第15話 俺、御前に

「陛下。オライリー様をお連れいたしました」


 中から返事があったのでドアを開けてもらい、案内してくれた方と共に中に入る。


 謁見の間というのはこう、長細くて両側には柱がダーッと並んでいて真ん中に赤い絨毯が敷いてあってそれを挟むように槍を持った護衛の騎士たちが並んでいて一番奥に豪華な玉座があって王はそこにでーんと座っていて……と思っていた。

 だが招かれたのは、金持ちの家の応接室、とでもいうような部屋だった。


 細かな彫刻の施されたドアを開けると、正面にはテーブルとソファという応接セット。そのさらに奥には王の座る大きなデスク。

 右の壁には書架があり、この国の歴史を記していると思わしき古い書物が並んでいる。左には天井ギリギリまである大きな肖像画が飾られている。先王のものかもしれない。

 その他、花が生けられている花瓶などあり、それぞれが一級品であることは俺にもわかるが、といって王の部屋と言われて想像したものよりはずっとシックで趣味が良い。


 俺以外に客は招かれてないようだし、これはさほど大きな行事ではないらしい。

 ま、そりゃそうか。いくらS級といっても俺などただの一般市民の冒険者にすぎないんだからな。


 王はデスクに座り、なにやら書類にサインなどしているご様子だった。

 書き終えるまで待つこと数十秒。俺の方へ顔を向け、微笑んだ。

 意外と若い。

 四十代くらいか?

 栗色の髪に彫りの深い顔立ち。綺麗に整えられた口ひげなど生やしている。若かりし頃はさぞかしおモテになったんでしょうなぁ、というイケオジだ。

 生地の質から見て服は安物ではないものの、正装ではなさそうだ。上着は前にボタンが付いている。この世界ではこのような手の込んだ服は珍しい。この時代でいうスーツのような服だろうか?

 赤いローブを纏って笏とか持ってるのかと思ったら、そんなことはなかった。


「よく来てくれた。噂は聞いているぞ」


 俺は早速、事前に教わった通りに片膝をつき、頭をたれた。

 さて、問題はこの姿勢にどれだけ耐えられるか、ということだ。

 なんてったって、膝にかかる圧力がとんでもない。

 以前の俺だったら数秒が限界だったが、今はセル=ライトのおかげで数十分は持つ。

 それまでに王の話が終わってくれるか、だが……。


「お招きに従い、参上いたしました。私、この度――」

「ハッハッハ! 良い良い。堅苦しい挨拶はやめてくれ。さ、そこにかけてくれ」

「は、はっ!」


 王がフランクだったおかげで俺の膝は助かりそうだ。

 付け焼き刃で身につけた礼儀作法が無駄になりそうだが、膝への負担を考えればそんなことは些事だ。


「ほう。噂には聞いていたが、これは聞きしに勝る見事な体格よな」


 王は席を立ち、俺の横へ来ると、腕やら肩やら背中やらを平手でパンパン叩く。

 俺はもうこういうのには慣れっこだが、なんで人は体格が良い人を見ると叩きたくなるのか。

 ぜひどっかの研究室で調べてほしい。


「おっと、失礼。急に呼び立てて悪かったな。なにせ余の代になってから初のS級冒険者なのでな。一度、顔を見ておきたかったのだ」


 王は俺の対面に座りながら言った。話によると、以前のS級冒険者であるファティーは数十年前の人らしい。

 この王は年齢から見て即座してから二十年かそこらくらいなんだろう。

 それなら初のS級という話も納得できる。


「それに、だ。S級冒険者には、余から直々に依頼することもあるかもしれんのでな。すぐに何かあるわけではないが、心の隅にでもとどめておいてくれ」


 なるほどな。

 わざわざ呼び出した真の理由はこれか。

 だから謁見は盛大に、とはいかなかったのだろう。

 きっと汚れ仕事も頼まれるんだろうなぁ。

 あの貴族を消せ、とかなんとか。

 冒険者ごときはこうやって権力者に利用されるというわけだ。

 いやだいやだ。


「ところで今現在、何か困っていることはないかな? 余でどうにかできることなら力になろう」


 これはS級になった褒美なんだろうか?

