歴代最高決闘値の冒険者~異世界に来たのになんでメタボなままなんですかね?~
蓮澤ナーム
序章
第1話 俺、異世界へ
どうやらまぶしくて目を覚ましたらしい、俺はゆっくりと上体を起こした。
薄く目を開けると隙間から見えるのは、心を落ち着かせる茶色の木々と緑の葉だけ。
もしかして森か?
わずかな風が植物の発する緑の香りを運び、鼻をくすぐった。
そういえば、俺ってトラックに轢かれなかったっけ? 思い出して体中をペタペタと触ってみる。両手、両足を見てみる。
どこにも痛みもないし、出血もない。衣服の乱れもない。
両手を握ったり開いたりしてみたが、問題なく動きはスムーズ。グーを握ってみるといつものクリームパンのような俺の手だ。
「この肉のおかげで助かったのか?」
俺はだらしない腹を両手でつかんだ。使い古して空気の抜けたバスケットボールのようだ。ただ中身はアンコのようなやわらかい何かがつまっている。
上下に揺さぶってみると、シャツの中で波打っている脂肪の存在を感じる。
「まさか、そんなわきゃないだろう」
思わず呟いた。
いくら肉付きが良いって言ったって、猛スピードで突っ込んでくるトラックにはねられてただで済むわけはない。野生の鹿だって熊だって、その生を終わらせてしまうほどの速さだった。
起き上がって軽くジャンプしてみよう。うむ、この腹や頬の肉が遅れて上下する感じ。いつも通りだ。
むしろなんだか普段より体が軽い。膝の痛みも感じない。足裏にバネでも付いてるみたいじゃないか。
「なんか知らんがラッキー……どうせ死ぬんだけどな」
このままでは余命三ヶ月。脳裏を駆け巡るその言葉。それが医者からの宣告だった。
長年に渡る
調子が悪かったからとはいえ、仕事前に病院なんて行くんじゃなかったなぁ。
入院も必要ということで、会社にどう説明すべきかと頭を悩ませながらフラフラ歩いていたら、いつの間にか赤信号の横断歩道を渡っていたらしい。激しいクラクションがして顔を上げたら眼前に猛スピードのトラックが、ってわけ。
「ってか、ここどこよ?」
葉の隙間からは昼間の温かい日光が差し込んでくる。
心地よい気候なんだろうが、俺の体型だとスーツ姿ではじっとしていても汗ばんでくる。森だしTシャツにでも着替えたい。
あたりからは鳥のさえずりが聞こえてくる。それ以外は静かで、さっきまでの街の
まさか吹き飛ばされて森まで飛んできたってことはないよな? てか、都心のどこにこんな自然があるってんだ。
ともかく、この森を出よう。早く会社に行かないと。
しかし足元は草が生い茂り、歩きにくい。獣道すら見当たらない。マジでどこよ!?
尻ポケットに常備しているタオルハンカチで汗をふきふき、歩いて行くとやっと道らしきものが出てきた。
森の小道ってやつだろう。
なんにせよ、道があるだけありがたい。
人の敷いたレールの上を歩きたくないなんって言ってるヤツらにここを歩かせたい。
人の敷いたレール最高! 後から来る人のことを考えて道を作ってくれた先人たち、ありがとう!
そんなことを考えつつ適当に道なりに歩いていたら広い道に出た。石畳のきちんと整備された道だ。つっても石畳? アスファルトじゃなくて?
さらに進むと大きな壁が見えてきた。
「あれは……城壁?」
それは四角く切り取った灰色の石を積んだ高い壁だった。俺の背丈をゆうに超えている。ざっと3メートルほどか?
さらに近づくと、道の先には木製の大きな門があった。両開きで外側に開いている。トラックでも通れそうなくらいの幅だ。
「どこだよ、ここ……?」
門をくぐると昔のヨーロッパの城下町のような景色が広がっていた。
こういうテーマパークか? いや、そんなら入場料くらい取られるよな?
あまりに非現実な出来事に内心ビクビクしていたが、ゲームに出てきそうな綺麗な街並みを楽しみながらさらに歩く。こういうの、好きなんだよ。
しばらく行くと、やっと人の姿が見えた。これでここがどこかわかるだろう。
「は?」
それは人、と言ってよかったのだろうか。
二足歩行だったが、赤毛の頭にケモミミを生やした女だった。
こちらを見て、驚いた顔をして猫のような耳をピクピク動かしている。
髪の色と完全に同色でその動きはあまりに自然だ。コスプレにしちゃ良くできている。
「あの――」
「はひぃ!」
思い切って声をかけてみたが、ケモミミ女は明らかにビビっている。半分後ろ向きになって今にも駆け出しそうな体勢で、カチカチ歯を鳴らしながら、犯罪者でも見るような怯えた目でこっちを見る。
そりゃ俺は背も高いし、横幅もでかいが、いくらなんでもビビりすぎではないか? 格好だけならこっちのがまともだと思うんだが?
「お忙しいところすみません。ちょっとお聞きしたいのですが、ここはどこですか?」
「え? こっ、ここはグリスですニャ!」
ぐりす? 聞いたこともない。どういう字だ?
とはいえ、言葉が通じるなら日本のどこかだろう。
てか、わかりやすくニャとか付けてるなこの娘。猫の獣人って設定なんか? ベタだなぁ。
「あの、僕は東京から来たんですが、どうやって帰ればいいですか?」
「トウキョウ? ど、どこですかニャ?」
東京をご存知ない?
日本語を話すなんて日本人しかありえんはず。
だが日本人で東京を知らないなんてありえるか?
