第9話 俺、S級モンスターと会う
その日の夕食時、俺たちはアマニにも俺たちの計画について説明した。
話しているうちにアマニの目にはどんどん涙があふれてきていた。きっと両親のことを思い出したんだろう。普段はそんな素振りすら見せないが、やはり大事な人たちを失ったという事実を、心のどこかに抱えたまま生きているのだ。
「オライリーさん、こんなことをお願いするのは心苦しいのですが、ヴィガーンは両親の仇。その討伐は私たち兄妹の悲願でもあります。兄にぜひご協力をお願いいたします。私も微力ながら、できることはさせていただきます」
そう言って深々と頭を下げる。
金の長い髪がさらりと背中から前にこぼれた。
「おいおい。アマニ、よしてくれ。これだけ世話になっているんだ。協力するのは当然だろ? それにパームは俺なんかよりよっぽどすごい冒険者だ。普段から協力してもらってるのは俺のほうなんだからな」
「ありがとうございます。本当に……」
アマニはようやく頭をあげると、俺の両手をとり、自分の額へあてると大粒の涙を流した。
彼女がこれほど真剣だというのに、俺は彼女の肌のぬくもりを感じて顔が熱くなってしまった。なんだって体は素直に反応してしまうのか。自分が恥ずかしい。
アマニの涙など初めて見た。普段は花が開いたような笑顔しか見せない彼女が、これほど感情を顕にするとは。
この兄妹にとって、ヴィガーンがいかに憎き仇敵なのかということを改めて認識した。
こんな俺だって両親に対して感謝の気持ちはある。
よく見捨てずに育ててくれたものだ。
俺は女にモテたことはないし、男の友達だって少ない。それだけ人間的な魅力がないのだろう。
それでも無条件に愛してくれるのは肉親くらいなのだ。
それを失う、しかも殺害されたんだ。その悲しみは理解はできる、とは言わないまでも想像はできる。
翌日から俺たちはS級を目指し、邁進することになる。
S級になるには規定の数のA級依頼をこなす必要がある。
ベニーに聞いたところ、パームはすでに資格があり、俺もクリア目前ということだった。
やはり優先的に良い依頼を回してくれていたらしい。さらに今後も続けてくれるそうで、それは他のA級には内密に、ということになった。
とくにあのコーエンとザエムには黙っておいたほうがいいだろう。
そしてもう一つ、最後の条件として、S級のモンスターの討伐だ。
これの難しいところは、モンスターの希少性ゆえ、発見することすらめったに無いということだ。
しかも、S級の強さは桁が違うという。
俺たちが倒したゴブリンキングも区分はA級だそうだ。
俺たちは依頼をこなしつつ、S級モンスターの情報を集めるという日々を過ごすことになった。
多少、遠出となってもA級依頼を受けることにした。
依頼をこなす数は減ったが、その方が情報を集めるには効率はよかった。
中には強いモンスターもいた。
特にオーガは強かったが、ゴブリンキングには及ばなかった。
つまり、俺ならワンパン、ということである。
他にも多数のモンスターを相手にしてきたが、脅威を感じるほどではなかった。
その後も数々の依頼をこなし、強敵と戦うことで力の使い方を覚えていくことができた。
A級依頼ですら俺には軽い、そう確信をする頃には、俺はS級の資格を得ていた。
だが俺は少し焦っていた。一度は余命を宣告された身。のんびりしている暇はないのだ。
医者も注意のためにキツめに言ったのかもしれないが、そう長生きできないのは間違ではないだろう。
こうして少しは社会のために寄与できるのなら、残り少ない時間、精一杯やりたいんだ。
セル=ライトが何なのかはまだよくわからない。
聞けば、詳しくはまだ解明されていないようだ。分かっているのは誰しもが持っている力ということ。そして俺の力は並外れているということ。
伝説の冒険者、ファティーも攻撃を一切寄せ付けず、手も触れず相手を倒したという。それもセル=ライトの力なのだろう。
それ以上の数値を俺は持っているという。ならばS級というのも決して身の丈に合わない夢ではないはずだ。
そんなある日、ギルドに行くとベニーが興奮した様子で駆け寄ってきた。
途中にいた冒険者たちを突き飛ばしながらこちらへ突進してくる。
あの細い体のどこにそんな力があるのか……。
「オライリーさん、朗報ですニャ! ホエー村がS級モンスターの襲撃を受けているそうですニャ! 緊急討伐依頼が来ていますニャ!」
おいおい、村が襲われているんだから朗報はないだろう。確かに俺にとっては良い知らせだが。
しかしなるほど、急ぐ理由はそれか。早くしないと、S級に襲われて村がどうなっているか、考えたくもない。
「よし! 受けよう。概要は?」
S級モンスター討伐なので本来はS級冒険者用の依頼だが、俺は昇格試験としてモンスター討伐に関してのみ受ける資格を持っていた。
「モンスターは一体、ミノタウロスですニャ! 急を要するとのことですので、準備でき次第、出立をお願いしますニャ!」
妙だな? ファンタジー設定ならミノタウロスは迷宮にいるのが普通なはず。村を襲うなど聞いたことがない。
この世界では違うのだろうか?