 そのかわり何かあったときは頼むぞ、そういう意味も含んでいるんだろう。

 先に相手の要求をのもうというだけマシな部類か。


「実は、S級になったあかつきには、迷いの森にいるという魔女ヴィガーンの討伐をしようと考えておりました」

「ふむ。魔女ヴィガーンには年に数人の市民が被害にあっていると聞く。さらに昨今は被害が拡大しているということで余としても頭を抱えていたのだ。すでにギルドに依頼はいっているはずだが、倒してくれればこちらとしても助かる。もちろん、討伐に成功したあかつきには褒美をはずむぞ」

「王の寛大なお心に感謝いたします。それにあたりまして、迷いの森に入る許可を頂きたいと思っているのです」

「ふむ? 余の許しなどなくともS級であれば入る資格はあるはずだが?」

「私の他に、補助としてA級冒険者を数名、連れていきたいのです。一人ではどうしても、不安がありまして……」

「なるほど。それはもっともだ。あそこは人を寄せ付けぬ場所。何が待ち受けているかわかったものではないからな。わかった。オライリーの従者として常に共に行動することを条件に許可しよう」

「ありがとうございます」


 よし!

 褒美を聞かれたらどうしようか、あらかじめ考えてきて良かったぜ。

 これでパームも連れていけるぞ。パームがS級に上がるまで待つ必要はなくなった。


「だが決して無理をさせるな? 余計な犠牲者を出すでないぞ」

「仰せのままに」


 いいこと言うじゃない。

 悪い権力者なら命を賭して戦え、とか言いそうなところだが。

 俺、この王様、気に入った。


 その時、背後でドアが大きく音を立てた。

 振り返ると、息を切らして立っている男がいる。

 ……なんてこった。あのメイドさんを手籠にしようとしていたヒョロ餓鬼だ。


「遅いぞ! 何をしていた!」

「申し訳ございません父上。色々とありまして……」


 餓鬼は俺を素通りし、王の横に立った。

 ていうか、父上ておっしゃいました? てことは王子ってことですか?

 はは。……私の顔なんて覚えてらっしゃらないですよね? ね?

 俺の背中を、麦茶の入ったコップにつく水滴のような冷たい汗がツーっと流れ落ちた。


「ふん。どうせ侍女でもたぶらかしておったのだろうが」

「そ、そんな。滅相もございません」


 嘘つけ、図星だろうが。

 どうやらこの餓鬼の悪行は王の耳にも入っているようだな。

 しかし王の優しさが裏目に出ているって感じか。


「紹介しよう。我が国に新たに誕生したS級冒険者、オライリーだ。お前も世話になることもあるだろう。きちんと挨拶しておきなさい」

「はっ。これはこれは、遅れて失礼した。お初にお目にかかるオライリー殿。吾は第一王子グルテンと申す」


 そう言って俺の顔を見て、グルテン王子は固まった。

 俺の足先から頭のてっぺんまで何往復も見ている。

 あ、やべ。

 これは気づいたか?


 そうか。

 俺の顔など地味すぎて記憶に残らんだろうと思ったが、この体型はごまかしようがない。

 この世界の住人なら、ならなおさら珍しいだろう。

 ということに、俺の腹をじっとみる王子の目線から気がついた。


「どうした? 知り合いか?」

「いえいえ。初対面ですとも」


 そう言って王子は俺を見ると片方の口の端を上げニヤリと笑った。

 あー……こりゃ間違いなく気づいちゃいましたねぇ。

 終わった。俺の第二の人生、ここまでだわ。


「父上。ときにオライリー殿への褒賞はいかがされますか?」

「ふむ。それについては本人の希望もあるのでな。これから決めるところだ」


 あれ、さっきの話は褒美ではなかったのか。

 いや、よく考えれば褒美とは一言も言っていなかったな。

 そうかー。しかしもう欲しいものなどないけどな。


「してオライリーよ。何か褒美を取らせたいと思うが、希望するものがあれば申してみよ」

「いえ、先程の件で十分でございます」

「まあ、そう言うな。そうだ、家などどうだ? S級冒険者であれば城の近くに邸宅を構えても貴族たちも文句はあるまい」

「ありがたいお話ですが、私めにそのような場所はむしろ息苦しく感じるかもしれません」


 実際、男の独り身でそんなところは御免だ。

 実際の高貴なるお方の暮らしは知らないけど、どうせ週末ごとにパーティーなんかに誘われたりすんだろ?

 面倒ったらありゃしない。

 社交ダンスなんて踊れなるはずもないしな。


 俺と王、二人が考えあぐねているところに口を挟んできたのはなんと王子だった。


「でしたら父上、吾に妙案がひらめいたのですが、具申してよろしいですか?」


 あー、こりゃもう嫌な予感しかしませんわ。

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