第17話 俺、依頼者に
決闘について詳細はこれから詳細を決めるので追って知らせる、ということで俺は城をあとにした。
得られたのは期待と不安。
魔女ヴィガーン討伐は進展しそうだという期待。一方、決闘という不安。
決闘もだが、それ以外にも王からどんな仕事を押し付けられるかわかったものではない。
何よりも王子という新たな障害が現れたのは想定外だった
あの餓鬼がまさかの王族とはな。最も敵に回してはいけない相手だった。
そのせいで不安のほうが大きく、俺は胃の中に石でも入っているかのような奇妙な腹痛に襲われていた。
その夜の団らん。
話題はもちろん、謁見のことだ。
パームは迷いの森へ一緒に行けるという、俺の手土産を喜んでくれた。
「なるほど、そういう手があったか! よし、それなら頼りになる仲間を連れて行こう。ほら、こないだのパーティーで会ったエルフだよ」
「パームが頼れるってんなら間違いないだろう。人数の上限は決まっていないから、あと数人、適当に見繕ってくれ。ランクはA級な」
わからないことだらけの危険な領域に踏み込むのだ。ツワモノ揃いのA級であっても、ついてきてくれる者はそれほどいないだろう。
俺としても中途半端な気持ちで来てもらってはこまる。死ぬことだって当然ありうるのだから。
強さは当然のごとく要求されるし、それに加えてパームのような強い動機が欲しい。
「しかし、決闘か。A級モンスターなどオライリーの相手では無いはず……間違いなく、なにかたくらんでいるだろうね」
「ああ。それは予想できるんだが、考えてもどういう手を使ってくるか予想できないんだ。なにをしてくると思う?」
「うーん……そうだね、毒や石化を使ってくるモンスターを連れてくるかも?」
「なるほど。それはたしかに面倒な相手だ。一人しかいないと石化されたら終わりだしな。っつっても客入れてやるんだぞ。そんな盛り下がることするかぁ?」
「ふーむ。A級と言っただけで一匹とは言ってない、とか言って群れで連れてくるとか?」
「あー。なるほど、それはあるかもなぁ。でも連れてくるのも大変じゃ?」
「それはたしかに。そんなことしたら目立つから、こっちにも情報が漏れるだろうね」
俺たちはあれやこれやと相手の出方を予想した。
が、これと言って脅威に感じるものは無かった。
俺たちの知識を持ってそれなら、王子のやってくることなど大したことではないのではないか。
自慢じゃないが、俺たちは現役冒険者でもトップクラスだ。
王子はしょせん素人。俺たちを甘く見ているのかもしれない。
そんな楽観的な気持ちになった。
そこにアマニがお茶を淹れて持ってきてくれた。
ほとんど音を立てずにコップをテーブルに置く。
まったく、見た目だけでなく所作まで美しいとは。
ご両親はどういう教育をされたんだろうねぇ。
しかしその美しい顔は、俺たちの会話をなんとなく聞いていたのだろう。不安げだ。眉をかすかに寄せ、目には薄い涙の膜が張っている。
「兄さん、なんだか深刻そうなお話ね。大丈夫?」
「ああ、ちょっとな」
パームは茶を一口含んで言った。
俺も茶をいただく。
この世界のお茶と言えば紅茶に似たこの琥珀色の飲み物だ。
紅茶なんてこれまであまり馴染みはなかったが、毎日のようにアマニが淹れてくれるうち、その味わい深さに目覚めてしまった。
特に、アマニの淹れ方は温度まで完璧だ。
熱からず、温からず、ちょうどいい。
俺は豊かな香りを堪能しつつ一口飲んでから口を開いた。
「二人とも、聞いてくれ。もしかしたらだが、アマニが狙われるかもしれん。いろんな可能性を考えたんだが、今の俺の一番の弱点といったらそこだからな」
「弱点? 一体、なんの話です?」
「今、ちょっとやっかいな相手に目を付けられててな。俺の大事なものを狙ってくるかもしれんってこと。だから、二人は身辺に十分注意してほしい」
「うん。わかった」
パームは大きくうなずいた。
「だ、大事なもの? 私が……?」
アマニはなぜか頬を赤くして下を向いてしまった。
兄貴の方はそれを見て、アゴを指でさすりつつなにか含みのある笑顔を浮かべてやがる。
なんだってんだ?
