三章

第14話 俺、王宮に

 S級冒険者が誕生したというのは、俺が想像するよりもとんでもないことだったらしい。

 俺のことはギルドから王室へと報告され、なんと王へ謁見するという誉れを賜ることとなった。


 いや、いらんけど!


 どうせ顔見せして、忠誠でも誓わさられるんだろう。面倒なことだ。

 褒美でもくれるかもしれんが、とくに欲しい物も無いし。

 それより俺のような一般人が、高貴なるお方の御前でなにか失態をやらかしてしまうほうが怖い。

 マナーだの礼儀だのまったく知らんのだぞ。

 この世界でなら最悪、処刑なんてこともありうるのでは?

 もし褒美として領地を、なんてことになったらどうする? 俺に領主なんて無理に決まってんだろ。考えるだけで胃がキリキリしてくる。そのせいで今日の昼飯はA定食五皿しか入らなかったぞ。


 とかく権力者とは人を自分の思いのままにするときのみ、自らの力を自覚し悦に入るものなのだ。

 前の世界の俺にとっては取引先なんて王みたいなものだった。

 接待なんて当然あったし、俺も宴会で裸踊りなんてさせられたもんだ。

 ただこの体型が面白い、というだけで。

 あのときは腹が立ったが、ウチの社長自らが頭を下げて頼んできたから、嫌々ながらやったんだ。

 あんな思いをするのはもうごめんだ。


「ときにオライリーよ。いつも同じ服を着ているようだが、ちゃんと正装は持っているんだろうな?」


 ギルドマスター、カルニンとともにギルドマスター部屋で当日の打ち合わせをしていると、そんな話が出た。

 俺は思わず自分の服を見た。いつもの冒険服だ。実用性だけを考えた、なんとも簡素な服。

 セル=ライトで守られているおかげで破れなどは無いものの、毎日これを着ているのでさすがに使用感は隠しきれなくなっている。

 いや、新品だったとして、これで王の前に出るわけにはいくまい。


「さすがに、駄目……ですよね?」


 カルニンは呆れて深い溜め息をついた。額に手をあて、首を左右にふっている。


 そうはいってもなぁ。この国の、食料品以外の物価は高いんだよ。

 服など何着も買えるものではない。だからこればかり着ているのだ。

 これ以外に持っているのはリラックスできる部屋着だけである。とても謁見にふさわしいとは言えない。


「無いなら注文してこい。金ならあるだろう? 早くしないと間に合わんぞ」


 俺の体型では、既製品はまず入らない。

 前の世界ならビッグサイズ専門店という俺向けの店もあったのだが、ここではほとんどの人が痩せているためLLサイズですらない。

 XXLでもギリギリの俺の場合、当然、フルオーダーということになる。

 レンタル衣装なんてものもないだろうし、あったとて俺が着られるようなものがあるとは期待できない。

 今から注文して、ギリギリ間に合うか、というところだ。

 カルニンが言ってくれなかったらやらかすところだった。さすが頼るべきは年長者だぜ。


 さっそく仕立て屋に行って注文してきた。

 普段は立ち入ることもない、高級店が並ぶ商業区でも、中心の好立地にある店だ。

 元の世界で言う、銀座や表参道のようなものだろう。

 まったく、俺の場違い感と言ったらとんでもなかった。うっかり女性専用車両に乗ってしまったときの気まずさを思い出したよ。


 布代、仕立て代、おまけに特急料金がついてとんでもない額になった。

 俺の貯金がほとんど無くなる額だ。

 そして、この衣装、次いつ使う機会があるかわからないときている。



「S級になるのも考えもんだぜ」


 その夜。夕食の席で俺はパームに愚痴ってしまった。


「まぁそう言わず。名誉なことなんだよ?」

「名誉じゃ腹は膨れねぇよ」

「ハハハ! 確かに!」

「笑ってる場合じゃねーぞ。パームだってS級になったら同じ目にあうんだからな?」

「そうか……。今から貯金しておかないとな」


 ま、パームなら俺よりかは安く済むだろうが。


 それより、さっきからなぜかアマニがぎこちないのが気になった。

 俺と目も合わせてくれない。


「アマニ、おかわりもらって良いか?」

「……」

「アマニ?」


 おかしい。この距離で聞こえていないはずはない。

 なのにこちらを見ようともせず、ただ黙々と目の前の食べ物を口に運んでいる。

 俺は隣のパームに顔を近づけ、耳元でささやいた。


「おい、アマニがおかしくないか?」

「うん。明らかに変だね。なんかやったのかい?」

「いや……」


 身に覚えはない。

 どう頑張っても何も思い出せない。

 だって、今朝は普通だったんだぞ。

 それからでかけて、帰ってくるまでアマニには会っていない。

 帰ってきたときも普通に挨拶していたし、夕食が始まるまでは――


「あ」

「どうした? なにか思い出した?」

「いや、まさかな」


 アマニも買い物に行きたかった、とか?

