第5話 俺、討伐へ

 街を出ると、パームは目的地を知っているらしく、ずんずんと迷いなく進んでいく。

 この方向、どうやら俺が最初にいた森へと入っていくようだ。

 運が悪かったら俺もゴブリンに襲われていた可能性もあったわけか。危ねぇところだぜ。


「パーム。群れまでは遠いのか?」

「いや、歩いていける距離だよ。相手がたかがゴブリンとはいえ、これほど近くに集落を作られては市民が襲われるだろう。性急に対処しないと」

「ひょっとして、それが勝負を受けた理由か?」

「ああ。アイツらもあんなこと言って、本当はオレに手伝って欲しかったんだよ」


 はぁ? なんだそりゃ。だったら素直にそう言え。

 男のツンデレなんて気色悪いだけだぞ。


 しばらく進むと、サイオンが道の脇に不自然に刈り込まれた草むらを見つけた。分け入って少し入ると獣道のようなところに出た。


「これは今までなかった道だね。おそらくゴブリンが作ったものだろう。ここを入っていけば集落につくはずだ」

「ザエムたちはどこへいった?」

「さぁ? 先に出たんだし、もう着いてるかもね。ま、奴らは気にしなくて良いよ。オレたちはオレたちでやるさ」


 進むにつれ、俺は不安感に襲われた。

 明らかに雰囲気がおかしい。道端に動物の体の一部らしきものが落ちていた。道を進むと、何日も風呂に入っていない男の体臭のような匂いが濃くなっていく。ゴブリンのものかどうかは知らないが、なにかがこの奥にいることは間違いない。

 するとパームが足を止め、しゃがんだ。俺にもそうするよう、手で合図を送ってきた。視線の先の何かから目を離さないまま、小声でささやく。


「あそこ、見てくれ。見張りがいる」


 大きめな木の枝の上、座って辺りを見回す緑の小さな人が見える。上半身は裸で下は動物の毛皮で作ったらしい簡素な腰巻きをしている。その肌の色と黄色く光る目が普通の人間ではないことを示していた。

 よくあるゴブリン像そのままという感じだ。小学校低学年程度の体格。俺でもタイマンなら余裕で勝てそうだ。


「見張りがいるなら集落はこの奥だな。どうする?」

「こんな狭いところで仲間を呼ばれたらやっかいだね。オレがやろう」


 パームは腰に付けた小さなカバンから投げナイフを取り出すと、見張りに向かってそれを投げた。距離はおよそ十メートルはあるが、しゃがんだままで、だ。

 見事、眉間に命中し、ゴブリンは小さくギャッと声を上げて枝から落下した。

 なんちゅうコントロールだ。


「やるな、さすがA級」

「おいおい。茶化すなよ。この程度、オライリーだってできるだろ?」


 んなわけない。俺は体育授業でやった野球でもノーコンだった。送球がまともにファーストに飛んだことはない。

 俺なら……。

 と、考えたところで大変なことに気がついた。


「そういやパーム、俺、武器持ってない」

「え? オライリーは素手で戦う武道家なんだと思ってたよ。違うのかい?」


 やべぇぇ!

 なんで気が付かなかった!?

 そういえば、みんな武器を持っていたし、冒険者なら自分の装備くらい自分で用意するよなぁ。

 もう今さら言い出しにくいぞ……。


「い、いやぁ。実はそうなんだよ、はは。ただナイフの一つくらいあったほうが良かったかなぁって、さ」


 く、苦しい。信じてもらえただろうか。


「やっぱりね。その変わった服も、オライリーの流派の道着だろ? まぁ、今はその話はいいや。じゃ、集落についたら暴れてくれよ、頼んだよ」


 あっはっは。

 こんな薄い生地の道着があるか。

 俺はこんな体型だからこれもオーダースーツでそれなりに値段はするが、戦闘なんてしたら簡単に破けてしまうぞ。

 もう知らん。ヤケだ。どうにでもなれ。


 さらにしばらく進むと開けた場所が見えてきた。

 長い木の枝をテントのように組み合わせ、葉で覆っただけのゴブリンの住処がいくつかある。何かを焼いているのか、煙も上がっている。

 そしてそこは、すでに蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。

 何匹ものゴブリンが阿鼻叫喚の叫びを上げ、右へ左へ走り回っている。

 腰を抜かし、動けない者もいる。森の中へ飛び込んで逃げようとする者もいた。

 きっとすでにザエムたちがどこかで暴れているんだろう。


「おっと、もうパーティーは始まってるみたいだな」


 歯の浮くようなセリフを言うと、ゴブリンたちがこちらに気がついていないことをいいことに、パームはずんずん集落に入っていく。

 背中の剣を抜くと、手近にいた一匹を斬り伏せた。

 その断末魔を聞き、周りのゴブリンたちもパームという新たな脅威に気がつく。


 ギャーギャーと不快な声で喚き散らし、仲間たちにこの事態を知らせると同時に俺たちを威嚇してくるゴブリンたち。

 その中の一匹が、俺に向かって突進してきた。

 手には枝の先を削っただけの、原始的な槍を持っている。


 だがそれでも武器だ。刺されば怪我を負うのは間違いない。急所にでも刺されば命にも関わる。

 それに、俺はこんなにむき出しの殺意を向けられたことはなかった。

 陽キャから小突かれるくらいのことはあったが、奴らだって殺すまでする気はない。だがコイツらは違う。自分の命を守るため、その障害となるものを排除しようとしているのだ。その気迫たるや、こんな小さな体であっても俺をすくませるには十分だった。


「ひっ」


 俺は小さな悲鳴を漏らしてしまっていた。なさけない、などと思う余裕もなかった。

 俺は反射的に右手を前に出した。

 まずは頭をおさえ突進を止めよう、とっさにそう判断したのだ。

 視界が緑一色で染められる。


「ひいっ」


 ぱぁん!


 その時、妙な音がした。

 巨大な水風船が割れたような、そんな音。

 その発生源と思われる場所には、ゴブリンの腰巻きと木の槍だけが落ちていた。


 ゴブリンの姿だけが煙のように消えてしまっていたんだ。

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