第13話 俺、S級冒険者になる
それから数日後。
ミノタウロス討伐の証が無事に認められ、俺のS級冒険者への昇格が決まった。
記録的なスピード昇格ということで、その報告を持ってきてくれたベニーも、とても喜んでくれた。
「おめでとうございますニャ! これで当ギルド歴代三人目のS級冒険者ですニャ!」
「三人目? 今までで俺以外に二人しかいなかったのか?」
「そうですよ! 本当に珍しいことなんですニャ!」
彼女はよほど嬉しかったのか、耳を激しく動かし、何度も小さく飛び跳ねている。
まるで自分のことのように喜んでくれているが、きっとこのギルドにも箔がつくのだろう。
パームはといえば、未だA級のままである。
というのもヤツめ、馬鹿正直にミノタウロス討伐への助力を一切していないと報告してしまったのだ。
一緒に討伐したことにしようと提案したのだが、ヤツは頑なに断った。見た目からも誠実さを滲ませているやつだが、想像以上に真面目だったらしい。
討伐後の協力はあったので多少の報奨は出たが、奴からすれば小遣い程度だろう。
「よっ、おめでとう!」
カウンターから離れると、真っ先に出迎えてくれたのはそのパームだった。
周りにいた冒険者たちも拍手を送ってくれた。口々におめでとうだとか
付き合いも短く、しかもよそ者であるこの俺に、なんと温かいヤツらだ。
どうも冒険者というのは、同じ冒険者に対し強い仲間意識があるようだ。
コーエンとザエムも、あれ以来絡んでくることもなく、顔を合わせれば近況を報告し合う程度の仲になっている。
このギルドを見ても、様々な性別、種族、年代の者がごちゃまぜになっているが、そんな連中が同じ依頼をこなし、同じテーブルを囲い、同じ飯を食っている。それはごく普通の風景だ。
仲のいいグループなどはあるものの、これまで差別やいじめなどを目撃したことはなかった。
最初はこの国の風土なのだと思っていたが、冒険者ギルドに限ってはどこも似たようなものらしい。
たまたま力があったから、という幸運があったものの、俺は冒険者になって正解だったと思う。
「今日はウチでささやかなパーティーでもどうだい?」
「おー! そりゃ嬉しいね。せっかくだからベニーも呼ぼう」
「俺の知り合いも何人か呼ぶ予定だよ。ま、そこまで広い家じゃないからたくさんは呼べないが」
「いやいや、開いてくれるだけでありがたいよ」
謙遜しているが、パームの家ならば三十人は呼べるだろう。
この兄妹の親は相当な成功者だったらしい。
もちろん、パームもそれを維持できるだけの財力を持っている。
なかなか楽しいパーティーになりそうだ。
※
パーム家に帰り、アマニに昇格の報告をすると、彼女も涙を流して喜んでくれた。
口元を手で隠し、嗚咽まで漏らしている。
俺のためにそこまで……。
「おめでとうございます。オライリーさん」
「ありがとうアマニ。これで迷いの森にも入れるようになった。もう少しだ」
「おいおい、討伐はオレがS級になるまで待ってくれよ?」
パームが冗談めかし、肩を組みながら言ってきた。
「それはどうかなぁ? 急いでくれないと、チャンスがあったら俺一人でもやっちまうかもな?」
「ハハハ! ま、仇がうてるならオライリーがやってくれてもオレは一向に構わないよ。ただ、くれぐれも油断しないでくれよ? 今はあまりにも相手の情報が少なすぎる」
「うむ。しばらくは情報収集だな。準備を万全にして挑もう」
などと二人で軽口を叩いていたら、アマニが溢れる涙もそもままに、ふらつきながら俺の側までやってきた。
何事かと心配になって彼女に目を移すと、なんと俺の胸に顔を埋めてきたではないか!
アマニ! どどど、どうしんたんだ!?
「ちょちょちょちょ! どうした、アマニ?」
「申し訳ありません。でも、少しだけ……こうしていてもいいですか?」
いいですか? ってこっちが聞きたいくらいなんですが。
パームの顔を見るが、優しく微笑むだけで止める様子もない。
いいんですか? パーム、いやお義兄さん。
いよいよ仇敵に迫ってきている、ということでこの兄妹にも思うところがあるのだろう。
それは、所詮は他人である俺には言っても理解できないものなのだろう。
俺はそっと、アマニの肩に手を置いた。あくまで軽く、力を入れないように。
それでも、その肩は綿あめのように柔らかく、俺は握りつぶしてしまわないかとハラハラした。
※
次の日の夜。俺のS級昇格パーティーはアットホームなのんびりとした雰囲気で行われた。
みな普段どおりの服装で気取らず、一様に笑顔で朗らかだった。
パームの友人たちは俺の知っている冒険者が主だったが、中には知らない者もいた。
紹介されてみると元冒険者だとか、装備品の手入れをしている職人とか、果てはわざわざ隣村からやってきた農民など様々な人々がいて、ヤツの交友の広さをうかがわせた。
誰も彼も気のいい連中だった。これもヤツの人柄なのだろう。
「俺、S級の人なんて初めて見たよ」
「さすが、すげー体だよなぁ」
「どれくらいトレーニングしてるんだ?」
などなど声をかけられた。ギルドで顔を合わせる冒険者以外の来賓者は全員、初対面だ。
こんなデカい男など今まで見たことがないのだろう。珍獣でも見るように興味津々だ。
すごくフランクで、妙にへりくだってくる者はいない。だがそれが心地良い。
俺もランクがS級だからといって偉ぶったりしないぞ、などと思っていたが、そんな心配は無用だった。
俺がこのパーティーの主役だったはずなのだが、俺より目立つ存在もあった。
それはミノだ。
俺が声をかけ、ケトンにミノを連れてきてもらったのだ。
実のところ、いくら小さいといえどもS級モンスターを街へ入れるというのは大変だった。
小さいので力はまだC級程度であること、そして研究のためという適当な理由をでっちあげ、S級の俺が常に監視に付くことを条件になんとか許可を取り付けたのだ。
「おお、これがミノタウロスか……」
「怖いかと思ったけど、これくらい小さいと可愛いなぁ」
「ほらほら、ミノちゃん。これ食べるかー?」
来客たちの注目はあっという間にミノに取られた。常に人だかりができている。
ミノも最初は戸惑い気味で、ケトンの後ろに隠れたりしていたが、皆に可愛がられることに徐々に慣れていった。
撫でられたり、人の手から食べ物を受け取ることも抵抗がなくなったようだ。
S級モンスターでも人間社会に馴染める、その先例になってくれればと思う。
俺が近づいていくとミノは頭突きするほどの勢いで飛び込んできた。
ちゃんと俺のことを覚えてくれているらしい。
だがミノの父親を殺めたのは俺だ。この事実が胸中にズシッと大きな石のような重さとなってのしかかる。
将来ミノが大きくなって、研究所の手に負えなくなっても、最後まで俺が責任をとらなければなるまい。万が一、ミノが、親の仇を取ると俺に挑んできたらどうするべきか。今は思いつかないが、このことはいずれ答えを出しておくべきだろう。
アマニが用意してくれた食事がならんでいたテーブルの上、さらにそこへ皆が料理や酒やらを持ち込んできたので、もはや乗り切らないほどになっていた。
常々思っていたのだが、アマニの料理は……いや、この国の料理はどれも……不味くはない。だがどうしても俺にはパンチが足りないのだ。贅沢は言っちゃいかん。いかんとはわかっているのだが、舌は正直だ。
もっとこう、マシマシなアレが食いたい! もうアレやコレを食べなくなってどれくらい経つだろうか。
「こんなんじゃ足りないかぁ? さすがS級だぜ」
「あれだけの負荷に耐えられるとは……信じられない」
冒険者どもはさすがに慣れっこだが、それ以外の客たちは俺の食いっぷりに感心しきりだ。
俺が飯を食うとどうしても注目を浴びてしまう。
俺が特別なのはおいておくとしても、この国の人々はどうもみんな食が細いというか……食糧不足というわけではないはずなのだが。むしろたくさん食うやつは称賛されるんだから、みんなもっと食えばいいのに。
そんなこんなで楽しかった夜もふけ、良きところで解散となった。
帰っていく客たちを、俺とパーム、アマニの三人は玄関先で手を振って見送った。
実に素晴らしい会だった。
こんなのは初めてだ。人から祝われるようなことなんて、今までの人生で無かったからな。
食事会などにもいい思い出はなかった。
知らない間に同窓会が行われていた、なんてこともあった。
たまに合コンに呼ばれたときも大抵は人数合わせだ。
相手の女子からはあからさまにがっかりされ、冷たい視線を浴びながら俺は旨くもない酒を飲んだものだ。
最初の頃はそれでも盛り上げようと頑張ったのだが、それも無駄だと悟ってからは静かに食事を楽しむだけになった。
だが男どもが俺を呼ぶのはただ頭数を揃えることだけが目的ではない。
明らかに自分より劣るヤツをおくことで、自分をよく見せようとしているのだ。
つまり俺は引き立て役だ。
俺の体型をイジる時間が始まると、俺は苦笑いなどして空気を悪くしないよう気をつけながら、味のしない唐揚げを口に放り込んだものだ。
そうか、今日の俺は蔑まれるのではなく、尊敬されていたのだ。
それが今まで味わったことのない、なんとも居心地の良い空気の正体だったんだ。
しかし、楽しいときがあれば辛いときもあるもの。
人生万事
俺の身に、早速S級冒険者の試練がふりかかったんだ。
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