二章

第8話 08俺、目的ができる

 それからしばらくは平穏な日々が続いた。

 俺は冒険者として大小様々な依頼をこなし、冒険者稼業にも慣れ、それなりにお金も貯まってきた。

 もう間もなくパーム家から出ることができそうである。


「やあ、ベニー」

「おはようございますニャ! オライリーさん!」


 受付のベニーとはすっかり仲良くなった。

 今では朝一で行かずとも、俺向けの良い依頼を取っておいてくるほどだ。

 それをズルいと咎める者はいない。なぜなら、それは俺くらいしかできないような難しいものばかりだからだ。


 これだけ信頼を得たのも、あのゴブリンの一件のおかげだ。

 あのゴブリンキングは、十数年に一度出るか出ないかという突然変異体だったらしい。

 以前の記録は十年以上前に遡るという。

 その時は軍隊も出撃し、とんでもない数の犠牲を出したと記されているが、それをたった四人で倒したということで、俺たちは評価を上げた。

 特に、手も触れ仕留めた俺の活躍はパームたち三人の口伝によってギルド中に伝えられ、冒険者たちの噂によって国中に広められていた。

 おかげで俺はすっかり有名人というわけだ。


 今日はそこまで大きな仕事はなかったので、掲示板を見て残っていた軽めの依頼をこなし、昼にはギルドへ戻った。

 そこにはパームがいた。


「やあ。オライリー。暇ならこれからトレーニングでもどうだい?」


 最初は面食らったが、この国では飯のことをトレーニングというらしい。

 考えてみりゃ、体を作るのも冒険者の大切な仕事ってわけだ。力士とかの考え方に近いのかもな。

 ともかく、そういうトレーニングなら大歓迎だ。即答で「もちろん」と言って、二人でいつもの食堂に向かった。


「オライリー、相変わらずすげーな」

「ああ、あんな高負荷、俺なら耐えられん」


 食堂での俺への視線も、もう慣れたものだ。

 俺は十皿目を綺麗に平らげ「ごっそさん」と一番上に重ねた。ついクセで言っていたこのセリフだが、この国にそういった風習はなかった。今は俺のマネをして言うものもチラホラと出てきている。


 それにしてもこの国は食料が安くて助かる。これだけ食っても日本ならおにぎり一個分程度の価格でしかない。

 その代わりその他のものは高い。俺が今着ている冒険者服も、なんてことない簡素なものだが、サラリーマンの月収くらいはした。それだけすごい物なのかっていうとそうでもなく、生地も縫製の技術力も低い。糸はほつれボタンは取れかけ左右の袖の長さが違うなんて当たり前、日本じゃ商品にならないレベルだ。


「ところでオライリー。キミもそろそろS級の資格を受けるチャンスが出てくるね」


 お? さっきから何か話したそうだったが、そのことか。

 そろそろ家を出てけってことかな? 確かに世話になりすぎた。俺もそのへんは考えてたから安心してくれ。もう自立できることはわかったし、実はひっそりと家探しも始めている。


「ああ、そうだな」

「楽しみだなぁ。それで……そろそろ聞かせてくれないか? なぜこの国に来たんだい?」


 なぜって言われても、理由などない……ってか、不可抗力だっただけだ。

 って言ってもなぁ。異世界転移してきた、なんて話、信じてもらえないだろうし。


「自分探しのため、かな」


 適当に思いついたことを言ってみた。我ながらアホっぽい。


「オレもお前にそこまで干渉する気はなかったんだが……オレはもう、キミのことを家族だと思ってるんだ。だから、隠し事はなしにしよう」

「いや、俺は隠し事なんて――」

「そうだなね。ちょっと話を急ぎすぎたかもしれない。ならオレから話そう。なぜオレらの両親がいないのか」


 それは気になっていた。

 パームの家は兄妹二人で住むには広い。よく注意して見ると彼ら以外にも人が住んでいた形跡があった。彼らですらめったに入らない部屋があるし、どちらもやらないという釣り道具や編み物の道具などもある。

 俺は、そららが彼らの両親のものだろうと予想していた。


「殺されたんだよ。魔女ヴィガーンにね」


 薄々、亡くなったのだろうとは思っていたが、まさか殺されたとは……。

 何か返事すべきか、なんと声をかけたらいいか、俺にはわからず口を閉ざした。

 残念だった、ご愁傷さま、などと言っても白々しくなってしまいそうだ。

 俺はまだ、彼ら兄妹を表面的にしか知らないんだから。


「自分探しでそこまで生き急ぐようなトレーニングをするはずがない。キミもなんだろ? キミもヴィガーンを倒しに来た。違うかい?」


 俺は言葉に詰まってしまった。全っ然違うんですけど。

 だが、そうも言いにくい雰囲気だ。パームはめちゃくちゃ真顔で、何か期待するような眼差しを向けてくる。

 考えがまとまらず黙っていると、さらにパームは続けた。


「S級になればヴィガーンの住むという迷いの森に入れる。だからそれほどまで懸命にS級を目指しているんだろ?」


 この国にはいくつかの立入禁止区域がある。

 モンスターが出やすいところがそうで、基本的には軍か冒険者しか入れない。

 冒険者であっても、場所の危険度によってランク制限が設けられている。

 国でS級しか入れない唯一の場所、それが迷いの森だ。


 魔女ヴィガーンの話は冒険者たちの噂で俺も聞いていた。だがヴィガーンとやらを倒そうなどとは思っていなかった。

 まずは生活のことを考えるだけで精一杯だったからだ。強敵と戦いたいとか、皆の平穏な生活のためにとか、そんな御大層な大義名分なんて一切なかった。


「そうか、パームはそれが目的だったのか」

「そうだ。キミは違うのか? 他に目的があるのかい? もしそれに邪魔にならないなら、オレに協力してくれないか? どうだい?」


 パームにはデカい借りがある。

 生活も余裕が出てきた今、それを返すには絶好の機会だ。断る理由などない。

 それに、俺なんかを家族と言ってくれたこと。正直、今ちょっとジーンときている。

 妹さんを俺にくれたら正式に家族になれますよ?