命を狙われるかもって話をしてんのに、緊張感の無い兄妹だぜ。
※
翌日。
俺とパームはギルドへ向かった。
依頼を受けるためではなく、依頼する側としてだ。
ベニーに事の次第を説明すると、早速依頼書を作成してくれた。
「いよいよ行くんですニャ。あの迷いの森に……」
ベニーは書く手を止めずに言った。
いつもタイプライターで打っているかのような整った字を書く彼女だが、今日はなんだか少し乱れが見える。
彼女も緊張しているのだろうか?
「死なないでくださいニャ。絶対に……」
書く手が少し震えていることきに気がついた。
そんなベニーの様子を見て、初対面のときのことを思い出した。
あのときは俺が不審者丸出しだったため、彼女は怯えきっていた。でも普段の彼女は快活で元気いっぱいなんだよな。
そんな活力にあふれる彼女がこんな風になるのは珍しいことだ。
かの森はそれほどまでに恐ろしい場所なのだろう。
「危険は承知の上だがもちろん、死にに行くわけじゃない。だが、一緒に行く冒険者には、その危険度を理解した上で来てもらわないと困る。依頼料はこれで足りるか?」
A級冒険者の募集依頼だが、報酬はS級並みの額を用意した。
俺にとっても安い額ではない。
一人ではとても出せなかったのだが、パームが快く協力してくれた。
服で使ったせいもあって、これまで貯めた金はほとんどなくなってしまったんだよな。なぁに、討伐に成功すれば戻ってくるから問題ない。
「十分ですニャ。ですがこの依頼、お金が目当てで来るような方では失敗しますニャ」
だろうな、と俺もパームもうなずいた。
この依頼は、そんな生半可な気持ちで受けるような者では期待できない。
パームのような親の仇であるとか、そんな使命を持っていないと精神がもたないだろう。
いざという時、逃げ出す恐れもある。
「一人は昨日言ったようにあてがあるんだ。あと最低、一人は欲しいところだね。希望者が来たら面接の上、一緒に行くかどうか決めたい」
パームが言った。
昨日聞いたエルフについてはこの後会う予定だ。
「わかりましたニャ。その旨も記載しておきますニャ」
面接するなど生意気なようだが、こちらも命がけなのだ。仕方がない。
依頼書を掲示してもらってから数日の間は待つことになるだろう。
希望者と、そして王子からの連絡だ。
一方はすぐにでも来て欲しいが、もう一方は一生来ないで欲しい。
そして、確実にこのあと来ることがわかっているのは例のエルフだ。
「で、その仲間候補はいつ来るんだ?」
「そろそろ約束の時間になる。時間には正確なヤツだから心配しなくていいよ」
一体、どんなヤツなんだろう。
エルフって話だが、エルフと言えば長命で美男美女しかいないと言われる種族だ。
この世界でも同じだろうか。
とんでもない美人が来たらどうしよう。
金髪碧眼で髪が長くて――
「お、噂をすれば、だね。来たみたいだよ」
パームはギルドの入り口を指した。
その先にいたのは背の高い男。周りの冒険者とくらべて頭一つ抜けているので目立つ。ちょうど入ってきたところのようだ。
艶のある長い栗色の髪。そこから飛び出すのはエルフ族の特徴である長い耳。顔はまるで一流の彫刻家が掘った石膏像のように均整が取れている。
一直線に伸びた鼻筋に薄い唇。長いまつ毛の下で髪色と同じ瞳が宝石のように光を反射している。
ファッションショーに出演する世界的スーパーモデルだ、と言われても信じるだろう。
こんな目立つ男を忘れるはずがない。確かに昇格パーティーで見たことがある。
名前は確か――
「拙者を覚えているか? ラードと申す」
俺たちの姿を発見すると、テーブルの横に立ってラードはそう言った。
そうそう思い出した。この見た目でなぜか武士みたいな喋り方をする妙なエルフだった。
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