今どき海外の方だってTOKYOくらい知ってんぞ。
まさか。
この獣人に城壁に囲まれたゲームやアニメで見たナーロッパ風街並み……。
これだけ続くとさすがの俺でもなんとなくわかった。
これってひょっとして、異世界ってやつか!?
「俺も異世界に来ちまったってわけかぁ!」
「ひぃ!」
ケモミミ女は軽い叫び声を上げてレンガの壁に蛾のように張り付いたが、こちらはそれどころではない。
やはり俺はあのとき死んだのだろう。しかし、ここに転送されたのだ。そうに違いない。
あの憧れの異世界だ。これで人生、一発逆転ってことじゃねぇか!
やっぱり神様は見ていてくれたか。
おかしいと思ったんだよ。これまでの人生、良いことなんて一つもなかった。
この体型は自分の大食いのせいだとしても、だ。あまりに運がなさすぎた。
運動は駄目、勉強は駄目、親も一般人で当然、女にはモテない。
なんとか就職はしたがいわゆるブラック企業。いや、企業といっても社員十三名のちっちゃい会社だ。ブラック中小企業だ。
給料は生活するのがやっと、というレベル。休みは週一しかない。
朝早くから出社、帰宅は終電も珍しくない。
家に帰っても寝るだけ。好きだったゲームもやる暇がない。移動中にスマホでできる軽いゲームをちょこっとやるだけ。
自宅にいてもなにかあれば容赦なく上司からの電話がくる。
休みでも気の緩む暇がない。
なのにストレスからのドカ食いで体型は緩む。
当然、モテるわけがない。
運動なんてする暇はない。その気力もない。
……その結果が余命宣告というわけだ。
そんなこれまでのツケを一気に払ってくださると、そういうことなんですね!?
なるほどなー。こっからは良いことばっかりってそういうわけですね?
チート能力で無双して女にモテまくり、と。
楽しくなってきたぁ!
「あっ、あの」
「ん? なんでしょう?」
「あなた様は異国からいらした冒険者様ですよね?」
はいはい、冒険者って職業がある感じね?
なるほど。よく見れば彼女はファンタジーの村人が着ているような薄汚く安っぽい服装だ。俺のこのスーツ姿が珍しかったのだろう。それで
それはわかるが、この体型でなんで冒険者だと思ったんだ? 剣でも持ってるならいざ知らず。
ていうか普通さぁ、異世界にきたらシュッとしたイケメンに生まれ変わってるもんじゃねぇの?
体型は前世のまんまじゃねぇか! 顔はどうなんだ? どっかに鏡ねぇか、鏡!
どっかの店でも入ってみるか? と辺りを見るがどうやらここは住宅地のようだ。入れそうな建物はない。
「あの……冒険者様?」
おっと、ケモミミ女がキョトンとしている。
ここは適当に合わせておくか。
「いかにも。私は冒険者です。この辺りで冒険者ギルドを探しているのですが、ご存知ですか?」
するとケモミミ女はパァーっと笑顔になった。犬歯がキラリと光る。
おいおい、よく見るとめちゃくちゃかわいいじゃねぇか。
どこぞのバーチャルなストリーマーを現実に召喚したかのようだぞ。
手足は枯れ木のように細いが、出ているべきところはスイカでも実っているかのようだし。
ウエストはくびれすぎて中にちゃんと内蔵が入っているのか心配になるくらいだ。
これまでの経緯から考えてこの出会い、ひょっとしたら偶然じゃないかもな?
「はい! 私でよろしければご案内しますニャ! 冒険者様!」
やっぱねぇ。異世界っていったら冒険者ギルドよな。あると思ったんだよ。
しっかし、なんの説明もないのな。
普通は女神やら創造神やら王やらゲームマスターやらから異世界の説明とかあるだろ。不親切な。
俺はここでなにをするんだ? 魔王でも倒すのか?
魔法はどう使うんだ? ステータスはどうやって見るんだ? それともそういうシステムじゃないのか?
などと考えながらケモミミ女についていくと、このあたりでもひときわ大きな建物にたどり着いた。
看板が出ているが日本語ではない。しかしなぜか読めてしまう。冒険者ギルド、だそうだ。
本当は彼女の言葉も日本語ではないのだろう。
それが通じてしまうのはありがたい。そのへんは親切設計だ。
「ありがとうございました。助かりました」
「いえ、当たり前のことをしたまでです。ときに、このまま登録も済ませてしまうおつもりですかニャ?」
「え? ええ、そうですね」
おそらく俺は今、この世界で無一文だ。日本円が使えるとは思えんし、電子マネーなんて言うに及ばずだ。
何でもいいから仕事をしないとヤバい。
すでに腹が減ってきている。もちろん住むところもない。今夜寝る場所も必要だ。
でもなぁ。
こういうのって登録に金がかかるのが定番だよなぁ。ま、それならそれで、また来ますとか言って出直せばいいか。
「実は私、このギルドの受付をやってるんですニャ。今日は休みだったんですけど、これもなにかのご縁ですから、登録のお手伝いをさせてくださいニャ」
ケモミミ娘は深々と頭を下げる。
やはり偶然の出会いではなかったか。ったく、ご都合展開だなぁ。俺は思わず鼻から息をフンともらした。
どうせなら初期装備をくれるとか、最初にいくらか金をくれるとかしてくれればいいのに。
まさか、神の粋な計らいがあったりして? 俺は全てのポケットに手を突っ込んでみた。
だが湿ったタオルハンカチが尻ポケットから出てきただけだった。
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