第12話 俺、研究所へ行く
モンスター研究所は、国によって運営されている施設だ。
その危険性ゆえか、城壁の外側、歩いて三十分ほど離れた場所にあった。
研究所といってもその名称から想像していたようなハイテクなものではなく、外から見るとまるで牧場のようだった。
俺たちがミノタウロスの仔を連れて行くと、所員たちからかなりの驚きを持って迎えられた。
「ミノタウロスなんて初めてですよ!」
俺たちの対応をしてくれた所員の女性は、その仔を見て大興奮している。
彼女の様子に驚いてしまったのか、その仔は俺の足の後ろに隠れ、裾を掴んでキュウーと鳴いている。
彼女は手を差し伸べ、自分のところへ来るように促しているが、この調子では駄目そうだ。
「そんなに珍しいんですか?」
「S級モンスターですから。S級なんてどれも絶滅危惧種ですよ。出会うことすらまず無いですからね。生態もほとんどわかっていないんです。ほらー、こわくないよー」
女性職員は今度は両手を広げ、ミノタウロスの仔を呼び寄せようと試みている。
二十代前半くらいだろうか。最低限の化粧すらしていないので見た目はとても地味だ。クシも通していないだろうボサボサの長い髪を後ろに無造作に束ねている。研究に没頭しているので、身だしなみには興味がないのだろう。
その真夏のひまわりのような笑顔を見ると、本当にモンスターが好きなんだろうなぁと思う。
やがてミノタウロスの仔は、恐る恐るではあるが、その職員へ近づいていった。
職員は決して焦らず、その仔が自分から来るまで辛抱強く待っている。
お互いの手がそっと触れた。
ミノタウロスの仔が徐々に警戒を解いているのがわかる。
「ほらほらー、良い仔ねぇ」
ついにその仔を抱きしめた職員は、背中を軽くポンポンと叩き、落ち着かせようとしている。
いくら仔とは言え、S級モンスターを抱きしめるなどなかなかできるものではないはずだ。
俺としては、この仔を任せられないような施設であれば連れ帰ることも考えていたのだが、このような人がいるのなら安心しても良さそうだ。
「名前はなんというのです?」
「不明だ」
親が付けた名があるかもだが、俺は知らん。俺も名付ける気はない。きっと情が湧いてしまうからだ。
「そうですかー、それじゃあキミは今日からミノだ、決まり!」
「ミノ……? なんでそんなホルモンみたいな名前なんです? まさか、食おうってんじゃ……」
「ホルモンってなんです? ミノタウロスのミノですよ。そもそもワタクシ、肉は一切食べませんので」
言われると確かに、食に興味がないのだろうか、この人は心配になるほど痩せている。
ベージュの薄汚れた作業着のようなものを着ているが、彼女のサイズに合うものがないのだろうか、ダボダボだ。
袖から覗く腕や襟から伸びる首は、俺だったら片手で一周してしまいそうだ。
俺が手を握りでもしたら、手の骨が粉々になってしまうんじゃないか?
「食べることも虐待することも解剖することも無いですか?」
「もちろんですよ! そうですよね。ご心配なんですね。我々は生態を研究しているので、生きていることが大事なんです。だからこの仔を傷つけるようなことは絶対にいたしません! ただ……」
「ただ?」
「やはりミノもモンスターです。成長すれば人間に危害を加えるようになってしまうかもしれません。その時は――」
どうするのだろう。まさか、殺処分?
それはあまりに都合が良すぎないだろうか。
利用できるだけ利用し、その価値がなくなったら命を奪う。
そんな人間のエゴのためにミノを提供するわけにはいかない。
返答次第では――
「自然に返さなけばなりません。もしそうなったら、お手伝いしていただけますか?」
「なるほど。それは危険でしょうし、致し方ないですね。その場合は遠慮なく呼んでください」
よかった。この研究所はどこまでもモンスターを第一に考えているようだ。
俺もこれまでさんざんモンスター退治をしてきていて、個人的に思い入れのあるミノだけこんなことを言うのは都合がよすぎるだろうか?
今までの行いを振り返ると、果たしてすべてのモンスターを討伐すべきだったのか、疑問を感じ始めた。
ここで研究されているように、モンスターと人間、種族や種類によっては共存することも可能なのではないか?
それが無理でも住み分けることはできるのでは?
倒さずとも人間の生活圏内から追い払うだけでよかったものもあるのでは?
