第18話 俺、面接官に

 俺の昇格祝いパーティーではラードと直接話す機会はほとんどなかった。最初に軽く紹介された程度だ。

 決して話の輪に加わろうとせず、少し離れたところでちびちびと酒を飲んでいる。そんな姿を覚えている。

 ずっとそんな調子だったから、楽しめているのか心配になってしまったほどだ。

 エルフを見るのは初めてだったので、俺も興味をもって見ていたのだ。


 この容姿なら女性が放っておくまい、と思うのだが、彼の周りに人は集まらなかった。

 どういうわけか女性たちはみんな俺をもてはやしてくれた。

 やれ恋人はいるのかとか、アマニとはどういう関係なのか、とか聞かれ返答に困ったものだ。

 これがモテキというやつか? などという勘違いは、俺はしない。

 きっと主役の俺に配慮してくれたのだろう。

 調子に乗って口説いたりすればひどい目にあう、ということを長年の非モテである俺はよく知っているのだ。


「オレたちもいま来たところ、と言いたいところなんだけどね。今日は依頼書を出すために早めにきたんだよ。ま、立ってないで座ってくれ」


 ギルドのロビーはこのように仲間と待ち合わせをしたり、依頼者と打ち合わせをしたりといったことに使えるよう、いくつかの椅子とテーブルが設置されていた。

 俺たちは四人がけのテーブルに斜向いになるよう座っていた。

 ラードはパームの隣へ座った。俺の正面の席だ。

 その動きは静かで椅子をずらすときもかすかな音しかたてない。彼の性格を写しているようだった。

 ゆっくりと、椅子の強度を確かめるかのように座る。


「パーティー以来ですな。オライリー殿」

「ああ。改めてよろしく頼む」


 すこし腰を浮かせ俺が手を差し出すと、ラードは握り返してくれた。

 背の高さに比例した大きな手だ。

 握ったのは右手だったが、指先の皮膚が石のように硬いのが気になった。


「それでは早速で恐縮ですが、拙者の面接を始めてくだされ」

「面接? パームの推薦なら面接など必要ないぞ?」

「いえ、このパーティーのリーダーはオライリー殿でござろう。オライリー殿に認められない限り、拙者に参加資格はありませぬ」


 この口調、そしてこの堅苦しさ。

 パーティーでもほとんど笑顔を見せなかったし、今の表情も堅苦しい。

 第一志望の企業の面接に来た新卒じゃないんだから。

 なんとなく、女性がよって来ない理由が見えた気がした。エルフってのはみんなこうなのか?


「まずオレから推薦の理由を話そう。見ての通りラードはエルフだ。そしてエルフにとって森は庭のようなもの。そんな環境で生まれ育った彼らは生粋のスカウトだよ。敵の遭遇にはいち早く気がついてくれる。そしてエルフと言えば弓だが、なかでも彼は名手なんだ。オレの知る限り一番の使い手だね。それはもう、針の穴を通すほどの正確さだよ。前衛職のオレたちからすれば、後方からの援護射撃はありがたいだろう? これほど頼りになる男はほかにいないと思うよ」


 ふむ。パームがそこまで言うなら実力は問題ないだろう。

 見知らぬ土地にいくにはスカウトがいてくれたほうがいいし、まして彼は森の専門家。文句のつけようがないな。

 あとは死ぬ覚悟があるかどうか、か。


「それからもう一つ。これは内密にして欲しいんだけど、約束してくれるか?」

「ああ。パームとの約束なら破ることはありえないな」

「そう言ってくれると助かるよ。実はね……あの迷いの森はもともとエルフの土地なんだ」


 ラードの声が、周りに聞こえぬようなささやきになった。

 それほど大事な話なら、こんな人の多いところでしないほうがいいと思うんだが。


「パームよ。それは皆知っておろう。隠すようなことではない。迷いの森は拙者たちの故郷のようなもの。だが、あの魔女に奪われたのでござる。殺された同胞も数しれず。拙者はなんとしても、あそこを取り返さねばならんのでござる」


 ラードの低い声は怒りに震えていた。

 まるで体全体に炎をまとっているかのように、熱を発している。

 目には見えない涙が浮かんでいるように思えた。


「なるほどな。よくわかった。実力、理由。ともに申し分ない。採用だよ」


 俺がそう言うと、ラードは止めていた呼吸を再開するかのように息を大きくはいた。

 俺は気楽に構えていたが、彼にとってはそれほど緊張する大事だったのだろう。

 そして初めて、少しだけ口角を上げて言った。


「感謝いたします。このラード、命に変えても必ず役に立ってみせましょう」


 俺をまっすぐ見てくる目。

 それは真実を語る者の澄んだ瞳だ。

 俺は見つめ返して一つ大きくうなずいた。


 しかし、こうなってくると動機として一番軽いのは俺じゃないか。

 親、一族の仇。土地を取り返す。彼らに対して俺はどうだ?

