第10話 俺、戦う

 ミノタウロスは俺を正面にとらえると、再び威嚇するように吠えた。全身が総毛立った。本能が全力で逃げろと言っている。小動物ならこれだけで気絶しかねない。

 ヤツの目は黒曜石のように黒く、光を反射して光る。その思考は読むことはできなそうだ。だがこめかみあたりにクッキリと浮かびあがる血管は、激しい怒りを表しているように見えた。


 ヤツは戦斧を両手に構えると、ゆっくりとこちらに歩を進めてくる。

 その下半身は黒毛で覆われ蹄がある。毛が長く、牛というより映像で見たバッファローを思い出させた。


 ヤツは足を止め一度軽く身をかがめると、ためた力を開放し一直線に俺に突っ込んできた。相手は超巨体。その質量を活かす攻撃だ。

 俺は軽くジャンプすると、一度膝を曲げ両足で地面を蹴る。と同時にセル=ライトを放出した。

 地面に対しエネルギーを放出するほうがより高く飛べるのだ。


 俺の編み出した技。通称、スーパージャンプである。

 みなまで言うな。そのまますぎるのは分かってる。すまん、俺には昔からセンスというものが無いんだ。


 このスーパージャンプの跳躍力は凄まじく、ざっとビルの三階程度の高さまで飛ぶことができる。着地の衝撃もセル=ライトによって守られた俺には吸収できるのでご心配なく。


 一瞬にして視界から消えた俺を、ミノタウロスは見失い、激しく頭を左右に動かして探した。

 あれほどの身長だ。これまで上を取られたことなど無かったのだろう。

 俺は上空からその様子を見てほくそ笑む。


 が、スーパージャンプにも欠点はある。

 空中で移動するすべがないということだ。セル=ライトを放出しても無駄だった。壁なり天井なり、何かエネルギーを受けるものが必要なのだ。作用反作用の法則、ってやつか?

 ヤツの頭上は隙だらけだというのに、少し飛びすぎてヤツの背後に着地してしまった。


 その音でこちらの場所は気づかれたようだ。

 耳をピクッと動かし、振り向くと再び先程と同じくらいの距離で身をかがめた。ざっと5メートル。なるほど、あそこが一足飛びで突進できる間合い、というわけだ。


 高速で飛び込んでくる巨体は、あの時のトラックを思い出させた。

 だが案外と恐怖はなかった。

 結局あのときは、ぶつかった痛みも感じなかったしなぁ。即死だったんだろうな。

 そして今はかわす力もある。


 突っ込むミノタウロスをスーパージャンプでやり過ごす。

 そんなやり取りが二度、三度と続いた。

 やれやれ、こりゃ赤い旗でも振ったほうがいいか?


 だが続けていれば、うまくこちらの攻撃範囲に着地する、という微調整ができてくる。

 どの程度の力加減で飛べばヤツの真後ろ、死角に降りられるか、なんとなく掴んできた。


 しかしそれはヤツの攻撃範囲でもある、ということを俺は見落としていた。


 着地した俺をめがけ、ヤツは振り向きざまに戦斧を振り下ろしてきたのだ。

 まるで船の錨に持ち手を付けたような斧だ。それにヤツの力を上乗せした物が、俺の脳天めがけて振り下ろされる。

 これを正面から受けるのは危険すぎる。


 そこで今度はスーパージャンプの応用編だ。

 角度を調整し、ヤツの懐めがけて突っ込んでやった。

 長い武器に対し、後ろへ引くのはむしろ危険なのだ。特にあのような先端に重量があるものは、突っこんだ方が安全だ。先端にさえ当たらなければどうということはない。根元の辺りがあたったところで、俺には痛くも痒くもない。