今後は向こうから襲ってこない限り、いたずらにモンスターを討伐するのはやめることにしよう。
「ご理解いただき、感謝いたします。申し遅れました、ワタクシはケトンといいます。冒険者さんは?」
「俺はオライリーです。用があるときはいつでもギルドへご連絡を」
「わかりました。オライリーさんも、ときどきはミノの様子を見に来てくださいね」
「おじゃまでなければ、ぜひ」
それから俺はケトンさんに研究所を案内してもらった。
いくつかの施設があるが、どれも木造の古い建物で研究所という感じではない。
敷地は広く、全体を木の柵で囲っている。
その中で草食のモンスターを放したりしているようだ。柵は見る限り、通常の牧場などのものより数段大きく、頑丈そうだ。
ミノの手を引き、歩きながらケトンが説明してくれる。
「ここではモンスターの生態を研究し、モンスターと共存する道を模索しています」
さっき聞いた通りだが、確かパームもそう言っていた。
通りがけにあった檻の中には、トカゲを人が乗れるくらいのサイズにしたようなモンスターがいたが、草を食んでいてなんだかのんびりしている。
研究所というよりも珍しい動物を集めた動物園という感じだ。
「実際に、共存できそうなものはいるんですか? モンスターというのは人間に害があるからモンスターなのでは?」
「毒を発生するとか、存在するだけで害を及ぼしてしまうものもいます。しかし多くは縄張りを荒らしたり、こちらから危害を与えなければ人間を襲ったりしないんですよ。例えば、ワイルドウルフなどは幼少期から育てれば人間にも懐くことはわかっています。そうなると、狩りの友や番犬として使えますね。ミノは知性が高そうなので、うまくすればコミュニケーションが取れるかもしれません」
そうだ。まさにミノの親がそうだ。
ミノタウロスは迷宮に侵入したものを襲うことはあっても外に出てまで人を襲うことなどない。
あの事件はミノがさらわれたことにより発生してしまったのだ。
「彼らも生きているだけなんですよ。ただ、懸命に……」
ケトンさんは施設内でも一番大きな建物の、ある部屋の前に来た。
金属製の二枚扉で厳重に封鎖されている。中にいるものが危険であることが予想された。
ケトンさんの細腕では扉はピクリともしなかったため、俺が開けることになった。
扉の取っ手を持ち手前に思いっきり引く。
開け放たれたそこは体育館くらいはありそうな広い空間だった。
その中央、まるで小山のような巨大モンスターが顔だけをこちらへ向けた。
そこにいたのは顔だけでケトンと同じくらいある金色のライオンであった。
金糸で作られたような体毛は、二階ほどの高さにある小さな窓から入り込む光をまぶしく反射している。
その巨体は存在だけで圧迫感を与えてくるが、大人しくお座りしていた。
それが、ケトンさんの姿をみとめるや、大きな尾っぽで地面を叩いた。その先に付いている毛は南の国の王様を扇ぐ葉っぱのように風を起こし土埃を上げている。
「これは!?」
これには俺ですら後ずさりそうになった。
敵意を向けられていないにも関わらず、とてつもないプレッシャーを感じる。
生命の本能だろうが、全身にどっと汗が吹き出るのがわかった。
「彼はゴールドリオンの成体。名前はリオです。この研究所の希望ですよ」
「ちょ! ケトンさん!」
ケトンはそう言いながら、食後の散歩でもするかのようにリオに歩み寄っていく。
俺は焦って駆け寄ろうとしたが、それは杞憂だった。リオはケトンさんの顔を、赤い座布団のような舌で舐めている。
ケトンさんも黄色い声を上げながら頭を撫でている。いやあれは撫でるというより干した布団でも叩いているようだ。
こう見ると、完全に飼い猫状態だ。
驚いた。まさか、こんなことがあるとは。あのモンスター、室内にいるとはいえ、檻もない、鎖につながれてもいない。それで逃げようという素振りもない。
「ゴールドリオンはA級モンスターです。しかし、このように人間に懐くこともあるのです」
ケトンさんの顔はよだれまみれで、シャワーを浴びたばかりのように顎からポタポタと唾液が滴り落ちている。
正直、ウゲッと思ったが、ケトンさんはまったく気にもとめずニコニコでリオを撫でている。
こ、この人ならミノを任せて大丈夫だろう。
俺は研究所をあとにした。
背後からケトンさんに抱きかかえられたミノのキューキューという悲しげな鳴き声が聞こえてきたが、俺は心を鬼にして、一度も振り返らず立ち去った。
ここで情を見せてはいけない。
悲しいが、それがミノのためなのだ。
ああ、でも最後にもう一回くらいモフっておくんだったなぁ。
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