第9話 二人の幼馴染

 ナイフは確実に俺の胸を貫いた――かと思った。

 けれど痛みはなく、血も出ていなかった。


「……あれ?」

「なんて冗談ですよ」

「え……?」


 よく見れば、それはナイフではなく折り畳みの『くし』だった。なんだその紛らわしい道具グッズ! 俺はてっきりバタフライナイフかと思ったんだがな。

 騙された……。


「せ、赤くん、大丈夫なの!?」

「ああ、藍。これは櫛だよ。ヘアブラシだな」

「うそー!?」


 藍も騙されたようで櫛を見て驚いていた。

 柄の部分だけ見るとナイフにしか見えないし、素早く移動されるとホンモノの刃にしか見えなかった。



「で、都……いったいなんのつもりだ?」

「警告ですよ」

「警告?」

「今回は冗談でしたが、次回は分かりませんよ……フフフ」


 笑って誤魔化す都。いや、その笑い方が怖すぎるんですけど……!? 子供の頃から都はそうだった。

 俺が他の女の子と話していたりするだけで不機嫌になっていた。

 幼馴染である綾乃や藍も例外ではなかった。


 だけど俺は知っていた。

 都の機嫌を直す魔法を。


「落ち着け、都。ほら、頭をなでてやるから」

「……! に、兄さん。私はもう子供じゃないんです! ……で、でも今日のところは許してあげます。次回、学校で会いましょう」


 頬を桜色に染め、都は藍にも挨拶してそれから去っていった。嵐のようなヤツだったな。けど、久しぶりに顔を見れて良かった。

 場合によっては、もう二度と会えないと思っていたし。


「都ちゃん、元気そうだったね」

「ああ、そうだな。また学校で会えるといいな」



 それから時間は過ぎ、入院生活が少し続く。

 けれど俺はどんどん回復。医師の判断により、退院が決まった。良かった、長期入院にならなくて。

 三日後。

 たいしたケガや後遺症もなく、五体満足で無事に外へ出られた。


 そこで丁度、藍が現れた。

 そうだ、藍も一緒に退院となったんだ。


 これでやっと普通の生活に戻れると思ったが、藍が深刻そうな表情をしていた。



「赤くん、あのね」

「ん? どうした?」

「綾乃ちゃんのことなんだけど……」

「な、なにかあったのか?」

「うん。今回の平野くんの事件で綾乃ちゃんが関わっていたみたいだから」

「ああ……そういえば、平野のヤツそんなこと言っていたな。“綾乃の望みでもある”と。だから共謀して今回の事件を起こしたわけだ」



 藍によれば、その証拠のメッセージが見つかったらしく、いわゆる教唆きょうさ犯となりえるとのことだった。今や平野逮捕により、綾乃はさらに制裁を受け、苦しい立場に追いやられるようだ。自業自得だ。

 今後どうなるか分からないが、これでもう綾乃の力が及ぶことはないだろう。


「もう今後は綾乃ちゃんのことは忘れた方が良さそうだね」

「それがいいな。いなかったことにして、これからは俺と藍、そして都の三人で楽しくやろうぜ」

「そうだね。それがいいと思う」


 自然と手を繋いでくれる藍。

 金の髪をなびかせ、笑顔を俺に向けてくれる。あまりに自然で可愛い表情に、俺はドキドキしっぱなしだった。こんな風に優しさで包んでくれる彼女に感謝しかなかった。

 藍は俺を裏切らず、信じてついてきてくれた。

 だから俺は――。


「藍、一緒に帰ろう。送るよ」

「ありがとう、赤くん」



 * * *



 あれから更に時間が経ち、退院して学校生活に復帰。今日は久しぶりに学校へ向かう。朝になれば早々、玄関の前に藍の姿があった。

 それと都も俺を待っていた。


「おはようございます、兄さん」

「都、来てくれたんだ」

「はい。藍ちゃんに聞いて、いつも一緒に登校していると」

「そうなんだ。都もどうだい」

「嬉しいです! 道は覚えているのですが、学校のことは右も左も分からなので」


 本当にウチの高校に転校してきたらしい。

 制服もバッチリ決まっていて可愛い。前とずいぶんと印象が違うし、一緒にいるだけで陽キャメーターが高まった。おかしいな、俺はどちらかといえば陰の方なんだけどな。


 藍と都と共に学校へ向かう。


 道中、視線を感じながらも到着。やはり、美少女二人を連れ歩くと目立つらしい。藍は金髪だし、都も海外留学の影響なのかギャルっぽくなっている。しかも可愛さも段違い。

 まさに両手に花というべきか。


 そんな優越感に浸っていると、昇降口で体育会系の先生が俺を呼んだ。


「紫藤、待て」

「……な、なんですか。はら先生」



 木ノ原は筋肉モリモリマッチョマンの体躯。プロレスラー顔負けの肉体を持ち合わせている。高身長であり、前の前にするととても威圧感がある。


 ……あ、相変わらず怖ぇ。



「お前に聞きたいことがある。ちょっといいか」

「分かりました。あまり時間がないので手短にお願いしますね」



 藍と都には先に教室へ行ってもらった。

 俺は廊下の隅に連れていかれた。なんでこんな場所で話す必要があるんだろう?



「さっそくだが、古森こもりのことを聞きたい」

「藍のことです? なんですか?」

「……古森こもりはこの前、襲われたのか?」

「え……。そ、そうですね。平野のヤツに襲われかけて、でも無事でした」

「なるほどな」


 なにを納得しているんだ、この先生は。ていうか、なんで事件のことを聞くんだか。

 なんか妙だな。


「あの、先生。俺もう行きますよ?」

「あ、ああ……古森は可愛いよな」

「……はい?」

「いや、なんでもない。先生も行く。じゃあな、紫藤」


 なんか知らんが木ノ原は上機嫌に去っていく。なんなんだ……?

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