 上手く戦斧をかいくぐり、ヤツの胸元に頭から突撃をかましてやった。

 その衝撃でヤツは軽くうめき声を上げるとバランスを崩し、その場に尻もちをついた。

 そのような姿勢で、あのやたら重そうな戦斧を振るうことはできない。


 立て直す時間を与えぬよう、俺はヤツの顔面に向けて拳を打ち込もうとした

 が、そこでついゴブリンキングのことが頭をよぎってしまった。

 倒した後は、証明のためにコイツをギルドまで持っていかないと。こんな巨体を、馬車で半日の距離持って帰るってしんどすぎるだろ。馬も潰れてしまう……と。


 そのせいで一瞬、動きが止まってしまった俺を、ミノタウロスも見逃してはくれなかった。

 あまりにも馬鹿すぎる。そんなこと終わってから心配すればよかったのに。


 右手の甲で、蚊でも追いやるかのように、俺の体を払う。

 この程度でダメージを受けることはないが、さすがのパワーだ。

 俺は横に二メートルほど突き飛ばされてしまった。


 そこでお互いに体勢を立て直す。仕切り直しだ。

 ミノタウロスは、今度は突っ込むのではなく、ジリジリとゆっくり距離を詰めてきた。

 ヤツもここまでやる人間がいるとは思っていなかったのだろう。慎重になっているのだ。


 また胸に突撃されてはかなわんとでも言うように、戦斧を斜めに構え、柄で体の中心を守るようにしている。

 それなりに知能もあるようだ。

 これまでの怒りに任せた乱暴な攻撃とは違う。次の攻防は警戒が必要だ。


 その時だ。

 ミノタウロスはゴフッと咳をすると、口から赤黒い血を吐き出した。

 口に手を当て、その出てきた物をみてヤツも驚愕の表情をしている。


 やれやれ。安心したぜ。やっぱり俺のスーパー突撃は効いていたようだ。あ、スーパー突撃ってのはさっきの頭突きな。

 もっとも俺の予定では胸に大穴が空くはずだったんだがな。

 後ろに倒れただけなばかりか、反撃までしてくるとは。さすがS級と感心してしまった。


 どうするのかと様子を見ていると、ミノタウロスは戦斧を両手で縦に持ち、前に突き出しつつ突っ込んできた。

 だが動きのキレは最初とは比べ物にならない。

 斧も振りたくとも振れないのだろう。あの様子からみて胸骨、肋骨あたりが折れているかもしれん。


 しかし、相手が手負いだからといって油断してはならない。

 俺は少しジャンプすると、右足で軽めに地面を蹴った。

 左へ三メートルほど飛んで着地する瞬間に今度は左足で地面を蹴る。

 これを繰り返し、右へ飛んでまた左へ飛ぶ。

 名付けてスーパー高速反復横跳びだ。

 ……だから、俺のネーミングセンスに期待するな!


 ミノタウロスは足を止め、右、左と体の向きを変え、俺を追従する。

 が、このスピードについてこれていない。

 タイミングが完全にズレたところを狙い、俺はヤツに飛びかかった。

 今度は脇腹にスーパー突撃だ。


 ヤツは右後ろに吹っ飛ぶと、その勢いで戦斧まで手放してしまった。

 それはドゴッと鈍い破壊音をたて、民家の壁を粉々に砕き、その破片に埋もれた。

 ヤツは地を這って少し進み、瓦礫から飛び出る斧の柄に手を伸ばした。


「こんなデカい的なら外しようがないな」


 俺はスーパージャンプから、ヤツの背中に一直線に飛び降りてやった。

 あの斧ほどではないにしろ、俺も重さには自信がある。

 ゴキッと盛大な音が響いた。間違いなく、背骨が折れた音だ。


「グモォオオオオ!!」


 ヤツは咆哮を上げ、伸ばした手を力なく地面に落とした。顔まで地面にべたりと倒れ込んでしまい、荒い鼻息で土埃が舞う。

 生命力が強すぎるのだろう。即死できないのは、この場合は地獄の苦しみだ。


「すまん。今、楽にしてやるからな」


 俺は腰に付けた短刀を抜いた。

 これは戦闘用の武器ではない。戦果を持ち帰るための道具である。

 最初の教訓から、常にこれだけは装備しているのだ。

 そして今回は、とどめを刺すのに役立ってくれた。



 俺は戦果となるミノタウロスの頭を麻袋に入れた。さすがに全身でなくとも証明になるだろう。

 何度やってもこれは慣れるものではない。刃物で肉を断つ感覚は魚をさばくのにも似ているが、このモンスターに今の今まで生命があったのだと思うと、刃を動かすたび自分にも痛みがはしるような錯覚がある。

 口を固く結び、逆流する胃液を飲み込んだ。


 静かになったことからモンスターの死亡を予測したのだろう。安全を確認するために村人が数人、物陰からこわごわと顔を覗かせてきた。


「もう大丈夫ですよ」


 軽く手を挙げ、彼らに声をかけると、心配そうに警戒しながらも村人がそこかしこから出てくる。

 すでに命の火が消えたノタウロスの巨体にわらわらと群がる者たち。

 俺に礼を言いに来る者。

 壊れた家を前に膝をつく者。

 いろいろな姿があった。


 その中に一人、特に俺の目を引く若い男がいた。

 血の気の引いた、青魚の腹のような顔色で破壊された家々を見ている。

 他の村人と違ったのは、ソイツが小さなミノタウロスの手を引いていたことだ。

 まさか、コイツ……嫌な予感がした俺はソイツに駆け寄っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る