第3話 俺、ギルドマスター部屋へ

 カルニンの部屋はさして広くもなく、絵も壺も民芸品もない、やたら頑丈そうな机が一つ、ポンと置いてあるだけの質素なものだった。普段はここで書類仕事なぞしているのだろう。

 ギルドマスターっつっても羽振りがいいってわけでもないのか。それとも彼が質素倹約なお方なのか。


 どこからか背もたれもない簡素な椅子を出された。木製でクッションもないので長時間座っていたらケツが痛くなるやつだ。俺は慎重に、ゆっくりと腰を降ろす。こういう安っぽい椅子に座るとき、勢いよく座って派手にぶっ壊した思い出が蘇るのだ。


 カルニンは俺に歩みよると、なにやら紙を手渡してきた。


「これが結果だ」


 紙には数字がたくさん書いてある。数字は読めるんだが、俺には意味不明な言葉だらけ。この世界独特の専門用語っぽいな。


「申し訳ないのですが、私にはどう見れば良いのか……」

「うむ。端的たんてきを言うとほとんどすべて異常なのだが。とくにわかりやすいのがこれだ」


 カルニンが太く、短い指で差すところを見ると、そこには『決闘値けっとうち』と書かれていた。

 こりゃいったいなんだ?


「私も長年、ここでマスターをやっているが、こんな決闘値の数字は見たことがない。歴代最高だよ」


 ん?

 歴代最高の決闘値?

 どっかで聞いたことのあるひびきだぞ。

 けっとうち……血糖値!?


 俺はあわててもう一度数字をみた。

 間違いない。間違うはずもない。

 これは俺の血糖値と同じ数字だ。

 病院歴代最高をマークした、俺の血糖値だ。


「ギルドマスター。この血糖値の数字がこれだけ高い、ということは俺は……」


 やはり余命三ヶ月、ということか。

 わざわざ呼び出されたのは、また死の宣告をされるためだったのか。

 異世界に来ても、それは変わらないというのか。

 目の前に再び突きつけられた死という現実。

 俺は胃の中に大きな石でも入れられたかのような重みを感じた。

 急速に周りが暗くなり、視界が狭くなった。

 もはや自分の足先しか目に入らない。

 畜生! いったいなんのためにここに飛ばされたんだよ、俺は!

 女神でもゲームマスターでもなんでもいい。出てきて説明しろ!


「そう。紛れもなく、最強。ということになる。少なくとも、ワシの知る限りではな」

「……ですよね……ん? 最強?」


 俺は地面へと落とした視線を再びカルニンへ向けた。

 カルニンは深いシワが刻まれた顔で俺を見る。

 いたって真顔。これは冗談を言っている顔ではない。


「うむ。最強の冒険者と言われたファティーの倍以上だ。こんな数字は見たこともない。ありえないのだよ」

「あのー、これが高いと、どういうところが優れているのですか?」

「うむ? なぜそんなことを聞く? その程度、子供でも知っていることではないか」

「いえ、どうも私の国とは計測方法が違うようでして……」

「そうか、オライリーは異国から来たのだったな。これはその名の通り、決闘の強さを表している。かつては強さを誇示こじするのに決闘が使われていた、その名残でな。簡単にいうなら、総合的な肉体の強さだ。それはその体を見てもわかるが、こう数字で示されるとぐうの音も出んよ」


 俺はついつい腹の肉をつかんでいだ。

 へへ、クセになってんだ。肉の厚さ確かめるの。



 俺はドッキリにはめられたお笑い芸人みたいな気持ちで部屋をあとにした。

 手にはカルニンから直接手渡されたギルド証が握られている。なんらかの金属でできた名刺サイズのプレート。そこには俺の名やら登録番号やらの情報。そしてA級という金色の文字が刻まれている。

 さすがにいきなりS級とはいかなかったようだが、実績もなしにいきなりA級というのもそうとう異例だそうだ。


「お、どうだった? オライリー」


 ロビーにはまだパームがいた。

 暇なのか? コイツ。

 まぁよほど俺の測定結果が気になったのだろう。


「ああ。ギルド証は無事、もらったよ。ほら」

「おお! いきなりA級とは! さすがだよ!」

「あ、ああ。まぁ、そういうことなんでよろしくな」

「こちらこそ。同じランクならいっしょに協力して仕事することもあるかもしれないしね!」

「それもそうだ。これもなんかの縁ってやつか。あらためてよろしくな、パーム」


 俺たちはがっちり握手をかわした。

 こんな体育会系なやりとりは初めてだぜ。

 A級という声が聞こえたのか、遠巻きに見る冒険者たちも、こちらをちらちら見ながら何か言っている。

 陰口を言っている風ではない。憧れの先輩でも見るときのような顔つきだ。


「なんでもファティーという有名な冒険者の倍以上の血糖値だったらしい。ファティーって知ってるか?」

「なっ、ファティー様の倍以上!? 知ってるもなにも、この国では伝説的な冒険者だよ」

「そうなのか。すまん、この国のことは知らなくてな」

「異国から来たのなら仕方ないよ。それにしてもそれほどの決闘値とは。A級どころか、能力だけならS級だな」


 俺たちの会話が隣のやつの耳に入り、それがまた隣へ、という風に伝わっていく。

 ざわめきが波紋のように広がった。

 なんか、ちょっと居心地が悪くなってきた。目立つのは得意じゃない。

 とっとと軽めの依頼でも受けようか。そうだ、その前に拠点を構えないとな。


「そうだ。どっかに良い宿はないか? まだグリスは来たばかりで、住まいも決まってないんだ」

「なんだ、そういうことなら、新居が決まるまではオレの家に来たらいい! ちょうど一部屋空いてるし、遠慮することはない」

「おお、そりゃ助かるが、大丈夫か? 迷惑じゃないか? 家の人に反対されんか?」

「家には国一番と言われる美女の妹がいるが、オレが言えばわかってくれるさ」


 うーむ。

 こういったとこは嘘みたいにご都合主義ではあるんだよな。

 ここまで至れり尽くせリで、なんで体型はそのままなんだよ。


「ところで、そろそろ体もなまってきてないか? まずは親睦を深めるためにも、一緒に鍛えに行くってのはどうだい?」


 は?

