第2話 俺、冒険者ギルドへ

 冒険者ギルドの扉は大きく、鉄で補強されていてかなり重そうだ。非力なヤツでは一人で開けられないだろ、これ。

 両手を押し当て、力を入れてみた。蝶番が擦れ苦しげな音をたてたが、思いのほか軽く、スムーズに開いたので驚いた。


「凄いですニャ! 冒険者様! 私この扉開くのいっつも苦労するんですニャ。こんなに簡単に開けちゃうなんてさすがですね!」


 ふふ。ケモミミ娘は興奮気味だが、俺はいつも、この霜降り肉でできた特別製ウエイトを持ち歩いているんだぞ。筋力は人並み以上にあるのよ。特に下半身はかなりのもんだぞ?

 二枚扉の片側を大きく開き、まずはケモミミ娘を通してやる。それから自分が入ると、そこはロビーらしき空間が広がっていた。


 二階まで吹き抜けになった大広間。入って右側の壁には大学の黒板ほどの大きさの掲示板があった。様々なサイズの、コーヒーで染めたような色の紙が張りつけられている。それを真剣な表情で吟味する者たち。体には鉄や皮でできた防具を身につけ、腰や背中に剣や槍を携えている。

 なるほどね。貼ってある紙は依頼書で、見ているのが冒険者たちだろう。


 すでに本日の冒険を終えたのか、掲示板の対面に設置されているテーブル席に座ってくつろいでいる者たちもいる。

 室内にいるのは総勢三十名ほどだろうか。これら全員が冒険者だとすると、仕事は結構あるのかもしれない。


「この時間は空いてるんですニャ。朝はもっと混雑するんですけどニャ」


 おっと、これでも空いているらしい。そりゃ朗報だ。

 そしてなるほど、やはりいい依頼は早いもの勝ちってわけね。


 俺はケモミミ娘のあとに続き、ロビー中央を突っ切って奥にある受付カウンターらしき場所に向かう。

 前方にいた冒険者たちは俺たちに気づくと素早く左右に分かれ、俺たちが通る道を開けてくれた。そして何か動物園の珍獣でも見るかのような目線を俺に向けてきやがる。


「おい、アイツ、見てみろよ」

「うおっ、なんて体だよ……」


 おいおい、君たち。全部聞こえてんだよ。噂話はもうちょっとボリューム抑えてやろうぜ。

 学生時代もよく遠巻きにこんな悪口を言われてたな。特に入学したてのころはひどいもんだった。あのころを思い出したよ。

 それにしても言うだけあって、どいつもこいつも引き締まった良い体してやがる。さすがだ。

 俺のこんなブヨブヨの体で冒険者やろうなんて、やっぱ無茶なのかもしれん。


「それではお名前からよろしいですかニャ?」


 カウンターの内側に入ったケモミミ女はにこやかに聞いてきた。

 左手には木を削って作られたボード、その上に乗せられた質の悪い紙。右手には羽ペンがある。

 そういえば、俺はこの世界の字が書けないんだった。代筆してくれるのは助かる。


 しかし名前か……。本名だとこの世界と合わなそうだな。日本語が通じるとは言え、どう見てもナーロッパ世界だし。

 変に浮いた名前だと怪しまれるかもしれん。ここは俺がよくゲームで使っている名前にしておくか。


「俺は、オライリーといいます」

「へぇー。変わった名前ですニャ。あっ、異国からいらしたんでしたから当然ですニャ。失礼しましたニャ」


 うぐっ、これも合わなかったか。まぁ良い。


「言い忘れてましたけど、私はベニーっていいますニャ。今後ともよろしくおねがいしますニャ」

「こちらこそ、よろしくおねがいします」

「生年月日をお教えいただけますかニャ?」

「えーと、千九百……あ」

「どうしましたニャ?」

「いや、ほら、ひょっとしたら俺の国とは暦が違うかもな-って、はは」

「なるほどニャー! では年齢だけ教えていただけますかニャ?」

「今年で二十五です」

「今までに大きな病気になったり、手術をしたことはありますかニャ?」

「いや、ないです」

「ご家族で大きな病気になったかたはいらっしゃいますかニャ?」

「いえ、ないです」

「お酒はどのくらいお飲みになりますかニャ?」

「んー、日に缶チューハイを一本くらいですね」

「缶チューハイ? なんですかそれ?」

「あ、そうか。ここにはないんですね。えーっと、人並みです、人並み」

「おタバコはお吸いになられますかニャ?」

「吸わないです」

「わかりましたニャ。それでは次に能力判定をさせていただきますニャ」


 お、きたきた。なんか妙な質問が続いたが、やっときたか。

 魔力とかレベルとかそういうのを調べるやつだろ? 知ってる知ってる。

 さてさて、俺にはどんなチート能力があるのかな? ここが序盤で盛り上がるところだよなぁ。

 ここは一つ、いい能力頼むぜっ。


「では袖をまくってくださいニャ」


 袖?

 え、まって。

 肘の内側に刺す針の部分があって、そこからチューブが伸びていて、その先に液体を入れる容器があって……て。それ血を抜くとき使う器具じゃん。

 そんなのあんの、この世界。医学は結構、進んでるのか?


「まっ、待って! 血を抜くんですか?」

「もちろんですニャ。血がないと能力判定できないじゃないですかニャ?」


 いやそこは普通、クリスタルに手をかざしてとか、なんかそういうのでしょ!

 で、俺がやったら変な色になって、こ、この色は! とか。

 あるいはクリスタルが割れちゃって、こんなすごい魔力見たこと無い、とかそういうのじゃん。


 だがケモミミ女は邪気のない、子供のような笑顔をしてこっちを見ている。

 台の上には血を入れる鉛筆くらいの太さの容器が三本見える。そんなに抜く気か!