 パーム兄妹に恩返ししたい、それだけだぞ。

 あと、ちょっとアマニに良いところを見せたいってのもあるが……。不純だ。不純すぎる。

 俺に人のことを面接する資格なんてあるのか?


「さて、細かい話はパーティーが決まってから改めてすると致しまして、いま共有したい情報が一つありまする」

「ほう。何だ? あ、その前にその堅苦しい口調はやめてくれ。俺たちはもうパーティーだ。同格と思って接して欲しい」

「わかり申した。ご配慮、重ね重ね――」

「いや、だからそういうのはいいって」

「う、うむ。すまぬ。どうも癖でな。して、実は……あそこにはエルフにとって重要な遺跡が存在するのでござる」

「ほう? そうなんだ」

「それは俺も初耳だ」パームも目を見開いている。

「これはエルフ族しか知らぬことゆえ、当然でござる。知っての通り、拙者たちエルフ族は人間たちよりずっと古い歴史を持っておる。その遺跡はまだ人間が文明を持つ前に作られたもの。エルフもかつてはそこに住んでいたのでござるが、人間と交流していくにつれ、あまりに不便な場所にあったため徐々に離れていったそうでござる。その後は遺跡として、我らの歴史を語る物としてそこに残されていたのでござる」


 これは興味深い話だ。エルフについていい勉強になった。

 エルフが長命という話はよく聞くが、世界に誕生したのもエルフが先だったようだ。

 人間の文明よりも前、ということはそうとう古い遺跡にちがいない。


「それを取り返したい、ということか?」

「もちろんでござる。あそこには貴重な壁画なども残されておるゆえ。しかしながら、拙者が言いたいのはそういうことではござらぬ。あの魔女がいるのなら、そこである可能性が高い、ということにござる」

「どういうことだ?」

「遺跡といっても、もともとあそこはエルフが住んでいた場所。つまり居住地だったのでござる。朽ちているとは言え、少しの修復で住まいとして使うことも可能でござろう。魔女がどのような生態をしているのかは知らぬことであるが、人間に近い存在であれば、あの森ではあそこが一番住みやすいと言えるのでござる」


 なるほど、それは貴重な情報だ。

 迷いの森は広い。

 正確には不明だが、地図で推測する限り野球場が十個以上は作れるくらいだろう。

 そこからヴィガーンを探すとなると、どれだけ時間がかかることか。

 今はどんな小さな手がかりでもありがたい。


「ありがとう。百万の味方を得た思いだよ」


 大げさではない、本当に有益な情報だ。

 これだけでもラードを加えた意味があった。

 すでに報酬を払うに値する働きだ。


「滅相もない。しかして問題は、遺跡はとても不便な場所にある、ということにござる。場所はあの森の最奥部、エルフでもなかなか近寄らない場所なのでござるよ。しかも今ではモンスターも出てるということ。危険度はさらに増しているでござろう」

「モンスターなら俺とパームに任せてくれ。これでも腕はたつほうだ」


 俺はひじを曲げて、力こぶを作ってみせた。

 太さだけには自信がある。

 ま、ほとんど筋肉以外のものなんですけどね。


「S級冒険者が味方とは心強い。では道案内は拙者にお任せあれ。遺跡までの道は熟知しておるゆえ」

「希望が見えてきたね。あとはパーティー募集に参加者がどれくらい集まるか、だね」


 パームがそう言ったちょうど同じタイミングで、ベニーが慌てた様子でこちらに小走りでやってきた。

 手を上げ、左右に振っている。

 そうまでしなくても見えてるっつの。


「オライリーさん! 来ましたニャー! 希望者ですニャ!」


 え、もう?

 俺、まだ心の準備ができてないんだけど?

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