「わかった。手を貸そう」


 正直、俺は生きていければそれでいい。

 命がけで危険な敵と戦う気などない。

 一度は死んだこの身、生あるだけで感謝しかないのだ。

 日々、美味い飯を食い、自分の足で歩き、風呂に入って眠れれば満足だ。

 お日様が沈めば眠り、昇れば小鳥のさえずりとともに目を覚ます。

 こんな当たり前のことがいかに幸せなことか、ここに来てから思い知らされた。


 だが、このパーム、そしてアマニのかたきであれば、俺の仇でもある。

 彼らのためならこの生命、捧げても後悔はない。


「よし! まずは情報交換といこう。オレなりに調べたヴィガーンのことを教える。そっちも知ってることは教えて欲しい」


 へ? いや、知らんけど?

 ヴィガーンなんて最近まで名前すら知りませんでしたけども?


「まず、迷いの森だが、知っての通り危険なモンスターが多数生息している。というのも、それを生み出しているのがヴィガーンらしいんだ」

「ああ」


 俺はそのくらい当然だよねー、とでもいう風に大きくうなずいてみせた。

 知らなかったけどな。へー。産み出してるん? 子だくさんなのかな?


「モンスターは動く死体、スケルトン、リッチなどなどアンデッド系の発見が報告されている」


 ああ、そっちね。

 ということは産んだわけじゃないのね。


「おかげで森一帯が立入禁止。ヴィガーンの住処すらわからんという状況だ」

「それはしょうがない。まず入れるようになったらじっくりと迷いの森を探索しよう」

「そうだね。まずは情報だ。オライリーの方はなにか知ってるかい?」


 こっちに振るなぁ!

 やべぇ。何か言わないと!

 お前、今まで何やってたんだって言われちまう!


「ヴィガーンは……人間を捕まえては食っているらしい」


 な、何じゃそらー!

 適当にもほどがあるだろ、俺!


「食っているのか!? 食料にするのが目的だと? くっ、それではオレの両親も……」

「い、いや、あくまで噂ってことでね。はっきりしたことはわからん」

「そうか。だが、人間を捕まえることには何らかの理由があるはずだ」

「パームの両親も捕まったのか?」

「ああ。両親は隣村へ商品の買い付けに行ってたんだ。商売をやってたんでね。その帰りのことだ。迷いの森からは少し離れた街道沿いを走っていたところ、突然馬車が止まってしまったらしい。どうやったのか知らないが、それがヴィガーンの仕業だったんだ。生き残った従者の証言によると、大きな黒い女に襲われ、そいつが二人を殺害し、連れ去ったらしい」

「殺害してから連れ去った? それは確かか?」

「従者の話では、ね。ただその可能性は高い。というのも、同じような被害にあったものが他にもいるんでね。森の外で襲われた者たちは殺害させられて連れ去られたようだ。森に調査に入った兵士や冒険者もいるが、その多くは戻ってきていない。戻った者たちはヴィガーンに遭遇する前にモンスターに襲われ、退却している。深い森だから、大軍で攻めることもできないそうだ。それで倒せる見込みがたつまで立入禁止になった、ということらしい」

「なるほど、な」

「同じような事件が年に一、二回発生していた。ところがここ最近になってヴィガーンの仕業と言われる事件が増えているんだ。迷いの森近くを通る街道は通行止めにするか、常に見張りを立てないといけないかも、という話もでているらしい。だからオレも焦っている。早くS級にならないと、ね」


 魔女ヴィガーンとやらの目的は不明だが、人間を襲う危険な存在であることは間違いない。

 事件が増えているというのも気がかりだ。

 何らかの計画が大詰めを迎えているのかもしれない。

 俺もS級を目指すべきだろう。


「S級になる条件は知ってるか?」

「もちろん。まずA級であること、これはオレたち二人ともクリアだ。そしてA級の依頼を一定数こなすこと。これはオレはクリアしている。オライリーはまだだろう。詳しくはギルドで聞いてくれ。そして最後、S級区分のモンスターを退治すること。これが難しいんだ」、

「S級ってのはそんなに強いのか?」

「それもあるが、存在自体がレアなんだ。見つけることも困難なモンスターばかりだよ」


 いままで生活のため、依頼の階級区分は気にしたことはなかったが、これからはA級の依頼を率先してこなそう。

 おそらくベニーはそういう依頼を取っておいてくれていたはずだ。

 明日、ギルドにいったらこれまでこなした数とあとどれだけ必要なのか、聞いてみるべきだろう。

 まず目指すはS級昇格、そしてヴィガーン討伐だ!

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