第4話 俺、食堂へ
いつの間にか俺たちの周りには人だかりができていた。
その視線はすべて俺に注がれている。
対面に座るパームすら、俺を尊敬と畏怖を含んだ目で見ていた。
「見ろよ、あの負荷」
「あんなにやったらぶっ壊れちまうぞ」
「だが、あの鍛えられた体を見ろ。普段からあんなトレーニングを積んでるんだぜ」
どうもときおり聞こえてくる声に違和感を感じる。なんか鍛えてるだとかトレーニングだとか、俺には縁遠い言葉が入ってるんだよな。
俺はただ食ってるだけなのに。
空になった器を重ねる。そろそろ十段くらいになるか。
気がつけば、バクバク食いまくっていた。
ステーキは牛かと思いきや、どちらかというと味は豚に近い。
種類はわからんが、こんな肉は初めてだ。
水をたっぷり含んだスポンジのように、噛むたびに肉汁が溢れてくる。
少し噛むとバターのように口中でとろけて無くなってしまう。
この肉にかかっている甘辛いソース。これがまた、白飯によく合う。
そういや、米があるんだな。こりゃ日本人の俺には嬉しいかぎりだ。
腹が膨れたところで、ようやくいろいろと考える余裕が出てきた。
これからどうするか? 元の世界に帰れるのか? 本当に俺は強いのか?
そこで重大なことに気が付いた。サーッと血の気が引いていく。
「パーム?」
「……はっ、な、なんだ?」
パームは俺のフードファイターばりの食いっぷりに見惚れていたのか、拳が突っ込めるほど口をあんぐり開けていたが、声をかけられ目が覚めたようだ。
「すまん、調子にのって食いすぎた。金は足りるか?」
「はっはっは! なんだ、そんなことか! いや、いいもん見させてもらったし、気にするな」
助かるぅー!
パームは爽やかイケメンな上に男気のあるやつだぜ。
「すまん。恩に着る」
「なに。こう言っちゃなんだけど、オレもそれなりの冒険者だし、金には困ってないんだよ」
「そうなのかー。冒険者ってのはそんなに儲かるのか?」
「うーん、そうだなぁ」
パームは顎を指でこすって考えているようだ。
「稼ごうと思えば稼げはする。ただし危険と隣り合わせだよ。安全な依頼ほど稼ぎは少ない」
「ふむ。まぁ、それはそうか」
「ま、オライリーなら大丈夫だろ!」
「そ、そうか?」
正直、自信はない。
これまでの人生、まともにケンカだってしたことないんだ。
モンスターと戦うなんてことになったらどうする?
いや、いるのか? モンスター。まぁいるんだろうな。この世界なら。
「その、依頼なんだが、どういうのが稼げるんだ?」
「そりゃやっぱり、レアモンスターの討伐だろう。報酬だけでなく、素材でも稼げるのがオイシイところだよ。ま、その分、死ぬやつも多いんだけどね」
やっぱりねぇ。
ファンタジーの王道だよなぁ。
こういうところは裏切らないわ。
「だよなぁ。このへんで強いモンスターってどんなんだ?」
「伝説級ならドラゴン。こいつはいくらオライリーでも単独では難しいだろうね。あとはフェンリル、バジリスク、キマイラ、それにエレメント系。オークやゴブリンでも群れごと壊滅させればそれなりに稼げるよ」
ゲームや小説なんかで聞いた名前がわんさか出てくるな。
俺のマンガアニメ研究会出身の知識が通用しそうだ。ただ、そんなのとどう戦えばいいのやら。
慣れるまでパームに手伝ってもらおうか。いや、いくらなんでも頼りすぎか。
「よし、こんなところにして、家に帰ろうか。妹も待ってるだろうしね」
お、確か国一番の美女なんだっけ?
楽しみだぜ。
問題は俺とこの世界の美の基準が一緒であるかどうかだが……。
「ちょっと待ちな」
帰ろうとする俺らの背後から声をかけられた。
振り返ると二人組の男がいた。
ノッポとチビのコンビだ。両方とも腕組みしてなんだか機嫌が悪そうだ。仲良くしようって感じじゃないな。
高校時代、他校の不良生徒が絡んできたときを思い出した。
ノッポの方が口を開いた。
「パームさんよ、そいつは一体誰だ?」
「その口ぶりだと、もう噂は聞いているんだろ? ま、紹介しとこう。今日、新たにA級冒険者としてギルド員になったオライリーだ」
「オライリーだ。よろしくたのむ」
ノッポのほうがギロリと俺を睨んだ。
「いきなりA級だとぉ! 俺様がA級に上がるまで何年かかったと思ってんだ!」
「ふ。そりゃ才能の違いってやつだよ、コーエン。オライリーのこの体を見てみろ」
どうやらノッポはコーエンというらしい。しかも俺らと同じA級冒険者のようだ。
剣を背中に二本、交差するように差している。二刀流の剣士だろうか。
長い黒髪を後ろで一つに結んでいて、年齢は俺と同じくらい。目つきは鋭く、数多くの修羅場をくぐってきた、そんな雰囲気がある。
「そんなもん、オメェに言われなくてもわかんだよ! それが見せかけじゃねぇかどうか、試してやろうじゃねぇか」
「試すだって? どうする気だい? まさか冒険者同士で決闘するわけにもいくまい? それがギルド規則違反なことは知ってるはずだな?」
規則があって助かったぁ! 決闘なんてできるわけあるか!