 いやいや。なまっているもなにも、鍛えたこともないんだが。

 学生時代の部活もマンガアニメ研究会だったんだぞ。

 いきなり一緒に鍛えるって、どんだけ体育会系なんだよ、パームは。爽やかなイケメン顔して脳筋ってやつか?

 なんとかして断らないと……。


「い、いやー、俺も今日は色々あったからなぁ。まずは腹ごしらえでも……」


 ごまかした、というより実際、空腹が限界に近かった。

 まだ何も口に入れていないんだ。

 菓子でも何でもいいから食わせてくれ。


「だよなぁ。オライリーは話がわかるな!」


 パームは俺の肩にがっしと腕を回し、そのままどこかへ向かって歩き出した。

 おいおい、こいつ、話通じないのか!? 腹が減ったって言っただろ!

 しかし、パームとは仲良くしておきたい。だって妹が美人らしいからな。確かにこのイケメンの妹なら期待大だ。付き合えるなんて思っちゃいないが、美人てのは見るだけでもいいもんだ。


 ちょいと歩いてついた場所は、大きな食堂だった。

 表の看板にデカデカと食堂、と書かれている。

 なんだ、ちゃんと通じてたわ。


 そこは築百年は経っていそうな歴史を感じる建物だったが、石作りでしっかりしたものだ。大衆食堂という雰囲気で、バスケコートほどの広さに人々がごった返している。両手に皿をもった給仕らしき若い女が器用にその間を縫って歩き、席に座る男たちが豪快に飯をかきこんでいるのが見える。

 彼らはよく見るとケモミミの獣人だったり、尖った耳のエルフだったり、背が小さいドワーフだったりという、いかにもファンタジー世界の住人たちだった。

 ぱっと見、一番多そうなのは、俺と同じいわゆる人族だ。


「そういや、パームも人間だな」

「ん? なんか言ったかい?」

「いや、いろんな種族がいるなぁと思ってな」

「ああ。ここ王都グリスは、王の方針でどんな種族でも差別なく暮らせる、珍しい場所なんだ」


 ほー。種族差別なんてものあるのね。

 パームの口ぶりからして、恐らくエルフやドワーフ、ハーフリンクというような亜人種を虐げる地域もあるんだろう。

 逆に人間が差別されるところもあったりするかもしれん。

 俺、そういうの嫌いだし、ここを拠点にするのがよさそうだな。

 良いところに転送してくれたようだ。これもご都合主義の一つだろうか。


「ところでパーム。また一つ相談なんだが」

「なんだい? 遠慮せず言ってくれ」

「実はこの国に着いたばかりで、この国の金を持ってないんだ。ちょっとばかり貸してくれないか?」


 瞬間、キョトンとした顔になったパームだったが、すぐに大声で笑い出した。


「なんだ。そんなことなら気にしなくていい。ここはオレが出そう。オレから誘ったんだから当然さ」

「そうか! すまんな。恩に着るよ。依頼で稼いだら必ず返すから」

「フフ、オライリーは律儀だな。そんなもの気にする必要は無いよ」

「何からなにまで世話になってしまっているな。どうして俺にそこまでしてくれるんだ?」

「なに、困ったときはお互い様。オレも親からそう言われて育ってきたからね」

「なるほど」


 こんな良いヤツにいきなり知り合えるとは。

 やっぱり何かと都合良くできてるよな。

 神、かどうかは知らんが上位の偉大ななにかに操作されているとしか思えん。


 俺たちは空いている席に座った。

 厚さ十センチはあろうかという分厚い天板のテーブルの上を見ても、メニューらしきものはない。

 壁にも何も張り出されてはいない。

 一体、この店は何を出すんだ?


「パーム、メニューもないがどうやって頼むんだ?」

「ここはオレたち冒険者御用達の食堂でね。メニューなんて洒落た物はない。ざっくりいって肉か魚だ。どっちがいい?」

「そんなら肉だなぁ」


 コレステロールが高いから青魚を食え、と言われたのだが、今はガッツリいきたい気分だ。

 魚は明日からにしよう。

 パームは手を挙げて給仕の女性を呼んだ。


「あ、キミ、A定食を二人前。うむ。よろしくね」

「肉のA定食か魚のB定食か、選択肢はそれだけってことか」

「その通り。ただ味と、冒険者の腹を満たすだけの量は保証するよ」


 改めて周りを見ると、確かに客は誰も彼も鍛えた筋肉質な体をしている。

 隣の席の狼男のような冒険者は、厚さ二センチはあるステーキを豪快に手づかみで食っている。

 ありゃ一体、何の肉なんだろう。実に旨そうに食うので見ているだけで俺の腹はグーと鳴いた。

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