第10話 寝取られてしまったかも

 木ノ原は、藍のことを気にしているようだけど……まさかな。

 なにも起こらないと信じたい。


 二人のもとへ向かい、再び合流した。


「さっきの木ノ原先生だよね。どうしたの?」


 藍が心配そうに俺を見つめる。


「木ノ原から藍のことを聞かれた」

「え、あたしのこと? なんだろう?」

「さあ? 詳しいことは聞かれなかったよ」

「変なの~」


 そうなんだよな、変なんだよな。少し前から木ノ原の不審な動きが噂されていたっけ。例えば教室の外から女子を覗いているとか、授業中も女子の胸とかお尻ばかり気にしているとか。

 けど、盗撮用のカメラが出てくるわけでもなく、これといった証拠もなかった。


「藍、困った時はすぐに俺を頼れよ」

「もちろん。真っ先に赤くんの元へ向かうよ」


 絶対の信頼を寄せてくれるような感じで藍は言ってくれた。そこまで頼られると嬉しいし、必ず守らなきゃって思った。



「あ! 私はそろそろ教室へ向かいますね! 兄さん、藍ちゃん……またです!」



 時計を見ると時間がギリギリだ。木ノ原のせいで時間を食ってしまっていたのだ。まずい、俺たちも急がなきゃ。


 都はすでに走って行ってしまった。

 そうだった。都は一年なんだよな。

 俺たちは二年の方へ。



 教室へ向かい、窓側の一番後ろの隅の席へ。特等席だ。

 隣の席は藍だ。


 芸術的な美しい横顔、胸から腰にかけて無駄のない体のライン。そして短いスカートからかい見える雪のように白くてまぶしいフトモモ。

 一日中、飽きずにずっと眺めていられる。


 俺の視線に気づいた藍は、いつもよりも素敵な笑顔を向けてくれた。神よ、今日という日に感謝いたします……!



 つまらない授業が終わり――昼休み。



 今日は珍しく藍がお弁当を作ってきてくれた。手料理だ。



「はい、どうぞ」

「ありがとう、藍。嬉しいよ」



 包と蓋を開けると、そこには見事なキャラ弁があった。まさかのキャラクター愛妻弁当! 人気モンスターのキャラらしい。でもなんだろう、ケチャップで血でも表現しているか、ちと怖いぞ。


 ああ、思い出した。

 たしか、クルーミーとか言ったかな。

 ピンクの血まみれのクマだ。


「ピンクの部分は“桜でんぶ”を使ったんだよ~」

「天才のそれかよ!」


 うまいこと食品を組み合わせているんだな。

 さっそく弁当を突いてみる。

 血というかケチャップのついた腕の部分をいただく。どうやら、中はチキンライスになっているらしい。


 口に含んでみると――めちゃくちゃ美味ぇ!!


「どう、かな?」

「すごく美味しいよ、藍。こんなに料理が上手かったんだな」

「最近ずっと勉強しててね。というか、赤くんのお嫁さんになれたらいいなって……思ってですね……」


 唐突に敬語になりつつも、藍はどんどん顔を赤くしていた。そ、そうか俺の為に。

 その気持ちと愛情がこの弁当にはあふれていた。

 お弁当じっくり味わい、俺は腹を満たしていく。


「はい、お茶」

「ありがとう、藍。気が利くな」

「ううん。赤くんのお世話をするの夢だったから」


 思えば、今までは綾乃に妨害されまくっていたんだよな。その光景を毎日のように目の当たりにしていた。俺が止めても綾乃はお構いなし。


 だから、あの事件が起きるまでは藍とこうして接する機会も少なかった。


 あんなことがあったからこそ、今俺と藍は距離を縮められているのかもしれない。


「午後もがんばれそうだよ」

「良かった。そろそろテストもあるし、教えてね」

「そういえば、藍は勉強は苦手だよな」

「そうなの。あたし、勉強はダメダメで……。赤くんが頭いいから助かる」


 小学校の頃から、俺は藍に勉強を教えていたっけ。まるで家庭教師みたいな、そんな時間が何度かあった。

 丁度いい、美味い弁当のお礼に勉強でもなんでも付き合ってやろう。


「任せろ。また俺の家でやろう」

「ありがと! 赤くんの家に行けるとか最高っ」

「最近そういう機会もなかったよな。たまには遊ぼう」

「名案だねっ。じゃあ、絶対だからね」

「おう」


 そんな約束をして昼休みは終わった。



 ――放課後。



 俺はさっそく藍と共に下校しようと思ったのだが……本人の姿がなかった。いないか。しばらく待てば姿を現すかな。


 いや、まて!


 この感じ、前にもなかったか?



 そうだ。平野だ。

 奴はもういないが、別の誰かが藍を狙っているかもしれない。



 ふと脳裏に木ノ原の顔が浮かんだ。



 いや、そんなまさかな。



 心配になって教室を飛び出た。

 なんとなく生徒指導室で足を止めた。


 ……人の気配がある。


 そこにいるのか……藍。



 扉を開けようとしたが、声が漏れていた。



『……木ノ原先生』

『古森、お前こんなに濡らして……」

『…………だって』



 あ……、藍…………なのか。



 うそだろ…………。うそだ、うそだ! そんな、ありえない。藍はだって……俺のことを……。



『……さあ、古森』

『……はい。分かりました、先生』



 あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!



 俺の脳も心も、なにもかもが破壊されていく……。

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