 アマニも年頃の女性。ああいった華やかなところに興味はあるはず。

 男は目的でもなければあんなところには行かないが、女性の場合はウィンドウショッピングですら楽しいっていうし。


「アマニ、注文した服ができたら、一緒に取りに行ってくれないか? どうも俺はああいう場所は苦手で」


 と、声をかけてみた。

 するとどうだ。

 アマニの表情が雲の合間からのぞく太陽のように明るくなった。


「行きます! いつですか!」

「え、ええと、半月後かな」

「そんなに先ですか……。でも嬉しいです。何着ていこうかなぁ?」


 やっぱり、図星だったようだ。

 さっきまでの不機嫌が嘘のように、鼻歌まで出始めた。

 やはり女心ってのは難しいぜ……。


 ※


 王都グリスは城下町をぐるっと城壁で囲ってある城郭都市だ。王城はその最奥にある。

 城の周りをさらに城壁で囲った上、中には堀があり侵入者を拒んている。

 そんな厳重に守られているのが白い壁に青い屋根の美しい城だ。

 城の高さもあるが、そもそも高台に建ててあるので街のどこからでもよく見える。


 まさか自分がそこに招かれるとは思いもしなかったが。

 一生、縁のない場所だと思っていた。

 興味もなかったし。

 ただ、あそこに入れるとなると、なぜかテンションが上ってきた。レアな体験ってワクワクすんだよねー。


 パーム宅まで迎えの馬車が来た。

 さすが、王族の馬車。綺麗な装飾が施された美しい馬車だ。

 それを引く馬の毛並みがそこいらにいるのとちょいと違う。光を反射した白毛はなんだか大福を思い出させた。


 道中、横の小窓にかかるカーテンをめくり外を覗くと、沿道には人だかりができており、群衆が物珍しく見送っているのが見えた。

 こんなことはそうそうないのだろう。

 人々に顔を見られると、彼らは俺を指差しなにやら言っているようだ。

 表情からはなにを言っているのか読み取れない。俺はなんだか気恥ずかしくなってカーテンを閉めた。


 門まで来ると、門番に身体チェックを受けた。

 さすがにそこは信用して欲しいと思ったが、そうもいかないのだろう。

 もちろん、俺はいつもの通り丸腰だし、今日は採取用ナイフすらも持っていない。


 巨大な城門を潜り、城までの橋を渡りきると、いよいよ城は目の前だ。

 さすがに緊張してきた。一人は心細い。

 俺は歩きながら心のなかで礼儀作法を復習した。そのとき、だ。


「いいではないか? な?」

「だ、駄目です!」


 倉庫のような建物の影からそんな声が聞こえてきた。

 男と女の声。女の方の声に緊張感があったので、俺は耳を澄ました。


「お願いします! 私にはすでに婚約者が……」

「そんなもの、知ったことではない! いいからわれの言うことを聞け! 悪いようにはしないぞ?」

「そんな……」


 ふーむ。察するに、パワハラとセクハラのよくばりセットか?

 立場の弱い者を食い物にする、そんな奴はどの場所にもどんな時代にもいるもんだ。

 過去の俺なら面倒事は御免と無視を決め込んでいただろうが、今は力がある。

 ちょっと善行しちゃおうか? ガラじゃないけど、たまにはね?

 俺は先導する人に悟られぬよう、そっと声のする方へ向かった。


 建物の間の細い路地。

 壁に手をつく男と、壁に背をつける女の姿が見えた。

 壁ドンとはけしからん。それはイケメンに限る。


「止めろ。嫌がってるだろ」


 フフ。決まったぜ。

 こういうの、一回言ってみたかったんだよ。


「ん? 誰だ貴様? 見ん顔だが」


 おいおい。

 どんな悪人かと思いきや、おかっぱ頭のヒョロ餓鬼だ。

 俺ならデコピンだけで吹っ飛ばせるだろう。


「誰でも良い。その手を離しなさい」


 俺はかるーく、壁についていた方の手首を握ってやった。


「いっ、いだだだだだ!」


 情けない声を上げ、ヒョロ餓鬼は女を離した。


「き、貴様! 吾にこんなことをしてただで済むと思っているのか!」


 まだソバカスの目立つ十代くらいの餓鬼に見えるが、良い仕立ての服を着ている。

 西洋の歴史的な絵画から抜け出してきたようなデザインだ。

 こりゃまずいな。貴族かなんかか?


「どなたか存じませぬが、高貴なるお方のやることとは思えませんが?」

「吾を知らんだと? 外部の者か? 後悔させてやるぞ!」


 やれやれ。

 この餓鬼、有名人らしいぞ。権力もありそうだ。

 顔でも覚えられたら面倒だ。ここはさっさと退散するか。


 俺は力を入れすぎないよう注意し、餓鬼のアゴをかるーくデコピンの要領で弾いた。

 すると餓鬼は

 脳を揺さぶられ、一瞬で意識を持っていかれたらしい。白目を剥いて膝から崩れ落ちた。

 口からよだれをたらしたアホ面で地面に横たわる。


「大丈夫ですか?」


 俺は女性に声をかけた。

 クラシカルなメイド服を来た若い女だ。侍女というやつだろうか。

 俺はゆっくり手を差し伸べる。


「ヒッ!」


 そう小さく叫ぶと、女は一目散にどこかへ逃げてしまった。

 失礼な、とは言うまい。

 男性から乱暴をされたばかりなのだ。男に対し恐怖を感じるのは当然のこと。


 さて、こんなことでモタモタしている場合ではない。

 俺は餓鬼をその場に置いて、とっとと城へと向かうことにした。

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