めた。
「オライリー。まずは座ってもらったらどうだい?」
お、そうだな。パームに言われて気が付いたが、彼女は立ちっぱなしだった。
あまりに想定外のことが起きてしまってそこまで気が回らなかった。
「失礼。気が利かずに。どうぞ、そちらの席にお掛けください」
「あ、ありがとうございます」
彼女は小鳥が水を飲むように頭を下げて、席についた。
礼儀正しさは好感が持てるな。
だがそれは合否には影響しない。
この際、人柄は二の次なのだ。
「まずはお名前と、志望動機をお聞かせいただけますか?」
俺、会社でも面接官はやったことないんだよな。
志望動機なんて金だよ、金。生活のために働くんだよ! 聞かなくてもわかるだろ!
なんて就活時は思ってたけど、こっちの立場になったら、そりゃ志望動機って大事なことだよなってわかったわ。
同じ目標を持てない者とは組めないよな。
「はい。えと、名前はオリーブと言います。志望動機は迷いの森にあるという、伝説の薬草が欲しいからです」
オリーブの動機は薬草、か。
それでは弱い、弱すぎる。
金や物、あるいは名声や功名心が目的では信用しきれない。
そんなものに命までは賭けられないのだ。
俺はなるべく顔色を変えないよう、次の質問に移った。
「なるほど。何か特技はあるんですか?」
「い、一応、A級冒険者です。薬師をやってます。治療もできます」
薬師として、薬剤の調合に使う薬草が欲しい、そんなところか。
しかしA級冒険者とは驚いた。
人は見かけによらないもんだ。
あと聞いておくべきは――
「学生時代に打ち込んだことはなんですか?」
「は……はい?」
「あ……。いえ、今のは忘れてください」
いけない、いけない。
そんなこと聞いてどうする。
一般職じゃないんだぞ。
就活してたころに、よく聞かれたことを思い出してしまった。
「オライリー殿。薬師のオリーブといえば、拙者も噂は聞いてござるぞ」
ラードが口を挟んできた。
「回復薬の調合と治療だけでA級にまで上がった、という御仁でござる。拙者も多少の薬草の知識はあるでござるが、オリーブ殿には勝てんでござろう。パーティーには回復役がいたほうが助かると思われるが、いかがでござる?」
「オレも知っているよ。A級になったのは最近だったよね? オレは一緒に冒険に行ったことはないけれど、オリーブとパーティーを組んだことのある冒険者からの話は聞いているよ。彼女がいなかったら死んでいた、なんていう話は枚挙にいとまがないくらいだよ」
パームも知っているらしい。
二人とも、彼女の加入に関しては肯定的なようだ。
だが、俺は違う。
実力は認めよう。
だがそれだけでは駄目なんだ。
強い使命、それがなければ人はついてこれない。
昔、ある仕事が大詰めになったとき、中心にいた同僚が無断欠勤したことがあった。
結局、ソイツは精神を病み、失踪してしまっていた。
上は一人欠けたくらいで、と言って事態を軽く見ていたが、それからは地獄だった。
ソイツが中心人物だったから、というだけではない。
一つの歯車が外れたことで、全体が回らなくなってしまう、そういうことが本当にあるのだ。
チームが空中分解するという恐ろしさをその時知った。
「伝説の薬草とはどんなものなんですか?」
「はい、迷い森の奥深くにごくわずかに生えているというバイラミーという植物で、万病に効くと言われているものです」
「ラード、知っているか?」
「無論にござる。生えている場所もいくつか心当たりがあるでござるよ」
「そうか。だがあの森はエルフのものだ。そんな貴重なものを勝手に持ち帰るわけにはいかんよな?」
「ヴィガーンを倒した報酬としてなら、渡しても許されると思うでござる。あの森を取り返すのは一族の悲願でござるゆえ」
ふむ。俺は腕を組んで、天井を見た。
天井の板の木目を見ながら考える。
さて、どう断ったものか。
何人もの志望者がくる大企業じゃないんだから、この場でちゃんと理由も言うべきだろう。
回復役は確かに欲しい、だが――
「オリーブさん。残念ですが、あなたは今回の依頼にはふさわしくないようです」
「え……?」
モスキートボイスがさらに小さくなった。
とたんにオリーブの瞳が潤んできた。
そんな目で見られたら、胸が苦しくなる。
だが、言わねばなるまい。
「我々の目的は魔女ヴィガーンの討伐なんですよ。どうやら、あなたとは目的がことなるようです」
「で、ですが、きっとお約にたてます!」
オリーブが珍しく大きな声を出した。
といっても、それでようやく常人レベルだが。
両手をテーブルについて勢いよく立ち上がった。
座っているときとそれほど高さが変わらなかったけど。
「そこは疑っていません。ですが、あそこは鬼が出るか蛇が出るか、何が起きてもおかしくないところなのですよ。死亡のリスクも当然高い。オリーブさんは戦闘力は低いでしょう? そんな危険ところに連れていけません」
「でも、伝説の薬草があれば、たくさんの命を救えるんです!」
「決して私利私欲のため、というわけではないわけですね。それは結構なことです。出来得る限り支援もしましょう。ですが、我々がヴィガーンを討伐すれば森も安全になるでしょう。それからでも遅くないのでは?」
そう、なにも危険を冒すことはない。
俺たちはヴィガーンの討伐が目的なのだ。
それが達成されれば森もいくらか安全になるはずだ。
彼女が森に入るのはそれからでいい。
彼女の理由は崇高だと思う。若いのに立派だ。だからこそ、確実になってから行ってほしい。
余計な犠牲は出したくない。
オリーブは息を一つ飲み込み何か言おうとしたようだったが、何も言えずにうつむいてしまった。
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