「わかった。パームが来たら俺は先に行ったと伝えてくれ」
いつもベニーが依頼を取っておいてくるので朝イチで来る必要はないのだが、今日は早めに来ておいて良かった。
これも運ということか。
準備といっても俺は特に用意するものはない。すでに待機していた馬車に乗り、取り急ぎ出発することにした。
ホエー村は酪農で有名な村。グリスからは馬車で半日はかかる。
さすがにS級とはいえ、たった一体で村が壊滅されることはないだろうが、これだけ時間がかかると相当な被害が予想される。
着く頃にはよそへ移動してしまっている可能性も高い。
焦ってもどうにもならない、と頭では分かっていたが、俺は高鳴る心臓の鼓動を抑えきることはできなかった。
※
幸いなことに、ミノタウロスはすぐに見つかった。
村へ入るやいなや、地面が割れるかと思うほどの咆哮と木が割れるような音がした。危険なのでその場に馬車を待機させ、急いでそちらへ向かうとヤツがいたのだ。
姿はまさに、ゲームやアニメでみたミノタウロスそのものだ。
赤黒い肌に盛り上がった筋肉の鎧をまとうたくましい男の体。その上に黒い毛の牛の頭が乗っかっている。その左右の側面からは悪魔を思わせる黒い角が生えていた。
そして手にはとうてい人間には扱えないであろう、巨大な戦斧が握られている。身長は三メートル近くありそうだ。
こんなもん、ゴブリンキング戦を経験していなかったら一目散に逃げ出していただろう。
さてさて、目下の問題はこの俺のセル=ライトの力がS級モンスターにも通用するかどうかだ。
さっきから足は子犬のように震えている。
あの巨大な戦斧をまともに受けたら、さすがに俺の力でも防ぎきれないかもしれない。
これまで数々の戦闘でワーホッグの突進も、チュパカブラの牙も、ワーウルフの爪も通さなかった俺のセル=ライト。だがあの巨体から放たれる渾身の戦斧の一撃の威力はこれまでで最高と想像できる。
あんな戦斧、誰が作ったんだよ。明らかにアイツ用に特注したものだろ。
幸いにもヤツはこちらに気がついていない。
先制でデカいのを一発、お見舞いしてやろうか。
いつものごとく、俺は武器を持っていない。セル=ライトは武器にのせることはできない。武器を持っても意味がないのだ。
ただ、拳にまとわせたり、あるいは放出したりはできる。その威力はそこいらの武器など無価値にするほどのものだ。一般的な人の持つセル=ライトの量では放出まではできない。俺以外の冒険者が武器を使うのはそのためだ。
俺は深夜に屋敷に忍び込む暗殺者がごとく、腰を落としゆっくり音を立てず背後から近寄っていった。
その時、ミノタウロスは顔を上げ、鼻をヒクヒクと動かしたあと、こちらへ振り向いた。
バッチリ目が合う。しまった! ヤツめ、どうやら鼻が利くらしい。
ミノタウロスは俺の姿を視界に捕らえると、地獄の底からの叫び声のような遠吠えをあげた。俺の横隔膜は振動し、本能的に足がすくんでしまった。
これがS級モンスターの威圧というものか。
さすがというよりほかない。これまで相手にしたどのA級モンスターも、これから比べたらペットのようなものだ。
俺は背中にべったりと肌着が張り付くのを感じた。
しかし見つかってしまったからには、相手がこんな化け物だろうと正々堂々とやる以外にはなくなってしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます