第16話 俺、決闘に
「妙案? ほう。そなたがそのようなことを提案するのは初めてではないか。申してみよ」
王は不安そうではあるが、我が子の成長を喜ぶ親の顔を少しのぞかせている。
が、あの邪悪を煮込んだような王子の顔を見るに、もろくなアイデアじゃなさそうだ。
王にはあの顔が見えていないのだろうか。これが親バカというものだろうか。
「ありがとうございます。アイデアというのは決闘のことです。決闘とは、かつては我が国の市民の娯楽だったと聞きます。しかし、ご承知かとは存じますが、さまざまな理由から現在は行われておりません。それを久々に昇格したS級冒険者を祝うという意味で、今回に限り復活させてみては、と。このところモンスターの数が増えたせいか、市民たちの生活は以前より貧していると伝え聞いております。その日頃のうっぷんを晴らすという意味、そして王の威光を知らしめるという意味でも良いのではないかと具申いたします」
決闘は、前の世界にもかつてはあった。
この国の文化レベルは前の世界から数百年は遅れていそうだが、しかし同様に決闘は廃れているという。
理由までは聞いていないが、きっと野蛮だとか危険だとかそういう批判を受けてのものだろう。
あるいはモンスターのような危険な存在が身近に存在するから人間同士で戦っている場合ではないのかもしれない。
ただ戦いは娯楽にはなり得る。
命のやりとりをする決闘は消えたが、格闘技は残ったのはその証拠だろう。
野球やサッカーのようなスポーツですら、実は戦いや戦争を模したものだったりする。
そういったものに、人は本能的に興奮するものなのだ。それはここでも変わらないのだろう。
「決闘か。聞きたいことはいろいろあるが、まずは対戦相手はどうする? オライリーの相手になる者などおるのか?」
俺はただ一人のS級。しかも歴代最高の決闘値ときた。
人間相手に戦ったことはないが、これまでモンスター相手には無敗だ。A級モンスターですら物の数ではない。
自慢じゃないが、冒険者仲間からは一目置かれている。
俺の知る限り、俺以外ではパームが最強の冒険者だが、もしヤツが相手となるならたとえ国賊とみなされようとも断るつもりだ。
大きな恩のあるパームを傷つけるくらいなら処刑されても構わん。
「いえ、そもそも人対人であることが決闘の問題だったわけで、今回はモンスターと戦っていただく、というのはいかがでしょう?」
なんだ、モンスターか。
俺はひとまず安心した。コイツもそこまで性悪ではないようだ。
決闘が無くなった理由の一端もわかったぞ。
「オライリーはS級だぞ? 相手になるモンスターなどおるか? いたとして、そのようなモンスター、どう用意する?」
「さすがにS級モンスターを捕らえることは難しいでしょう。ここはなんとかA級モンスターを用意いたします」
「それなら可能かもしれんが、それではオライリーが勝つのは目に見えておるぞ?」
「もちろん、おっしゃる通りにございます。ですが、あくまでこれは父上の代になって初めてのS級冒険者の誕生を、市民も一緒になって祝い、そして彼らにお披露目するためのお祭りとお考えください。オライリー殿には気持ちよく勝っていただいて、華々しくデビューしていただきましょう」
「なるほど、な。市民にとってはひとときの娯楽にもなろう。オライリー殿、どうだ?」
怪しい。怪しすぎる。
この提案は一見、もっともらしさがあるが、なーんか裏があるんだろうなぁ。
あの顔を見ろ。
何でもない風に、うっすら笑顔を顔面に貼り付けているが、その薄皮一枚めくった裏にどす黒いものが隠されているのだ。
お前は薄皮あんぱんか。四個入りのアレか。
アレは美味いけど、この話に乗るのは不味そうだ。
だが断れば面倒なことになりそうだ。王も乗り気のようだし。
普段は問題児であろう我が子が、珍しく良いアイデアを出してきたのだから当然か。
どうやって断るべきか。「いくらモンスター相手とはいえ、殺戮ショーをするというのは良い気分ではない」これは本心だが理由としては弱い……。
「いかがか? オライリー殿にとっても悪い話では無いと思うが?」
グルテン王子が早く答えろとプレッシャーをかけてくる。
言外に「断ったらどうなるか、わかっているだろうな?」という脅迫めいたものを感じる。
「わかりました。その話、お受けしましょう」
しかたがなかった。
どうなるのか知らんが、俺一人のことならどうとでもなる。だが、世話になっているパーム、アマニをはじめギルドの面々にまで迷惑はかけたくない。
引き受けておけば、俺だけが苦痛を味わうだけで済むはずだ。
いうて俺もS級だ。命までは取らんだろう。
そう信じよう。
「よしよし。ではグルテンよ、決闘のことはお前に一任するぞ。よいな?」
「はっ。お任せを。このグルテン、必ずやご期待に添えてみせます」
「はっはっは。頼もしいではないか」
などと言ってお辞儀などしている王子。
床を見つめるその顔が横から見えた。
何だあの顔は。
モンスターは人間にとって恐ろしい相手だ。こちらの命を奪おうとするのだから、そう見えるのは当然だろう。
実際は、彼らはただ懸命に生きているだけだ。
むやみやたらと人を襲ったりしない。
ヤツらの腹が減っているときに目の前を通れば食われるだろう。
だが満腹なら無駄に狩りはしないんだ。
俺たちだって日々、何かの命を食って自分の命をつないでいる。
魚や家畜からすれば、俺らはモンスターと違いはない。
ヤツらの縄張りに入れば襲われるのも当然。
俺たちだって地面を蟻が歩いていたって何も気にしないが、これから横になろうというベッドの上だったら手で払うだろう。潰すことだってあるかもしれん。
彼らはただ、自分の生活を守っているだけだ。
自らの、家族の生命。食料や財産。安心して眠れる場所を脅かされたくないだけだ。
ミノの父親だってそうだ。
あれが村を襲ったのはミノを取り返すためだ。
怒りに満ちた表情に見えたが、当然のことだ。
村人たちはあの顔に恐怖しただろう。
だが、ミノタウロスにも恐怖があったはずだ。
人間の領域に踏み込むのだ。きっと死を覚悟していた。
そうまでしても取り返さなければならなかったのだ。
そんなモンスターたちの姿は気高くもある。
ただ純粋に生をまっとうしようという美しさがある。
だがこの顔はどうだ。
王子の顔は、俺が今まで相手にしたどんなモンスターよりも醜悪だった。
普段から汗かきの俺だが、今流れている汗は普段のものとはちがう。
皮膚にビー玉が張り付いているかのように流れていかない。粘り気のある、いやな汗だ。
俺は今、恐怖しているのだ。
数々のモンスターと対峙してきた俺がだ。
権力という力を持った人間の欲望に。
復讐心を満たすためだけに人の命をもて遊ぼうという人間の醜さに。
こんな顔をするこいつはもはや人間ではない。
モンスターですらない。
悪魔というものが存在しているならきっとこんな顔をしているだろう。
王からはそんな王子の表情は見えない。
こっちの気も知らず、満足気に高笑いしていた。
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