第14話 保健室の先生
しばらく待つと藍が戻ってきた。
なにやら困った様子で。
「……お待たせ」
「どうだった、藍」
「う~ん、それがね。徹底的に調べてみたんだけど、怪しいところは何もなかったよ」
「え……」
「赤くんの考えすぎなんじゃないかな?」
そんな馬鹿な!
さっき他の女子が木ノ原を目撃していたと言っていた。……くそう、カメラは仕掛けていなかったのか。
「ちゃんとティッシュボックスとか調べたか?」
「うん、全部調べた。でも、それらしきものはなかったよ」
藍がここまで言うのだから信じるしかない。
仕方ない、体育の授業が終わったあと、もう一度様子を見てみよう。
グラウンドへ出ると、みんな集まっていた。
もちろん、そこには疑惑の木ノ原の姿も。
「遅いぞ、紫藤」
なんで俺だけ……。
藍も一緒に遅れたんだがな。
なぜか俺だけ気まずい中、地獄のマラソンが始まった。みんな決められたルートを走っていく。
運動はそれほど苦手ではないが、だるいので最後尾を走る。
「やっぱりね」
中間あたりを走っていた藍がペースダウンして俺の隣にやって来た。
「いいのか、俺なんかと一緒で」
「赤くんと一緒がいい」
「そ、そうか。それならいいんだが」
ゆっくりと風を感じながら走る。というか、ほとんど小走りだけど。
やがて河川敷に入り、川を眺めながら抜けていく。
ぼうっとしていると藍が不思議なことを言った。
「このままどこかへ行っちゃおうっか」
「え……?」
「ほら、なんかさ。こういう時って決められた道にそれて、どこかへ行きたくならない?」
「分からんでもないけどね。ただ、あとが怖いな」
「先生に怒られちゃうよね」
当然の結果が見えている。だけど、確かに藍と二人きりならどこへ行っても楽しい。しかも、体操着姿で……? それはちょっと恥ずかしいけど。
そのまま正規ルートを走り続け、ようやく学校のグラウンドへ戻ってきた。俺たちは最後となり、みんなから溜息をもって迎えられた。ですよねー。しかも俺のせいみたいになっている。おい、ヤメロ。
ていうか、藍は対象外かよ。
「遅かったな、紫藤。寄り道とかしていないだろうな」
ギロッとにらんでくる木ノ原。なんで俺を目の仇にしているんだ、コイツは。つーか、今に見ていろ。証拠を押さえてやる!
体育の授業が終わり、着替えに教室へ。
……さて、木ノ原は…………動きはない。
まあいい、藍に監視してもらっているし、なにかあれば即連絡せよと通達済み。奇怪な行動が見られれば、即座に動く。
少し待つと藍が着替えを終えて戻ってきた。
「どうだった?」
「木ノ原先生の姿はなかったよ。不審物もなかった」
な、なんだと……!
あの女子たちの勘違いなのか、それともこれから行動に出るのか?
「今、隣の教室に女子はいるのか?」
「もう誰もいないよ」
「そうか! なら、今から木ノ原が動き出すかも」
「そうかな。まだお昼休みだし、動くなら授業中とか」
「可能性はあるな。他の先生に協力を煽いでおくか」
こんな時は保健の先生に頼むか。
一階にある保健室へ向かう。
扉を開けると、そこには白衣に身を包む若い女性がいた。
「どうしたんだい。……って、紫藤くん」
妃夜先生は俺に気づくと名前をつぶやく。
なんの因果か、妃夜先生と俺は親戚である。おかげで保健室のお世話になることが多かった。
「どうも、先生」
「どうした、彼女なんか連れて」
「「……っ!!」」
そんな風にからかわれ、俺も藍も赤面した。そ、それは嬉しいけど……今はそっちじゃない。
「先生、木ノ原先生を監視して欲しいんです!」
「木ノ原先生を? なぜ」
俺は詳しいことを妃夜先生に話した。
すると妙に納得してくれた。
「なるほどね。藍ちゃんを生徒指導室に招いたり、今日は女子更衣室から出てきたと」
「大体そんなところです」
「やはりそうか。木ノ原先生は、古森。お前にご執心だ」
藍をやや同情の眼差しで見つめる妃夜先生。
「え、あたし……?」
「なんだ気づいていないのか古森。あと『花瓶』はきちんと調べたかい」
「え……花瓶?」
「ああ、実はね。木ノ原先生は、前の学校でも盗撮をしたと聞いている」
「「はぁ!?」」
驚いた。木ノ原にそんな過去があったとは。
別の学校で盗撮を繰り返し、クビになった。――だが、教師というものは簡単に他の学校へ行けてしまうらしい。
示談金を支払い、木ノ原は生き延びたようだ。
そして今の学校でも、ひっそりと悪事を働いていると。
少し震えた口調で藍は、先生に聞いた。
「妃夜先生……花瓶って」
「ああ、前の学校で分かったことらしいんだがね。花瓶の中にカメラが仕掛けられていたようだ。まさかそんなところにあるとは誰も思わない」
カモフラージュしていたんだ!
「藍! あの教室に花瓶はあったか!?」
「……あるよ。ずっとあった」
「マジかよ!! それに違和感はなかったのかよ」
「だ、だって……あたしが置いたものだもん。木ノ原先生に頼まれ――あ。あああああああああああ!!」
頭を抱え、藍は絶叫していた。そうか、利用されていたか。木ノ原は藍にカメラ入りの花瓶を渡し、そうやって盗撮を繰り返していたんだ。
そして、今はカメラを回収しに行っているはず。
「急ぐぞ、藍!! お前とか他の女子の映像が撮られているかもしれない!」
「そ、そんなの最悪! 絶対に許せない!!」
有力な情報を得た以上、もう木ノ原は黒だ。ヤツと証拠を見つけ次第、取り押さえる……!
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