 ベニーは俺の上腕を紐でしばると、肘の内側にスーッとする液体を塗った。アルコールで消毒できるってことは知られてんのね。医学が発展してるってのはいいことだ。


「はい、最初チクッっとしますニャー」


 はぁー。ベニーが上手くて助かった。見ていてもいつ刺したのか分からんくらいだった。

 注射は嫌いなんだよ。俺の血管は見えにくいから、下手なやつだと痛くてしゃーない。

 よほどやり慣れてんだろうな。


「判定までしばらくかかりますのでロビーでお待ち下さいニャ。終わったらお名前をお呼びしますニャ」


 ベニーはそう言ってカウンターの後ろにある扉へ入っていった。

 俺は空いているテーブル席にどかっと腰掛けた。

 喉が渇いた。何か飲みたい。茶も出んのかこの家は。ってギルドか。


 暇だし誰かと話そうかと思うが、なぜか皆、遠巻きに見ているだけで近くによってこない。

 まさか臭いか? そういや今日はぽかぽか陽気だから汗をかいちまってるな。

 いやまて、きっと、このスーツが悪いんだな。そりゃそうだ。この世界にない服着て不気味なやつだと思われてるよなぁ。早いとここの世界に馴染む服を買わないとな。


「よう、そこのキミ。見ない顔だな? 新入りかい?」


 お、なーってんこと考えてたら誰か来たぞ。

 ガタイがいい、長い金髪を後ろで一つに束ねている。体つきは格闘家のように引き締まり筋肉質だが、顔だけなら海外ファッション誌のモデルと言われても不思議じゃないほど端正なイケメンだ。

 革製の鎧を着て剣らしきものを背中に斜めに刺している。

 なかなか強そうな雰囲気だな。だけど、こういうのは大抵、噛ませ犬キャラなんだよな。


「ああ。今日この国についたばかりだ。オライリーという」


 なるべく舐められないよう、俺は少し声を低くして、軽く眉間にシワを寄せつつ言ってやった。最初が肝心だからな。


「そうか。オレはA級冒険者のパーム。よろしくな」


 ほう、A級冒険者ね。そういうランクがあるのね。

 俺はやっぱD級くらいからスタートかな。それともチート能力でいきなりS級とか? アルファベットが前の世界と一緒かどうか知らんけど。

 俺、ワクワクしてきたぜ。


「俺は今、判定結果待ちでな。級とかはこれから決まると思うが……」

「フッ、謙遜するな。オライリーならS級間違いなしだろう。いったい、どれだけ鍛えたらそんな体になるんだ?」


 パームは同級生と接するように馴れ馴れしく俺の肩を叩いて言った。

 鍛える? どこをどう見たら鍛えているように見えるんだ?

 足が遅いのは見た目の通り。体も重すぎて腹筋、腕立て、一回もできないぞ。


「いや、鍛えてなんかいないが」

「まさか、生まれつきとでも言う気かい? そりゃ野生の獣は鍛えずとも強いが、人間が鍛えずにそんなになるはずないだろ」

「いやさすがに生まれつきってことはないけど……」


 生まれたときはむしろ平均より軽いほうだったらしい。

 それもあってか、小さなころから俺はたらふく食わされ、見事、こんなに育ってしまったわけだ。

 今となっては両親を恨むぜ。


「オライリーさん! こちらでしたかニャ!」


 そこにベニーが小走りでやってきた。その焦りようからして、なにかとんでもない結果が出たようだ。

 うんうん。やっぱりなぁ。だろうと思ったんだ。


 見ると彼女のあとからゆっくりと歩いてくる人影があった。

 小柄ながら、がっしりした筋肉質の老人だ。綿菓子のような白髪頭に仙人のような長いひげを顎からたらしている。


「初めまして。ワシはここのマスター、カルニンという」


 カルニンは深々と頭を下げた。

 ほほう。ギルドマスターってやつか。今は白いシャツに茶色の革製ベストと小綺麗な格好をしているが、きっと若かりしころは名のある冒険者だったのだろう。

 静かな語り口のなかにも凄みを感じさせる。

 だが背はだいたい中学生一年生の平均くらいしかない。いくらなんでも成人にしては小さい。ひょっとして、ドワーフってやつじゃないか?

 ケモミミ獣人がいるならエルフやドワーフがいたって不思議じゃあるまい。

 なんたってここは異世界なんだからな。


「初めまして。オライリーといいます」


 俺は立ち上がり、頭を下げた。

 マスターにはこれから世話になるだろう。

 良い印象を与えておかないとな。


「オライリー君か。よろしく。さて、さきほどの能力判定の結果だが……すこし異常な結果が出ていてな。詳しい話はここではなんなので、できたら私の部屋までご足労そくろういただけるかな?」


 ふとベニーを見ると、キラキラした目で俺を見て、長いしっぽを左右に振っている。

 両手は腕の前で組まれている。長年応援しているタレントに会いに来たファンのようだ。

 ほほう? この反応を見るに、俺氏、なんかやっちゃいましたかぁ?

 

「すごいよ! オライリー! ギルドマスターから部屋に呼ばれるなんて聞いたこともないよ!」


 はっはっは。

 まぁまぁ、落ち着きたまえ。えーと、君、たしかパームくんと言ったかな?

 君もA級だしかなりの実力者なんだろう。なにか手伝えることがあったら気軽に言ってくれたまえ。

 なぁに、こっちはS級だけれども、そんな階級差は気にしなくていいとも。同じ冒険者、上下関係なんてなしってことで行こうじゃないか。


 などと思ってはいても決して口にすることなく、俺は軽く笑みを浮かべパームに軽く手を振ると、ギルドマスターのあとについて二階へと上がった。

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