そういや昔は決闘があったって言ってたっけ。
その時代じゃなくて良かったぜ。
すると今度はチビの方が割って入ってきた。
「そいつは俺から説明させてもらおう」
「あんたは?」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はザエムだ。俺も同じA級冒険者だ」
チビのほうがザエムね。
チビといっても筋肉は凄まじい。さすが冒険者だ。
立派な口ヒゲを生やし、身長よりも長い斧を背負っている。ひょっとして、ドワーフか?
「で、何をする気なんだ?」
俺が聞くと、ザエムはくしゃくしゃの紙を出してきた。
「こいつだ」
薄茶色だが厚みのある、しっかりとした紙だ。和紙に似ている感じがする。
シワを伸ばしてみると、なにやら書いてあるのがわかった。どうやら依頼書のようだ。
内容はゴブリン討伐。どうやら近くの森に千を超える規模のどでかい集落を作りつつあるらしい。その殲滅及びリーダーと思われる個体の撃破。
「簡単な依頼だからよ、俺ら二人でやってやろうかと思ったんだが。どうだ、どっちが多くゴブリンを狩れるかで勝負しねぇか? ちょうどよくお互い二人組だしな」
フッ。そんな安い挑発に乗るかよ。
勝ったところで俺になんの得がある?
サクッと断って――
「よし、受けて立とう」
おおい! パーム!?
何勝手に受けてんだよお前!!
「待ってくれ! 俺はこの国に来て間もないんだぞ? この辺の地理だって――」
「それはオレがなんとかしよう。心配することはない」
パームは任せとけとばかりに拳で胸をドンと叩いた。
いや! お前のためでもあるんだぞ! 負けたらどうする?
……ん? どうなるんだ?
「ちょっといいか、この勝負、負けたらどうなる?」
ザエムは立派なヒゲを上から下へと撫でつつ言った。
「ふーむ、そうだなぁ。報酬は勝ったほうが総取り、これでどうだ?」
「良いだろう」
だからパーム! てめぇは勝手にきめんな!
ま、でもその程度だったら大したことはないか。パームは金に余裕がありそうだし。
ゴブリンはファンタジーなら低レベルなモンスターの代表だ。数が多くとも練習台としては最適かもしれない。
ひょっとして悪くない話かもな。
とはいえ、千もの相手を二人でやろうとしていたってことは、コーエンとザエムも相当、腕に覚えがあるようだ。
ゴブリンってそんなに弱いのか? 千だぞ千。
仮に小学生くらいの強さだとしても、千を相手にするだなんて想像もつかない。
俺は猛烈に不安になってきた。腹がキリキリ痛みだす。
「時間は今からギルドが閉まるまで。それまでに成果を持ってギルドへ帰ること。間に合わなかったら負け、ということでどうだ?」
「わかった」
パームとザエムの間で勝手にルールが決まっていく。
ひょっとしたら、コイツらいつもこんなことやってんのか?
喧嘩するほど仲がいいってやつか? どうでもいいが俺を巻き込まないでくれ。
「そんじゃ、早速スタートだ。俺たちのためにせいぜいたくさんゴブリンを狩ってくれよ」
ザエムがそんなセリフを置いて食堂を出ていった。
「お、おいパーム。本当に大丈夫なんだろうな?」
「ん? 大丈夫だろう。オライリーがいれば」
「え? 俺?」
「なんたって、あのファティー様の倍以上の決闘値なんだからな。頼りにしてるよ、フフ」
うおおおい!
俺頼みだったのかよ!
てっきりお前に秘策でもあるのかと思ったよ!
本当にその決闘値とやらを信じていいんだろうなぁ?
俺は戦闘経験皆無なんだぞ。
ケンカすらないのに、相手はモンスターだぞ。
「がんばれよ!」
「応援してるぜ」
「俺はパーム、オライリーに賭けるぜ。コーエン、ザエムに賭けるやつはいるか?」
「よし、俺はコーエン、ザエムに」
「俺はパーム、オライリーだ。負けんじゃねぇぞ!」
食堂にいた冒険者どもが勝手なことをやりだした。
応援してくれるのは良いが、賭けまで始めやがって。
負けて逆恨みすんじゃねーぞ!
そんなこんなで俺の初依頼は始まった。
俺が依頼を受けたわけではないが、ギルド側は依頼さえ達成してくれれば誰がやろうと関知しないらしい。
あとは俺の戦闘力が本当に高いのかどうか、それが問題なんだ。ろくに運動もしたことない俺だぞ。いまだに自分自身を信じられていない。
初依頼でいきなり大怪我、なんて冗談じゃないぞ。
ただ、これが上手くいったなら、俺はこの世界でやっていけるかもしれない。
冒険者家業でやってくのも悪くない。
依頼を受け、金を稼ぎ、食堂でたらふく食う。そんな生活。
あのA定食ならいくらでも食えるぞ。
なんにしても、もうあの会社に行かなくて良いんだ。その日暮らしの冒険者でもあんなブラック企業よりマシだ。
そう思うだけで気持ちだけでなく体まで軽くなったようだった。
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